39 猶予の終り

「上出来だったぞアルニカ」


 喜色を隠そうともせず、ラズルがカルロスの肩を叩いて褒め称える。その力強さにつんのめりながらも、カルロスは如何にか言葉を返した。

 

「正直苦戦しすぎたと思っていたんだけどな」

「いいや。十分だ。初撃の不意打ち以外は損傷も無く、相手の機体を戦闘不能にまで追い込んだ。気付いていたか? 相手は思いっきり操縦席を狙っていたのだぞ」

「ああ、そんな気はしてた……」


 峰打ち何て物はクロスボウには存在しない。カルロスは狙いを機体の四肢に定めていたが、相手はそうでは無かったらしい。死んでも構わない……と言うよりも、それをきっかけに破談に持って行こうとしていたのか。正直タタン王家のやろうとしている事は読めない。

 

「なあ、勝ったのは良いんだけどよ……このままタタン王家と組むのか?」

「何を言っているアルニカ。組むわけがないだろう」

「ほ?」


 余りにあっさりと言われた言葉がカルロスには即座に理解できなかった。ハルスの協力を取り付けるというのは大前提では無かったのだろうか。

 

「あれだけ足元を見てくる相手に拘る必要はない。忘れたのかアルニカ。ハルスにはまだ三つの王家がある」


 そう言って笑みを浮かべるラズルは実に悪い顔をしていた。まるで人質を取って女騎士を手籠めにする悪党の様な顔だ。

 

「お前、タタン王家は血縁だって言ってなかったか……?」

「言ったな。だが別にこだわる必要はない。余はタタン王家の人間では無く、ログニスの人間だ。王家に仕え、その再興を願う人間だ。タタン王家はその願いの為には役に立たない。そう判断した」


 既に別の王家からは色よい返事を貰えているらしい。アルバトロスと言う明確な脅威に対してタタン王家はカルロスが流出させた新式の技術を独占しようとしていたらしい。それを聞いたカルロスは呆れた表情を隠せなかった。

 

「この状況で何やってんだ?」

「まあそんな時流の読めない有様だからこそタタン王家は何時まで経ってもパッとしない立ち位置なのだろうよ」


 吐き捨てるラズルの言葉には明確な侮蔑が込められている。随分と荒れているなと思って聞いて見れば。

 

「連中、若い子女の居る貴族家に娘を一晩貸せば技術提供してやる、と非公式に打診したらしいぞ」

「おおう……」


 カルロスの何とも言えない呻き声はタタン王家の腐敗ぶりと、お前がそれを言うのかと言う困惑が入り混じった物だった。

 

「うん? いや、待てよ。もしかして余達も同じ事が……?」

「やるなよ? やるなら俺は降りるぞ?」

「冗談だ。大願を成すまではそんな女子との遊びにうつつを抜かす訳には行かん」


 そう言うとラズルは僅かに表情を険しくした。

 

「この話がまとまれば、我々王党派は正統なログニスの亡命政権となる」

「……ああ」


 ラズルが何を言おうとしているのか、分かってしまいカルロスの口が重くなる。カルロスが何かと手間をかけていたアリッサの事だろう。

 既にアリッサの末路は決まっている。

 

 ハルス到着時に、アルバトロスの大使館にアリッサを捕虜としたことを伝えた。その上でアルバトロスに捕縛されている王党派の解放を要求したのだ。それに対するアルバトロスの解答は――。

 

『アリッサ・カルマなるアルバトロス兵は存在しない。親衛隊は第二親衛隊までで第三親衛隊などという組織は存在しない。それ故にどこの誰とも知らぬ人間と引き換えに犯罪者を解放する事など有り得ない』


 と言う物だった。有体に言えばアリッサは……見捨てられたのだ。アルバトロス帝国から。非合法活動も含め汚れ仕事を一身に引き受けてきたアリッサはスケープゴートだった。そうして今、利用価値がなくなったとされて切り捨てられた。それは王党派も分かっていた。

 

 アリッサが生かされていたのは捕虜としての利用価値があったからだ。それが失われた以上、王党派に残ったのは彼女に殺された仲間たちの恨みだけ。

 

 ログニスの法で裁判が行われる。アルバトロスの正規兵として認められないのならば、彼女は野盗の類と同じ扱いになる。民間人の虐殺、ログニス軍への反抗。法律に詳しくないカルロスにだって分かる。そんな裁判など建前に過ぎない。ただ王党派は自分たちが私刑では無く、正当な手続きを踏んだのだと言いたいだけなのだ。

 

 アリッサ・カルマの処刑。それは避けられない規定事項だった。

 

「アルバトロスとの交渉材料に使えないならば、我々に彼女を確保し続ける理由は無い。正当な裁判の元で判決が下されるだろう」

「弁護人もいない、どころか本人もいないところで行われる裁判が正当、か」

「少なくとも我々にとってはな」


 ここでカルロスが当てこすった所でその決定が覆る訳では無い。既に王党派が抱えている行き場の無くなった感情ははけ口を求めている。その流れはラズルであっても止める事は出来ない。

 

「――それまでに情報を引き出してくれ」


 その言葉は、正しい。憤りを覚えるカルロスの方がおかしいのだ。拳が白くなる程に固く握りしめ、歯が砕けんばかりに噛み締めてその隙間から声を絞り出す。

 

「了解した」


 ◆ ◆ ◆

 

「追撃には失敗したか」


 ハルス方面の海路を監視していた巡視艦隊突破の報を受けて即座に高速輸送艇でラーマリオンとアリッサのエルヴァリオンが出撃した。それから三週間。追撃隊が帰還したという報告は未だに無い。

 そして遂にハルスからアリッサを捕えたという連絡が来た。その身柄と引き換えにアルバトロスで確保している王党派の人間を解放しろと。

 到底飲める物では無い。既にアリッサの軍籍は抹消し、第三親衛隊の存在は書類上から消え去った。ハルスの大使館には既に追撃の許可を出した時点でそうなる様に手配は済んでいた。

 

「……予定通りに進めるぞカグヤ」


 事ここに至っては、レグルスたちに取れる選択肢は無い。情報流出を防ぐため、アリッサの口を封じなければいけない。その為の用意はされていた。


「はい」


 手にしたエーテライトをそっと握り締める。それはアリッサの脳に埋め込まれた物と対になるエーテライト。カグヤの掌の中で、魔力を込められたそれが儚く砕け散った。アリッサの脳に埋め込まれたエーテライト――彼女の脳機能の大半を肩代わりしているそれを道連れに。

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