16 島へ向かう六人

 バランガ島での新型機開発が本格化したある日の事。

 本土から発注していた資材の第一陣が届き始めた。その船の中に普段とは違う人間が六名いた。本土のログニス租界とバランガ島を結ぶ唯一の船便であるレクター号の船室でその内の一人が自慢げに胸を張る。

 

「如何かな、シュトライン卿。我が国の最新鋭艦の乗り心地は」

「ええ、驚きましたね。この速度でここまで揺れないとは……それに、戦闘力も高いとか」


 一人はラズル。そしてもう一人はオルクスから派遣された連絡役であるネリンだ。ログニスが誇る魔導船、レクター号に初めて乗船したネリンは好奇心を隠せない様子だった。興味深げに視線を彷徨わせている。

 

「ハーセン。シュトライン卿に資料を」

「はい。こちらになりますシュトライン卿」


 ラズルの言葉に即座に応じたのはこの頃ある業務に関してラズルの専門秘書の様な扱いになっているカルラだ。手にしていた鞄から一枚の紙を取り出す。

 

「概略に成りますが、この船の性能になります」

「……大盤振る舞いですね」

「これを公開したところで我々に損は無いという判断です」


 さっと目を通したネリンはなるほどと頷く。隔絶している。今現在の大陸各国に配備されている軍艦と比較しても圧倒的な性能だ。こんな物にまともに対抗するにはざっと三倍か四倍の数が無ければ不可能だろう。これだけの性能差があれば抑止力として機能する。

 

「オルクスは陸地ではアルバトロスと繋がっていないが、海路では話は別だ。海軍力の強化は急務では?」

「仮に上陸されたとしても、我々に負けは有り得ませんけどね」


 気負いの無いネリンの言葉は真実だった。今はハルスにいるネリンを除いてもハルスには八機の神権機が存在する。それらを打ち破るには新式が幾らいようと話にはならない。古式と大罪機。アルバトロスのそれらを全て投入すれば神権機が一機で相手をしていれば不覚を取る事もあるかもしれない。だがこちらは八機。真っ当な方法ではアルバトロスには勝ち目は無い。

 

 だが、ラズルの言葉をネリンには否定できない。陸地での軍事力は神権守護騎士団に一任されているが、海の守りは神殿庁の管轄だ。彼らの保有する海軍の主な任務は海賊退治であり、他国の艦隊を相手にするほどの軍事力は保有していない。海軍を打ち破っても神権機が控えている陸地を制圧など出来ないのだからわざわざちょっかいを出してくる相手もいなかった。これまでは。

 

「だが、上陸しての戦闘となれば市民にも被害が出るのでは?」


 ラズルの言葉にネリンは即答できなかった。ネリンの懸念はそこだ。オルクスとしての敗北は有り得ない。だが、その陰で犠牲になる物は確実にいる。それを減らす為にはやはりそもそも上陸させないことが一番だ。これまでは神権機が抑止力として働いていた。だが今のアルバトロス帝国にそのカードが通用するのかどうか。

 そして神殿庁は気にしないだろう。市民への被害。何故ならばそれは彼らにとっては被害にならないからだ。むしろその対策の為に費用を投じて自分たちが使える資産が減る方が困ると考える様な人間だ。

 

 神権守護騎士団としてはそれは避けたい。別にオルクスが滅びようと彼らにとっては致命的な結果ではないのだが、それでもここまで育った国をむざむざ傷つけられて良しとするほど無頓着でもいられない。そうした意味で、海軍力は強化したい。

 

「オルクスではそうした事態を避けたいのではないかと思いまして」

「なるほど……」


 ネリンはラズルの言いたい事を理解した。つまりは、ログニスにはオルクスにこの船を――あくまで同型艦をだろうが――売る用意があるという話だった。とは言え、今のネリンは連絡役だ。ラズルのこの申し出は、非公式だったオルクスとの繋がりを公の物にしたいという意思表示に他ならない。彼女の一存で決める事は出来なかった。

 

「……本国には伝えておきましょう」

「ええ。よろしくお願いします」


 ラズルもこの場で決めるつもりはない。そこでこの話は終わりだ。

 

「それではこのままバランガ島へ向かいますのでそちらでの視察は研究所の者にさせますので」

「ええ。ありがとうございます」


 そして今日はネリンにとって初めてバランガ島へと上陸する日となる。少し楽しみな気持ちと――それ以上に腹立たしい気持ちを内包した笑みを浮かべる。

 

「私、今日を楽しみにしていたんですよ。ええ、本当に楽しみにしていたんです」


 その裏に込められた想いをラズルは察したが、敢えてそれを問いただす様な真似をしなかった。ただ心中でこう呟くのみである。

 

「爆弾処理は爆弾をしかけた者にやって貰わないとな……」


 ◆ ◆ ◆

 

 普段乗っていない者の三名は船室に。そして残り三名は甲板にいた。

 

「すっげえな! 早い早い!」

「ああ、ハルスに来た時の船とは大違いだ」


 はしゃいだ声を挙げるトーマスにケビンが頷きながら分析する。

 

「たいちょ、バランガ島までは後三十分くらいだってよ」

「なるほど……やはり早いな」


 船員から所要時間を聞いてきたガランが潮風を浴びて気持ちよさそうに目を細める。

 

「いやー久しぶりだよな。あいつらに会うのも」

「そうだな……ここしばらく迷宮に籠りきりだったからな。最後に会ったのは……二か月前か?」

「まだ港が出来てなかった頃だよな。今はこの船が入れるらしいぜ」

「へえ、カルロス達頑張ったんだな」


 迷宮の探索と言う長期の仕事に取り掛かっていた彼らは時折ログニス租界に帰ってくるたびにその変化に驚く。短いときは二週間程度なのだがそれでも街並みが変化しているのだ。ログニスと言う国が力を取り戻している姿を見ている様で彼らにとっては嬉しい瞬間だ。

 騎士科であったトーマスとガランは第三十二分隊の中でも一際国への愛着が強い。何れは国を守る盾たらんとしていたのだから当然と言えば当然だ。ケビンだけは例外で、彼が守ろうとしていたのはクローネン男爵領だ。何れ父祖の土地をアルバトロスから取り戻したいと願っているのでログニスが再興しているというのは彼にとっても喜ばしい。

 

「あっちの方はどうかな」

「どうだろうな。船員に聞いた話じゃ最近忙しいみたいだしな……」

「何、俺達が手伝ってやればいいのさ」


 そう男三人で額を突き合わせて悪だくみをする顔をする。たまの休暇だ。彼らは思いっきり羽を伸ばすつもりだった。

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