06 芯

 工房に向かったカルロスを迎えたのはまるで花が咲いたように内臓を広げるエルヴァリオンの姿だった。その隣には荷運びにも使用されているハルス製のアイゼントルーパー型、ウルバールが駐機姿勢で待機している。

 現状資材も限られているログニスでは、エルヴァリオンを新技術の試験機。ウルバールを比較検証機としている。エルヴァリオンは今正に新たな機能を埋め込まれている所だった。作業責任者の整備班長に声をかける。


「作業は進んでいるか?」

「順調ですぜ、親分」


 またここでも親分かと思わないでもないがカルロスはその答えに満足気に頷いた。


「流石に早いな」

「この腕だけが取り柄なんでね」


 そう嘯きながらも表情は得意気だ。それなりに難しい仕事だったという自負があるのだろう。


「それは良かった。じゃあ追加でこれも頼む」


 笑顔さえ浮かべながらカルロスは今しがた研究所から運び込まれた新たな装置を指差した。整備班長の表情が凍りついた。


「一応聞きますが……何時までで?」

「明日」


 余りに短すぎる解答に整備班長は今度こそ表情を崩した。額に手を当て、ひきつった笑みを浮かべ、言う。


「親分と一緒だと退屈しなくていいですな」

「正直に言っていいんだぞ。無茶言いやがってと」

「言って納期が伸びるならいくらでも言いますけどね……お前ら集まれ! 作業内容の変更だ!」


 整備班には無茶をお願いしている自覚はある。だが兎に角研究所側で結果を早く知りたがるのだ。その為鉄火場となり、結果を見て更なる物を作り出し、また鉄火場となる整備班にとっては悪循環だ。

 その甲斐あって研究は飛躍的に進み――それに比して資金が減って行っているのであった。

 

「それで、今回は何を乗せるんで?」

「ああ。これはエルヴァリオンに元々ついていた光学偽装ユニットの代わり」


 言ってしまえば新パターンの偽装だ。今回はエルヴァリオンをアイゼントルーパーに見せかけようとしている。

 

「上手く行けば大破機体に偽装も出来る」

「そこまで行くともう大道芸の域ですな」


 まさかの魔導機士が死んだふりである。整備班長の声にも若干呆れが滲む。カルロスとしては面白いアイデアだと思うのだが。

 

「しかし親分。今俺達が作ろうとしている機体はどんな物なんで? どうにも、ごった煮感がしてきているんですが」

「……検討中だ」


 実はカルロスが今悩んでいるのもそれなのだ。機体のコンセプトが決まらない。技術的に不可能なのではない。逆に可能な事が増えた為、全てを乗せるという事が出来なくなったのだ。そのバランスを考えないといけないのだが、カルロスの中にこれ! と言う芯が見つからない。

 

 ある意味贅沢な悩みである。だが整備班長の言うとおり、このままではただアイデアをぶち込んだだけの駄作機が完成することになるだろう。五十年後くらいに意欲的な試みだったが失敗に終わった、などと評されるのはカルロスとしても避けたい。

 

 その為にはやはりどんな機体を作り上げようとしているのか。そのコンセプト、完成像が明確になる必要がある。

 

「一先ずは……エルヴァートに対抗できる機体かな」


 それは大前提なのだが、問題も多い。少なくともアルバトロスの技術が今も進歩している事を考え、更にこちらの量産体制が整った時点での相手の機体性能を推測しないといけない。未来の機体性能の推測。その時の機体と最低限でも互角か凌駕していないと劣勢は覆せないだろう。

 四年間でアルバトロスはアイゼントルーパーからエルヴァートと言う機体を生み出した。ハルスが量産体制を整えるまでに仮に二年かかるとして、その進歩がどこまで行くのか。カルロスからしても想像が出来ない。

 だからこそ、今許し得る最高のスペックを追及している。

 

 最終的に、ログニスの後援となったハルスの王家はチュール王家。最も武官の多い――即ち、アルバトロスの脅威を一番に肌で感じている勢力だ。その為機体性能の向上には諸手を挙げて賛同しており、その点での心配はない。

 タタン王家はタタン王家でログニスとは別口で魔導機士の研究を進めている。今更引っ込みがつかないというのもあろうのだろうし、ログニスはあくまでハルスでは外様だ。ハルスが独自の技術を持つというのは悪い選択肢では無い。カルロスとしてもあの奇妙な杖――銃と呼ぶことを最近知った――を始めとした独自の技術には興味がある為それを成長させてくれるというのなら喜ばしい。

 

 ハルス内の商会を取り仕切っているツェーン王家はその二つの魔導機士開発ラインへ資金の提供を行っていた。彼らに如何に納得させるかが資金を引き出す為の勝負だ。目下最大の敵とも言える。

 

 最終的にはタタン王家の作った機体とログニスの作った機体で比較試験を行い、どちらを量産させるかを決めるという事になっている。とは言えその期限には大分余裕があった。現状アルバトロスの動きが鈍く、ウルバールが少ないながらも国境線で睨みを利かせているからこその猶予だ。だからこそカルロスとしては納得の行くものを仕上げるために試行錯誤が出来ている。

 

「まだ時間はある、か」


 何度目になるか分からない書き直した図面を見下ろしながらカルロスはそう呟く。どの道、今のカルロスが描いている理想にはまだ足りない技術が多い。それらが確立されるまでは修正の余地がある。

 

 作業がどうにも滞りがちなのはカルロスにも分かっていた。そしてその理由も。

 

 四年前との最大の違い。それは嘗ての試作機が人間同士の戦争に使われる|かも(・・)しれないという懸念だったのに対して、今回の開発は明確に人間同士の戦争で使う物だ。

 今のログニスに必要だという事は分かっていてもやはり気乗りがしない。と言うのがカルロスの本音だった。

 

 一言で言うのならばモチベーションが上がらない。これに尽きる。

 基本的に負けず嫌いな所があるので、競争相手でもいれば違うのだろう。だが対抗馬となるはずのタタン王家は漸くスタート地点に立ったような有様。数年後は分からないが、今現在のライバルとしては役者不足だった。

 

 一時の平穏を得てカルロスは――燻っていた。

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