21 出迎え
カルロス達の危惧は杞憂に終わった。ラズルを始めとする代表者達が久しぶりの陸に降り立ったのをオルクス側の人間は友好的に迎え入れた。
入港手続きを行っている彼らを、船の窓の隙間から見つめていたカルロスは背後でクレアが溜息を吐くのに気付いた。
「……何だよ」
「へたれ」
「へたれじゃねえし。慎重に行動しているだけだし」
「慎重?」
何故そこを聞き返すのか。
「それはそうと、あそこにあるのヴィラルド・ウィブルカーンよね」
「ああ。海路の俺達よりも早く着くなんてどうなってんだ」
カルロス達は殆ど海を一直線だったが、アルバトロス帝都ライヘルからは相当な距離がある。移動能力も規格外という事なのか。
更に付け加えるのならば、ヴィラルド・ウィブルカーンの損傷はほぼ完全に修復されていた。未だにエフェメロプテラは損傷全てを直しきれていないというのに。
「取り敢えず戦闘にならなくて良かったわね」
「なったら勝ち目何て微塵も無いぞ。本当に」
一機でさえ持て余していたのだ。それと同格の機体が合わせて八機。――エフェメロプテラにも神剣の一部は存在するがその程度で互角などとは口が裂けても言えない。
ちらりと視線をラズル達の方に戻すと相手の担当者と握手をしている所だった。どうもやり取りは滞りなく終わったらしい。
「何の為に並んでいるのかしら、あれ」
「もしかしてオルクスではあそこが定位置なんじゃないのか?」
冗談めかしてカルロスが言うが、有り得ないとも言い切れない。何しろここはオルクス神権国。大陸で唯一宗教と言う物が支配している国なのだ。カルロス達の知らない習慣が有ってもおかしくない。
「……どうも違いみたいよ、カス」
クレアがラズル達の方を見ながらそう言った。ラズルが神権機について聞いたのだろう。並んでいる方向を指差して何かを喋った。それに対して相手の人間も困惑したような表情を浮かべながら神権機の方を見たのだ。当たり前にある存在ならばあんな表情はしないだろう。
「それだったら……」
カルロスが更なる仮説を披露しようとしたタイミングで、街の方から新たに数人が歩いてきた。遠目に見る限りではそれなりに身分のある人間が二人。更にそれぞれ四人か五人程度を引連れて近付いてくる。仕立ての良いローブにフードを被っているため男か女かも分からない。――訂正である。一人は明らかに女だった。フード越しにも分かる胸元の膨らみが雄弁に主張している。さておき、彼らに気付いた入港手続きをしていた役人は腕を胸の前で十字に交差させて跪いた。
明らかな上位者の登場にカルロスとクレアも狭い窓枠、カーテンの隙間に頬を押し付けるようにしながら覗き込む。
「貴族かしら?」
「オルクスって貴族じゃなくて神官が偉いって聞いたから神官かも」
本人たちは至って真面目なのだが、傍から見ているといちゃついているようにしか見えず、王党派の人間がちらりとみてすさんだ瞳で舌打ちをした。――こう言っては何だが、王党派の大半は若い一人身か息子も一人立ちしたような年配だ。一言で言えば、家族の心配が無い人間が多い。もっと言ってしまうと家族の心配がある人間は王党派に参加していない。
そんな彼らにとって長い航海の後でそんな仲睦まじくしている二人を見るのはちょっとした罰ゲームだった。何より性質が悪いのがクレアが公爵家令嬢と言う点だ。真正面から文句を言えるのがラズルしかいない。だがその唯一の人物は今、船の外だ。誰にも止められない。
早く、誰か助けてくれと言う彼らの心の叫びを何かが聞き届けたのか。新たに現れた二人と話していたラズルが船の方を振り向いた。隙間越しに視線が合い、ちょっとだけ呆れた様な顔をした。
カルロスが船外に呼び出されたのはその数分後だった。正確には、魔導機士をオルクスに入れるに当たって操縦者の面通しをしておきたいという事だった。だがそこでカルロスは予想外の再会をする。
「あんたは……」
「なるほど。ラズルと言うのは偽名だったか。初めましてではないな。カルロス・アルニカ」
「グランツ、オルクスの人間だったのか」
まさかこんな偉そうな立場の人間とは思えなかったが。所謂あれはお忍びの旅行だったのだろうか――と考えた所で気付く。有り得ない。多少の寄り道はあったが、カルロスは魔導機士の出せる最速を以てグランツと出会ったフィンデルからアルバトロスを横断し、海路でオルクスにたどり着いたのだ。真っ当な脚ではその三倍は時間がかかるだろう。グランツがここにいるはずがない。
「グランツ・ヴィブルカーンだ。改めてよろしく頼む」
「お前が、ヴィラルド・ウィブルカーンの……!」
警戒も露わにカルロスは一歩後ずさる。その様子を見てグランツは肩を竦めた。
「その反応も分かるし、言いたい事も分かるが……一先ずこちらに害意は無い。こうして生身を晒した事がその証明だと思って欲しい」
どうやら、相手は既にカルロスの――と言うよりもエフェメロプテラの反応を察知していたらしい。そうでなければ今のグランツの発言は出てこないだろう。
帝都ではヤル気満々だったのにこの変化はどうした事かと内心で首を傾げるが、それをおくびにも出さず硬い口調で皮肉気に問いかける。
「とか言いながら心臓を隠し持ったナイフで一突き、とかするんじゃないのか?」
仮にやられたとしてもそれで今のカルロスが停止することは無い。それでも警戒をしていると軽やかな笑い声。
「うふふ。随分と警戒されておりますのね、グランツ様。背後から神剣を突き立てたりしたのかしら?」
「……ネリン。すまないな、カルロス。こいつは随分と若くてな……こういう軽率な発言が多い」
笑い声の正体はグランツの隣にいたフードの人物、微かに除く顔と声からすると同年代の様だった。ネリン、と呼ばれた少女はフードを被ったまま己の名を告げる。一体今の発言のどのあたりが軽率だったのだろうと疑問に思う。からかいの成分は多分に含まれていたが、軽率と言う程でもない気がした。
「私はネリン・シュトライン。神権機ヴィラルド・シュトラインに選ばれた者ですわ。よろしくお願いしますね、後輩様」
「後輩……?」
「その辺りも含めて話がしたい。我々の要件はそれだ」
正直に言えばカルロスにとっては予想外の展開だった。だが悪い話では無い。元々カルロスも、事情を知っていそうな相手から話を聞きたいと思っていたのだ。
「こっちにも聞きたい事がある。話をしたいというのなら望むところだ」
その言葉にグランツは満足げな笑みを浮かべた。
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