09 ハルスの問題児

 お披露目後の懇親会をそこそこで抜け出したカルロスは完全にスイッチの入った頭で思考を組み立てていく。

 

「同系の高機動型を作り上げるか……いや、それだとインパクトは薄い。それにどうせ作るなら別系統が良い」

「それ趣味でしょう。後追いは性に合わないとか」

「否定はしない。しないがそれだけじゃない。今回のテジン王家は競合相手ではあるが敵ではない……相手に対抗するのではなく相手よりも良い物を作り上げる事を考えるべきだろう。俺達の敵はアルバトロスだ」


 相手の機体への対抗機体を作り上げるなどと言うのは愚の骨頂だ。尖らせ過ぎた機体は別方向のコンセプトの機体とぶつかった際に容易く相性負けと言う形に持ち込まれかねない。今回の相手に対抗したところでそれがアルバトロスに対しても優位に働くかどうかというのは別の話なのだから。

 質を以て上回るべきと言うカルロスの言葉は正しい。それ故にクレアも否定することなく頷いた。


「まあそうね」

「相変わらずアルニカは魔導機士の事になると早口になるな」

「よしなよ」


 そんなラズルとクレアの小芝居もカルロスの耳には入ってこない。周囲が目に移らない程考えに没頭していく。

 

「作り上げるならばやはり新型魔導炉の高い魔力精製量を活かした高出力機。近接格闘能力に長けた機体であるべきだ……それから武装は鹵獲したエルヴァリオンのクロスボウを更に発展させて……いや、新規開発の方が良いか?」

「駄目ね。聞いていないわ」

「凄まじい集中力だな」

「これで人だけは避けているのだから凄いわよね」


 クレアの呆れ混じりの言葉の通り、カルロスは器用に人は避けながら考え事に耽っている。身体を動かす部位と思考をする部位は別とでも言いたげでさえあった。

 

「やはり全方位にバランスの良い機体に仕上げたいな」

「そうね……今日の機体も良い物だったけど、少し尖っている様に思えたわ」

「確かに。あれは野戦向きだったな。イメージとしては軽装騎兵か」


 ラズルの例えにカルロスも納得する。まさしくあれは騎兵だ。戦場を駆け回る機動力の高い兵科。攻め込むのには向いている機体だろう。逆に拠点防衛では貧弱な防御力がどう出るか。拠点を盾にその射撃能力を活かすかどうか。その予想は今のカルロスにも難しい。

 

「だが間違いなく、あれはいざという時の盾にはなれんな」

「後は不意打ちにも弱いと思うわ。相手に見つかるより先に相手を撃つ。そんな機体よね」

「ええ。その通りです。流石ログニスの方々。見事な見識だ」


 カルロスとクレアの会話に割り込んできたのは背後からの声。軽く手を叩く音と共に現れたのは見覚えの無い人間だった。お披露目の会場が野外だった事もあって品の良いコートに身を包んでいる。今日招待されている人間の種類を考えると王家に関わる人間か――或いは当事者か。

 

「ハーレイ・アストナード殿とお見受けしたが如何か?」

「如何にも。そう言うあなたはカルロス・アルニカ殿かな」

「ええ。私がそうです」

「会えて良かった。ずっと会いたいと思っていたんです。ノーランド様もご機嫌麗しゅう」


 自然な仕草で握手を求めながら笑顔を浮かべるハーレイの表情に影は見えない。対照的にカルロスは少し気おくれしてしまった。ハーレイ・アストナード。命令文記述式――ライター式魔法道具を開発したテジン王家派閥の秘蔵っ子。カルロスが一方的に敵視していただけだが、こうも邪気の無い笑みを見てしまうと彼の居ないところで繰り広げていた醜態に胸が痛む。

 

「光栄です。私も一度お会いしたいと思っていました」

「本当ですか? 嬉しいなあ」


 子供の様に笑う人だとカルロスは思った。カルロスよりも三つか四つは年上の筈だが、そうは思えない。力強く差し出された手を握り返しながらその硬い掌に驚く。屋内で本のページを捲っているだけの手では無い。武器を持って戦う事も出来る者の手。音がするほどの勢いで上下に振られて少し痛い。

 

「今回我々が作ったケルベインはウルバールをベースに、軽量化と駆動系の高効率化を主眼に置いて改良した機体なんですよ。コンセプトとしては先ほどこちらのレディが仰っていた様に敵よりも先に敵を発見し、それを撃つという物です。ですから視界を確保するためにエーテライトアイにも工夫がしてありまして」

「ま……少々お待ちを! アストナード殿! 今ご自分が何を仰っているか自覚しておられるか!?」


 興奮気味に話し始めたハーレイの言葉に顔色を変えたのはカルロスだ。今ハーレイはハルスの主力量産機を開発している競合相手に自機の概略を勝手に喋っているのだ。そのくらいの事はカルロスも予測できている内容だったが、今言いかけていた視界の話などは言われるまで気付いていなかったし、そもそもそう言う問題では無い。

 

「え? うちの機体についてですよ。是非アルニカ殿の御意見も伺いたく……」

「いやいや。それはおかしいでしょう。我々は主力量産機の座を競い合う立場ですよ?」

「ええ。だからこそより良い機体を作るために。今ハルス連合王国内にいる人間で一番詳しいのはアルニカ殿でしょう」


 確かにその自負はある。だがそう言う問題では無いのだという事をどうすれば理解してもらえるのかとカルロスは頭を抱えたくなる。そして同時に理解した。ハーレイは――究極の趣味人であるという事を理解した。彼は国家事業に携わっているという自覚は余りないのだ。どちらかと言えば彼が生み出した物を利用するために国がくっ付いている感じだ。

 にこやかな笑みと共に彼らの機体、ケルベインについて語るハーレイの姿はおもちゃを自慢する子供の姿そのものだ。何となく、競合相手だとかそう言う話が無くなれば仲良くなれそうだと思うカルロスだった。言うまでも無く現実逃避である。

 

「実は今回のは本当にデモンストレーションでして……我々にはこれだけの事が出来るぞ、お金が有ればもっとできるぞと言うツェーンへのアピール何ですよ。本命はまた別にありまして。是非とも一度アルニカ殿には見て頂きたく――」

 

 その後、迎えと言う名の連行に来たタタン王家の人間に引き摺られるまで彼の言葉は止まる事は無かった。どころか引き摺られている間でさえハーレイは喋りつづけていた。連行されていく彼を見送りながらカルロスは短時間だが消耗する時間だったと述懐する。何しろ相手が勝手に爆弾発言を置いて行くのだ。心臓が動いていれば顔色が変わっていたのは間違いない。それを見送りながらカルロスは驚愕の表情と共に呟く。

 

「いや、凄い魔導機士愛に溢れた人物だったな」

「お前も興奮するとあんな物だ」


 ラズルのその言葉に思わず彼の方を見る。視線を合わせてラズルは重々しくもう一度言った。

 

「あんな物だ」


 ちょっとだけ自省した。

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