22 神殿

 カルロスを連れて、グランツ達が街の方へと向かおうとしたところで、クレアが立ち塞がった。

 

「私も連れて行ってもらえるかしら」

「クレア、お前は――」

「私も行くわよ。カスを一人にしておくと不安でしょうがないもの。気が付いたらとんでもない事をしているみたいだもの」


 手を腰に当て、退く気は無いと全身で主張するクレアに、ネリンは何やらぶつぶつと呟いていた。三角がどうのとか、男だったら、等と文章の断片は拾えるのだが何を言っているかまでは分からない。

 

「お前は……クレア・ウィンバーニか。まあ良いだろう。あの場に居た人間だ」


 肩を竦めてグランツは一人さっさと歩き出す。

 

「ごめんなさいね、あれはグランツ様流に言うと歓迎するって事なのです」

「そう、なのかしら?」

「ええ。そうなのよ。私も歓迎いたしますわ。クレア様」


 フードの下で笑みを浮かべてネリンもグランツに続いた。取り残された形になる二人は顔を見合わせる。ここで逃げ出すなどとは一切考えていない足取りだった。

 

「どう思う?」


 クレアのその問いかけにカルロスは率直に答える。

 

「罠なんて掛ける意味ないよな」


 オルクス側からすれば真正面から行けばいいだけの話だ。こんな迂遠な手段は必要ない。ここですっぽかして機嫌を損ねられても怖い。カルロス達はその後に続く。

 連れてこられたのは石造りのこの辺りでは一番立派な建物。その巨大さに口を開けて驚きを露わにする二人。視線を交わして小声で話す。

 

「ここってオルクスの首都じゃないわよね」

「違うはずだ。にしてもこのサイズは……」

「アルバトロスの帝城並よ」


 一都市でしかないアルッサスにこれほどの建造物があるという事は、オルクスの首都にはこれよりももっと巨大な物があるのだろう。帝城でさえ広くて無駄そうだと思ったのだ。アルバトロスの国土の半分にも満たない――ログニスは含まない――オルクスと言う国が持つには不釣り合いな程だ。

 

「ここは神殿だ。我らの神を祀る、な」


 驚きで固まっている二人に簡単な説明をした後、グランツは更に中に入っていく。彼らを迎えたのは――十一体の石像だった。その内の大半は見覚えがあった。

 

「これは――神権機か」

「その通りだ。神より賜った十の神権。その守護者たる我らが半身の神権機達だ」


 カルロスは記憶を探っていく。確か、共存の神権機は既に破れ、その右腕は今エフェメロプテラにある。つまりこの中の一機は既に失われているという事だ。そこでふと気づいた。

 

「つまり、さっきのはほぼ総出で出迎えたって事だよな」

「そうなるな」

「……一機足りなくないか?」


 大した疑問では無かった。本当にただ気になった事を聞いただけなのだがグランツは苦虫を潰したような顔をし、ネリンは困ったような笑みを浮かべた。

 

「まあそれについてはこの後で、ね」


 ネリンがそう取り成し、二人の背を押す。目的地はまだこの先らしい。先を急かされながらもカルロスは石像の詳細を見つめていく。その内の一つに視線が止まった。

 

(……おかしくないか。これがここにあるのは)

「ほら、急いで急いで。面倒な奴に捕まりたくないの」


 更に力強く――と言っても少女と呼べる細腕だ。大した力は無い。全身を使ってカルロスの背を押そうとしている彼女の胸がカルロスの背に当たった。その甘美な感触に直前まで考えていたことが吹き飛ぶ。そして次の瞬間に足の甲を襲った激痛に悲鳴を上げた。

 

「いってええええ!?」

「ごめんなさい、足が滑ったわカス」

「ワザとだろ!? 踏んでから今何回踏みにじったよ!?」

「バランスを崩したの」

「真顔で嘘つかないでくれますかねえ?」

「二人とも、神殿ではお静かに、ね?」


 ネリンがやや怒気を含んだ声で二人に注意を促してくる。先ほどのクレアと同じような腰に手を当てた姿勢で怒りを露わにする。

 

「神殿の中は静かにしないといけないんですよ? あんまり騒いでいると面倒くさいのが来るから……」

「どうした、ネリン。トラブルか?」


 何時まで経っても来ない事に疑問を覚えたのか。グランツが引き返してきた。まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、更に別の声がその場に響いた。

 

「やれやれ。神殿内で騒いでいる輩がいると思えば……貴方のお連れでしたか。ウィブルカーン卿」


 ねっとりとした、絡み付くような声だ。カルロスは生理的な嫌悪感に顔を歪めた。初対面のラズルの厭味ったらしさを二十倍に濃縮したような感覚だ。

 

「大神官殿か。すまないな。騒がしくして」


 その謝罪は全く心が籠っていない限りなく棒読みに近い物だった。グランツの表情もローブに隠れているが間近で見れば辟易としているのが分かる。


「全くです。神殿とは信徒が心静かに祈りを捧げる場所。まるで市場の様に声を上げられては困りますな」


 現れたのは装飾を過多にされた真っ白な布地の服を纏った中年の男だった。でっぷりとした腹が大変激しい自己主張をしている。――嘗てのラズルを三十程年齢を足せばこんな感じになるだろう。図らずもラズルの未来予想図とも言えた人間が現れた事でカルロスはラズルの変貌ぶりを再認識することになった。

 

「私の方からも注意しておこう。要件はそれだけか、大神官殿」

「まさか。私はそこまで暇ではありませんよ」


 大仰に驚いた振りをしながら大神官と呼ばれた男は首を横に振る。まるで嘆かわしいと言わんばかりに。

 

「一体この度の騎士団はどういうつもりですかな? 神権機が全てこの街に集っているというのは」

「貴君には関係の無い事だ。神殿庁と騎士団は別個の組織だ。一々説明する必要があるとは思えないな」

「何と不敬な……! 神殿庁の威光を何と心得る! この件は法王陛下に報告させていただきますよ!?」

「好きにしろ。客人を待たせている。用がそれだけならもう行くぞ」


 グランツの口調は面倒という事を隠そうともしない。激昂していた様に見えた大神官はターゲットを移し替えた。

 

「ええ。貴方に様などありませんよ。それで、ネリン。以前の話は考えて貰えましたか?」

「……何度も申し上げた通りです。我が身は神に捧げています。その様な話はお受けできません」


 大神官の気に入る答えでは無かったのか。大神官は不満そうに鼻を鳴らした。

 

「そうですか。まあその内に気も変わるでしょう」


 そう言い捨てて彼らの元から立ち去る。巨体の影になっていて気付けなかったが幾人かの取り巻きを引連れて行った。

 

「いやらしい目つきの奴だったわね」

「……だな」


 ネリンを離している時、視線がほぼ胸元に固定されていた。あの粘つくような視線で見つめられたら鳥肌が立ちそうだった。

 

「ああいう人がいるので、早く奥に行きたかったんです……」

「それは、申し訳ない」


 心底嫌そうなネリンの言葉にカルロスは素直に頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る