10 先人に挑む

 今ほどカルロスは自分自身の肉体について感謝した事は無い。不便も多々あるが睡眠も休息も不要で作業を続けられるというのは没頭したいときには最高だった。

 三日間、自室に籠った不眠不休でカルロスは図面を書き続ける。食事さえも不要と言うのは流石に怪しまれるので差し入れのパンだけは食べておいたがそれ以外は只管に図面を書いていた。

 

 手が止まらない。テジン王家の作り上げたケルベインのデモンストレーションはカルロスに大きな刺激を与えた。機動力を上げて遠距離攻撃に徹する。只管に相手の攻撃が届かない距離を保って一方的に攻め続ける。そんな発想は無かった。自分がどれだけ固定観念に縛られていたのかを感じる。

 

 とは言えそれをそのまま真似るのは不可能だ。単純な話として、ログニス側で持っている遠距離攻撃の技術と言うのは魔法道具による物か、クロスボウの二択。残念な事にクロスボウでは射程が心許ない。エフェメロプテラがそうした様に、強引に距離を詰める事が可能な距離だ。魔法道具では魔力消費が激しい。活動時間に制限が入ってしまう。

 第二に、駆動系魔法道具の小型・低消費化だ。悔しい話だが魔法道具の小型化と言う点に関してテジン王家の技術はログニスから大きくリードしている。駆動系の出力を上げれば魔法道具は大型化し、消費も激しくなる。そうなると出来上がるのはテジン王家よりも重く、燃費が悪く、射程の短い機体だ。

 

 発想の転換が必要だ。クレアと語ったように、相手への対抗を考えるのではなくより良い物を。

 

「やっぱり、これじゃあ駄目か……」


 何度目かの書き直しになる図面を見てカルロスは呟く。頭の中に理想はある。だがその機能を実現することが出来ない。簡素に言ってしまえば現行機よりも硬く、機動力が高く、パワーも高い機体。そんな無茶なオーダーを実現するためにカルロスは頭を悩ませていたが、どうしてもどこかで無理が出る。

 

 あるプランでは継戦能力が。あるプランでは機動力に難が。あるプランではそもそもの量産性が。

 

「……フレームに、手を加えるしかないか」


 今現在の魔導機士のサイズはほぼ決まっている。約十メートル。古式であろうと新式であろうとそこに違いは無い。特に新式はカルロスが一番最初にガル・エレヴィオンのフレーム構造を元にしているため現状全機種で共通の物だ。

 そこを変更する。具体的にはよりサイズを大きく。つまるところ、問題点は大体必要な機能を現在の機体サイズに押し込められないのだ。ならばそこに手を加えるしかない。

 

 だが出来るだろうかと言う疑問があるのだ。これまでのノウハウが使えない場面も多くなるだろう。何より、古式にそのサイズを逸脱した機体が無いというのが気になる。良く言うではないか。誰もやったことが無いというのは先人が試しつくした結果だと。

 

「駄目だ。少し休もう」


 疲れ知らずの肉体とはなったが、精神的な疲労だけは無視できない。三日間根を詰めてカルロスも少し心労を感じていた。一度リフレッシュすべきだった。

 三日ぶりに部屋から出たカルロスは今が丁度昼食時だと察した。良いタイミングだと思いながら研究所にある食堂に向かう。

 

 バランガ島では皆まとまって食堂で食べる。頼めば外や自室で食べれるようにランチボックスなどに纏めてくれることもあるが基本は食堂だ。外界との接触が制限され、食糧も外に頼りきりのこの島ではそうするのが効率が良かった。主要な施設は大体島の中心にまとめられている。

 

「カルロス。随分と集中していたみたいだが図面は書き終わったのか?」

「いや、まだだよグラム。ちょっと休憩だ」


 丁度昼食を取っていたグラムが視線を上げてカルロスを迎えた。軽く答えながらカルロスは配膳された昼食を手に取る。魚の切り身をたっぷり入れられたスープとパンの組み合わせは何時もの定番だ。グラムは貝類を使ったパスタを巻いて食べていた。ハルスに来て初めて海産物を食べた時には感動したが毎日続くと流石にありがたみも薄れる。美味であるので文句は無いのだが。

 

「あんまり悠長にはしていられないぞ?」

「分かっているんだがどうにもうまくまとまらなくてな」


 簡潔に、現在ぶち当たっている壁の事を説明するとグラムは難しい顔をした。

 

「確かにそれは悩ましいな」

「だろう?」

「だが今更じゃないか? 前例なんて物を片っ端から無視しておいて今更常識人ぶると言うのは……」

「ひでえ」


 とは言え、言われてみればその通りだとカルロスは納得する。今更の話だ。前例が無いからと言っていたら新式は作れなかった。そんな事に悩んで手を留めるというのはおかしな話だった。

 

「何時も通りにやってみればいいじゃないか」


 軽い調子で言うグラムにはカルロスもそうだな、と口元に笑みを浮かべて同意する。もしかしたら今の段階では気付けない大きな問題点があるのかもしれない。だがそれはやってみないと分からないのだ。最大限努力してそれでだめだったのならばその時はその時だ。予算面での不安はあるが、その時はその時で考えれば良い。主にラズルが。

 

「むしろ、サイズを大きくすることで解決する物なのかい」

「多分な。問題は当然ながら量産コストはどうしたって上がるけど……」


 それでも量産難易度はそこまで変わらない筈だ。言ってしまえば駆動系の類はそのままスケールアップ。そして動力系と操縦系に大きく手を加える事になる。そう言う意味ではログニスの特産品として作るのにふさわしい物だろう。大陸広しと言えども操縦系の魔法道具に手を加えられるような変態適性を持っている魔法使いはそうはいない。

 また技術革新でも起きれば別だが、操縦系の改造に関して少なくとも数年間はログニス――と言うかカルロスの独占技術になるだろう。カルロスの感情としては個人頼りになるというのは健全とは言い難い状態なので万人に可能な技術を生み出したい物だった。今それをしてしまうとログニスの切れる手札が減るのでもっと未来の話だが。

 

「うし、気持ちも切り替わったし続きを――」


 カルロスがそう口に仕掛けたタイミングで。

 

 視界が暗転した。

 

 自分の身体が倒れて行く感覚がある。薄れゆく視界にグラムが慌てて立ち上がる姿が見えた。そうして自分の身体が床に叩きつけられたと知覚する前に、カルロスの意識は閉ざされた。

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