17 ラズル:前編

 結局、アルバトロスの船も鹵獲して使う事になった。戦闘開始時に放たれたクロスボウによって三番船に空いた大穴は簡単には修復できなかった。そこで本来そこに積んでいた人員を移し替える事にしたのだ。

 海上で沈みゆく船から荷を移すなど本来は不可能だが、ガル・フューザリオンの対龍魔法(ドラグニティ)がそれを可能にした。少々時間はかかったが、海水の被害を免れた食料を積み替えて、再び三隻で出港した。

 

 もう阻む存在は無い。仮に居たとしてもラーマリオンでも止められなかったこの船団を止められる存在はそうはいない。穏やかな船旅が始まった。

 

 暇を持て余していたカルロスは遥か彼方の水平線を見つめる。鮮やかな青色は空と海の境界線が分からなくなる程だ。ぼんやりと眺めていると隣に誰かが立つ気配がした。

 

「邪魔するぞ。アルニカ」

「ラズルか……何か用か?」

「いや、鹵獲した魔導機士について聞きたい事があってな。ラーマリオンは修復可能かどうかと言う話なのだが」

「ん……多分大丈夫だと思う」


 周囲に人がいないタイミングを見計らって化身を強引に呼び出して確認したので間違いない。少年型の化身には大層文句を言われたが……必要な事だったと諦めてもらうしかない。少なくともその事からコアユニットが無事だったのが分かる。ならば修復も可能だろう。とは言え、この短時間で断定してしまうと不自然と判断したカルロスは語尾を濁した。

 

「そうか。あれが使える使えないでハルスに着いた時に売り込めるポイントが大きく変わるからな。有難い事だ」

「ブランさんが上手くやったみたいだ」


 その戦闘の様子は見ていないが、終始一方的な物だったらしい。ラーマリオンの機法は流体操作。対してガル・フューザリオンは凍結――固体への性質変化だ。相性は最悪に近かったのだろう。

 やはり初手で相手の足を奪えたのが大きかった。双方に海が凍らせられる物と言う認識が無かった故にその対策は最初から除外されていた。

 

「ガル・エレヴィオンもここにいればな……王国の双璧が揃っていれば頼もしい事この上なかったのだが」

「イーサ義兄さんにはイーサ義兄さんの守りたい物がある。強要は出来ないさ」


 実際問題として幼子を連れての長旅は危険だ。イーサに再度ログニスに寝返る様調略を仕掛けてもそこがネックになる。そして本人の思いは兎も角――結果として二度の裏切りを働いた相手を簡単には信用できないだろうという予測もカルロスの中にはあった。少なくともハルスは警戒する筈だ。アルバトロスのスパイではないかと。

 そう考えればイーサはこの場に居なくて良いのだ。悲しい事ではあるが、そう結論付けた。

 

「っていうかガル・エレヴィオン俺がぶっ壊しちまったしな……」

「そう言えばそうだったな」


 カルロス達から聞いていた四年間の出来事を聞いてラズルは頷いた。そこでカルロスは前々から気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「なあ、ラズルは四年間どうしていたんだ?」

「ふっ。アルニカ。質問は正確にするべきだぞ? 本当に聞きたいのはどうして痩せたのか、だろう?」

「いや、まあ……そうなんだけど」


 図星を突かれてカルロスは口ごもる。より正確には痩せたというよりも変わったかなのだが。

 

「簡単に言うとだ……まあ余は貴様との決闘に負けた後、大層父上に怒られてな。学院から領地に連れ戻されて領地の騎士団の元でしごかれていた。今だから言うが、あれは絶対殺す気だった。死んでも構わないとやっていたのは間違いない」


 若干顔を青ざめさせているのは船酔いではないだろう。顔色を変える程当時は厳しかったのかとカルロスは同情すべきか自業自得と笑うべきか判断に迷う。

 

「そんな余の癒しは領地の女子たちだけだった……」

「……………………そうか」


 その一言を言うのに大分苦労をすることになった。やっぱり変わっていないじゃないか、と叫ぶのを堪える。甲板で二人が話しているという物珍しさに釣られてか、ぞろぞろと第三十二分隊の男共が集ってきた。

 

「珍しい組み合わせじゃないか」

「何か面白い話でもしてたんなら混ぜてくれよ」


 グラムとガランがそう言いながら輪に入ってくる。何となく、グラムも社交的になったな、とカルロスは感動してしまった。何時かの様に周囲に噛み付いていた狂犬の様だった彼はもういないのだ。噛み付かれていたのはカルロスだけだった気もするが。

 

「ふ、今余の痩せた経緯をアルニカに説明してたのだ。良かったら先輩方も聞いて行きますかな?」

「ほう、興味があるな」

「俺も俺も」


 ケビンとトーマスが首肯した事でラズルは五人に増えた聴衆に向けて己の歴史を語る。

 

「領地では父上の部下の監視の目も厳しく……僅か三人の女子としか仲良くできていなかった……」


 語り口には悲哀が込められているのだが、言っている内容は最低に近い。騎士科の三人は露骨に白けた視線を向けているし、グラムに至っては憤慨していた。

 

「ふしだらな!」

「何を言うか。公爵家として世継ぎの確保は最重要事項だ」

「いや、その理屈はおかしい」

「っていうかよ。それぜってえただの後付っしょ?」

「なあなあ。それって後々後継者争いとかの火種にならないか俺不安なんだけど」


 ラズルの言い訳に総員で突っ込んで一先ず話を先に進めて貰う。今はラズルの素行について突っ込む場では無い。

 

「そんなある日だ……余は何時もの様にサーシャの所に尋ねに行ったのだが留守だった」


 語る口調が僅かに固くなった。ここからが本題なのだろうと察した皆は余計な口を挟まずに固唾を呑んで聞く姿勢に入る。

 

「同居している両親に聞けば街の外へ薪を取りに行ったとの事だ。少し帰りが遅いとは言っていたが余もその時は不審に思っていなかった。だが、サーシャはその日帰ってこなかった。その翌日だ。付近で盗賊団が出没したという報が入ったのは」


 当時の事を思い出したのか。沈痛そうな面持ちでラズルは首をゆっくりと横に振る。

 

「余が滞在していた領地の街からも被害が出ていた。たまたまその時森に入っていた町人達が盗賊団に攫われていたのだ。その攫われた人間の中にサーシャも入っていた」

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