31 第三親衛隊の誕生

 アリッサにとっての二度目の転機は、カグヤによってその軟禁が解除されて魔導機士の操縦者として抜擢された事だ。何でもカルロスが作り上げた魔導機士の操縦系は融法の適性があればより高い性能を引き出せるという事が分かったからと言う話だった。

 

 ログニス王都への侵攻。そこで古式を相手に生き延びた事から小規模な部隊を任されることになった。アリッサとしてはそこを評価されるのはどうでもよい事だった。ただその時に思っただけなのだ。カルロスはきっと死にたくないと思いながら死んだ。償いをするのならば自分も同様に未練を残して死ぬべきだろうと。故に今は死ぬ時ではない。その一心で戦った結果だ。

 

 アリッサの成果は、彼女の兄弟――即ち同じ施設出身の融法強化者にも影響を与えた。ほぼ素人だったアリッサが成果を上げたのだから、操縦者としての適性は疑うまでも無い。正規の訓練を受けて操縦者として育成すれば精鋭となりえると考えるのも無理は無かった。

 

 最初の仕事は魔獣退治。アイゼントルーパーに乗ってアルバトロスの領内のあちこちを移動して大型から中型の魔獣を駆逐した。その旅はアリッサの、そして施設出身者にとって初めての経験。帝都のみが世界の総てだった――アリッサだけはエルロンドを知っていたが狭さとしては大差はない――彼らにとってそれは体感する世界だった。

 

「ありがとう。あの魔獣には本当に困っていたんだ」

 

 魔獣を倒して近隣の村に休憩の為に立ち寄れば酷く感謝された。それが本心である事を彼らは己の融法で知る事が出来る。化け物を見るような目で見られた彼らにとってそれも初めての経験。他者から向けられる好意的な感情。それに戸惑いながらも、喜びを感じる。

 

 その遣り甲斐を伝え、また成果を挙げて言った事でアルバトロス側からの支援も徐々に増えていく。アリッサの元にも人が集まり、隊としての規模は拡大していった。

 

 そうして日陰者だった施設出身者に操縦者としての脚光が当てられた。――それでもその道を選んだのは全体としては少数。日陰に居続ける事を選んだ者は多かった。

 

「わざわざ自分たちから危険な所に行くなど考えられないな」

「俺達は影として生み出された。今更それ以外の生き方は選べない」


 そう言った彼らは諜報員として各地を飛び回っている。

 

 二十人を超えた辺りで、アリッサの部隊は一角の戦士となっていた。元々歴史の浅い魔導機士による部隊運用。彼らのそれは自分たちの高度な操縦技術も相まってアルバトロス内でも有数の練度を誇っていた。

 

 そんな彼らに与えられた任務は、旧ログニスの残党。未だに抵抗を続ける連中の討伐。古式魔導機士も数機有する、魔獣相手よりも遥かに危険な存在。

 それでも任務に励んだのは彼らが肌で感じていたからだ。功績を挙げれば自分たちにも居場所が出来ると。それが畏怖交じりの物だったとしてもそこにいる事を認められると。アリッサと同じで、一度それを知ってしまったら捨て去る事は出来なかった。

 

 だが周囲とは裏腹に、アリッサは変わらず虚無感を覚えていた。一度知ってしまった余りに鮮烈な色は、微かに色付いた程度の世界では太刀打ちできない。

 

「身を顧みぬその働き、見事である。その忠義を讃えて貴官に新設する親衛隊の隊長を任せようと思う」

 

 淡々と、己の生にすら執着を見せずに反逆者を狩っていく姿を見たレグルスはそれを讃えた。その根底にある物が決して忠誠心などではないと知りつつも、彼らの功績に応えるべく親衛隊を新設した。

 

 そうして第三親衛隊隊長アリッサ・カルマは生まれたのだ。

 

 第三親衛隊の隊長となったアリッサは変わらず反逆者を狩る。

 

 屍を積み上げれば積み上げる程、称賛と畏怖は強くなる。エルヴァートと言う新鋭機を与えられ、アリッサ自身にはエルヴァリオンと言うその発展機を与えられた所で漸くアリッサは己の地位を確立したと感じられた。まぐれでは無い。確かな実力の結果でその座にいると周囲に認めさせたのだ。

 

 自分と同じ強化手術を受けた人間の受け皿となる。自分がこうして功績を重ねる事でその有用性を認めさせ、社会的な地位の向上を目指す。そんな遠大とも言える目標がアリッサの虚無感を埋めてくれた。

 それでもどうしても耐えがたくなった時には休暇を取ってエルロンドへと行った。その度に自分が裏切り捨て去った物を再確認し、それに見合った成果を出さなければと決意を新たにした。

 

 自分の判断で失った人達による空白。それは余りに大きすぎて、一体何をすればつり合いが取れるのかアリッサにも分からなかった。

 

 幸福になると、厚顔無恥に言えれば良かった。だがアリッサにはそんな事は言えなかったし、そもそもが今の状況は遣り甲斐こそあれど幸福には程遠い。彼女が一番幸福だと感じていた時間は己の手で投げ捨てたのだ。

 

 そんなアリッサに取って最大の転機。それは。

 

「イーサ・マカロフに付けていた監視より報告がありました。カルロス・アルニカの生存を確認したと」


 通信の魔法道具越しにその言葉を聞いた時に。アリッサが浮かべていた表情は間違いなく笑みだった。


(先輩が生きていた)


 どうやって。などと言う疑問は持たない。現にそれが確認された以上方法を問うのは無駄な事だ。重要なのは今また、アリッサの目の前に現れるかもしれないという一点のみ。

 

「アリッサ。一度彼に関して虚偽の報告をした貴女に任せるのは正直不安ですが、本件は第三親衛隊が適任でしょう。現地のロズルカ守備隊と連携してカルロス・アルニカを捕獲しなさい」

「拝命いたします。カグヤ総括」


 生きていた。生きていた。生きていた。アリッサの頭の中にはそれしかない。カルロスが生きていた。それ以上に必要な情報が今あるとは思えなかった。

 ただ悲しい事にアリッサ達第三親衛隊はチリーニ侯爵領で遂行中の作戦。その大詰めの段階に入っていた。ここで手を抜けばログニス残党は息を吹き返してしまう。

 

 カルロスの目的は明白だろう。クレアの奪還とアルバトロスへの復讐。全てを奪われたのだから、その復讐は正当な物である。

 

 同時に限りなく不毛だ。たった一人での国家との戦い。そこから勝利を勝ち取る為にはどれだけの屍を積み上げればいいのか。間違いなく苦痛を伴う道。それでもきっと、カルロスは一途にアリッサの命を狙ってくる。それは間違いなく純粋な愛だろうとアリッサは思う。

 素晴らしいとアリッサは今の状況を称賛する。今のカルロスはきっとアリッサを前にしたらアリッサだけを見てくれる。彼女だけに殺意(あい)を向けてくれる。そこに第三者の介在する余地は無い。

 

 そしてアリッサもカルロスに殺意(あい)を向ける。カルロスがやろうとしている苦行。そんな物は無意味だとアリッサは断じる。個人が国に勝てる道理はない。そんな生きながらの拷問にかけるくらいならば、引導を渡してやろうと思ったのだ。

 

 そんな背反する二つの感情。故にアリッサは賭ける事にした。どちらが正しいのか。全力で殺し合う事でその正否を見極めるつもりだった。

 

 殺せたのならば、アリッサの勝ちである。世界はアリッサがやろうとしている同胞の救済こそが正しいと認めた。

 そして殺されるのならば。それはアリッサは未練を抱えてなければいけないと彼女は考えた。そうする事で初めてアリッサはカルロスへの償いが出来る。四年前の清算が行えると本気で信じていた。

 

 既にそんな思考がまともではないという事にアリッサは気付いていない。そんな狂った結論を彼女は導き出して満足していた。

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