08 着火
「お、来た来た」
「……この距離で良く見えるわねカス」
「ちょっと良いのに入れ替えたからな……睨むなよ、クレアにお願いされる前だって」
「それは不可抗力だから許すわ……で、何が見えるの?」
肉体改造をした事がバレ下がったクレアの機嫌が平坦に戻った事を確認してカルロスは今見えている光景を説明する。大凡五キロ先の機影は親指に隠れてしまいそうだ。細かな部分まで見るのは不可能だろう。そんな遠くから何を眺めているのかと言えば――テジン王家の開発した魔導機士を見に来ているのだ。
お披露目、という形だがただ機体を見せて終わりでは無い。デモンストレーションとして幾つかの試験を観客の前で行おうという催しだ。魔導機士の試験ともなれば狭い空間で暴れ回る訳にもいかない。非常に広々とした敷地が確保されていた。
当然、大半の人間はカルロスの様に肉体を改造していないので視力は人並だ。この距離で見ようと頑張っているカルロスをラズルは肘で制した。
「この距離で直接見ようとする間抜けは貴様だけだアルニカ。見ろ」
「お、デカい投影画面」
「これは、エーテライトアイで映した光景を遠隔で投影しているのかしら……凄いわね」
エーテライトアイ自体は小型だ。それを適当な鳥などに持たせて敵陣の方に飛ばせばそれだけで相手の陣営は把握できてしまう。限られた人間にしか使えない使い魔による感覚同調とは比較にならない程の利便性だ。これは情報伝達の速度が変わるなとカルロスは考えた。行軍中に空を飛ぶ鳥を見かけたら即撃ち落されるようになるだろう。
「……ラズル、猟師に唾を付けておいた方が良いかもしれない」
「行き成り過ぎる。後でちゃんと説明しろ」
「ああ、後でな……」
カルロスも、今は目の前に集中したかった。タタン王家の機体が画面に映し出される。
「細いわね」
「装甲を削っているのか……? アイゼントルーパーよりも装甲厚が薄い様に思える」
「対人用なのかしら」
「いや、それは無いだろう」
全体像を語ろうとするとやはりクレアの細いという言葉が真っ先に出てくる。アイゼントルーパーより一回りスリムな体型はエルヴァートよりも更に細身だ。あそこまで細くなると装甲強度もだが、内部機器のサイズも気になってくる。
「腹部はそこまで差が無いな。魔導炉はあそこか」
「でも他は全身コンパクトになっている。あのサイズだと駆動系の出力が不足するように思えるのだけれども」
「確かにあの細身なら全体の重量は減っているだろうからそれで何とかなるんじゃないのか?」
ラズルの疑問にカルロスは首を振って答える。ラズルが魔導機士について知ろうとしてくれているのはカルロスとしても嬉しい話だ。残念な事にラズルの場合は趣味では無く、彼自身もある程度は詳しくないと今度のやり取りで不具合が出るから一生懸命勉強しているだけなのだが。
「減った質量に対してダウンサイジングした駆動系ではとてもつり合いが取れない」
「私たちの感覚で行けば……あれはとんでもない駄作機よ」
「俺達の技術を基準にすれば、な」
だがカルロスも、クレアもあれが単なる失敗作だとは微塵も考えていなかった。
画面の中の実験機が走り出す。微かにざわめく周囲。
「何が起きたんだ?」
「……速い」
カルロスはやっとの思いでそれを答えた。
「速い、のか?」
「ああ。アイゼントルーパー型の四……いや、五割は早いぞ」
「エルヴァートと比べても……まだ向こうの方が早いわね」
些か以上に予想外だった。相手の性能が想像以上に高い。
「高機動型、という事かしら」
「恐らくは。歩兵の攻撃を防げる程度の軽装甲化と、ダウンサイズして尚維持している駆動系出力。機体全体の質量を減らして、出力は据え置き……速くなる筈だ」
「だが、軽くなるという事は打撃力が減る。格闘戦が貧弱になっては意味がないのではないか?」
「速度が上がればそれもカバーできる。それに、連中には格闘戦に拘る必要も無い」
まさかカルロスの言葉を待っていた訳では無いだろうが、丁度タイミングよく次の試験に移った。試験会場に次々と浮かび上がるのは――。
「風船(バルーン)?」
「みたいだな……」
「なるほど。的か」
試験の補佐をしていた機体から実験機は武装を受け取る。それは嘗てカルロスが向けられた物――銃だ。
「銃か。人間用の物は見たことがあるが、魔導機士用の物は初めてだな」
ラズルのその言葉にカルロスは興味深そうに眉を上げた。気にしてない風を装っているが、興味津々なのは傍目にも明らかだ。
「人間用のもあるのか」
「というより、人間用の物を魔導機士用に拡張した様だぞ」
「へえ……」
「興味があるのなら今度一つ手に入れておこう」
「良いのか!?」
「むしろ駄目だと言ったらお前俺に何かしそうな勢いだったぞ」
若干の呆れ顔でラズルはカルロスと約束を交わす。カルロスはご機嫌だった。
「始まるわよ、カス」
その言葉がカルロスの耳に届くころには彼の視線は画面の現場――数キロ離れた先に向けられていた。浮かび、ランダムな動きをしている風船に的確に弾が突き刺さり破裂させていく。
カルロスの視線はその全てが風船の中心を貫いている事に気付いていた。
「乗り手の腕もいいな。的を狙う速度が速い」
「その速度に追従している機体も対した物ね」
「ああ。それに俺と戦った時とは違うな……銃弾を込める動きが無いな」
前回の模擬戦時に見た銃の発射口から弾を込めている動作が見られなくなったことにカルロスは目を付けた。撃った直後に弾を創法で作ってしまえば弾込めは不要だ。その分消費魔力が増えるのだが――テジン王家は魔法道具の低消費を実現した実績がある。機体その物の魔力効率は相当良くなっていると見るべきだろう。ならば弾もそうしたと思えるのだが違和感がある。
「いや、これは弾を込める位置を変えたのか……? 銃自体も改良してきているみたいだ」
よくよく見れば持ち手の上あたりから何かを込めている様な仕草が見える。あれが弾込めかとカルロスは納得した。相当に手先が器用な様だ。操縦系の魔法道具の限界まで精密さを引き出している様だった。
「総合的に見ればエルヴァート並、って所かな」
格闘性能などエルヴァートが勝っている点は多々ある。だが同時に速度と言う一点に置いては後塵を拝している。それは間違いなかった。
「この短時間で見事に仕上げて来たわね」
「テジン王家の技術蓄積のお陰だろうな」
元々、テジン王家にも古式相手の開発経験値が存在する。タタン王家が秘匿していたとはいえ、交渉材料として明らかになっていた存在だ。テジン王家はテジン王家で新式の開発を以前から進めていたと見るべきだろう。
タタン王家が泣き付いたのか、或いはこのままテジン王家に全てを攫われるのを厭ったのか。どちらにせよ、タタン王家としては魔導機士開発への関わりを残すために必死になっているというのがカルロスの予想だった。
「良い機体だ」
シンプルな一言はカルロスの最大級の賛辞だった。
対抗相手が見事な機体を作り上げてきた。それは本来ならば嘆くべきなのかもしれない。だがカルロスにとってその事実は何よりも心に火をつける物だった。
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