18 ラズル:後編

「そんな訳だったが、領軍の動きは鈍くてな。何時まで経っても解決に向かわんので余が兵を率いて盗賊団を殲滅しようと思ったのだが……」


 そこで彼は思いっきり表情を歪めた。

 

「監督役の騎士の奴にな。ハムに加工されたいのかこの豚野郎と言う様な意味合いの事を言われてな」


 深刻な場面のはずだったが、その自虐に耐えきれずグラムとトーマスが噴き出した。カルロスも危ないところだった。口の中を噛んで表情をどうにか保つ。

 

「実際、あの時の余が討伐に出たら真っ先に狙われて人質となったか、あっさり落命していただろな。己の首を賭けて進言してくれた奴には感謝してもしきれん」

「その人は今は何してるんだ?」


 ガランの何気ない問いかけにラズルは無言で首を横に振った。

 

「チリーニ領で余の盾となって死んだ」

「……すまん」

「気にしないで良い。そんな話はここにいる連中の間にはゴロゴロ転がっている。気にしていたら何も出来ん」


 淡々と語られるその言葉は、幾度と無くそうした人物たちを見送ってきた者特有の諦念があった。カルロス達の四年間とはまた違った戦いを繰り広げてきた者の重みがあった。

 

「討伐に動きたければ、せめて己身位は護れるようになれと言われてな……そこで余は奮起した。リビングメイルを取り戻せば何とかなると」

「変わってねえじゃねえか」


 堪らずカルロスが突っ込んだ。その思考はカルロスと決闘した時と何も変わっていない。

 

「うむ……今にして思えば愚かな選択だと思うが、当時の余はそれこそが最適解だと思っていてな……。まあ割合とあっさり鎧を取り戻せたのだが……そこからが地獄だった」


 リビングメイルの話題になったからか。船底に仕舞い込まれていたリビングメイルが首を傾げながら甲板に上がってくる。その様はまるで呼んだ? と問いかけているかのようだ。

 

「喜び勇んでリビングメイルを身に付けた余だったがな……そのまま奴はランニングに動き出した」

「あ、落ちが読めたぞ」

「落ちが読めたな」

「それは良かったな……そのまま、丸一日程走らされた。余が失神しても強引に身体を動かされて……」


 えぐい事をするとカルロスはラズルに同情の念を抱く。外部からの強制的なトレーニング。筋肉痛になっても強引に動かされ続けるのだ。地獄だったという表現も大げさと笑えない。

 

「脱げばいいんじゃないのか?」

「知っているか。スレイ先輩。リビングメイルは、リビングメイルその物が許さないと脱げない」

「何その呪いのアイテム。怖いんだけど」


 トーマスの率直な感想にリビングメイルが心外だという様に腕を振り上げた。ジェスチャーだけでは何を言っているかまでは分からない。

 

「後で聞いたところによると父上がそうするように指示を出していたらしい……まあ今となっては感謝しているが、あの時余は本気で父上をぶん殴ろうと思った」


 そうやって懐かしむことが出来るだけでも成長したと言えるのだろうか。ラズルにとって一連の出来事で思っている事はただ一つだけだ。

 

「二月ほどそんな事をしていたら側仕えの騎士から合格が出てな……これなら最低限何とかなるだろうと。その時余の腹は少し凹んでいた」


 それだけやっても少し凹んだだけなのかと言う感想が無いわけでは無かったが、語りが佳境に入ってきたこともあって全員突っ込みは控えた。

 

「そうして念願かなって討伐に出た。余がやった事と言えば突撃の号令と……騎士達を擦り抜けて来た雑兵を一人切り伏せた事だけだった。連中のアジトは潰せたが、本隊には逃げられた。それでも成果は成果だし、連中が略奪してきた物の奪還も出来た。……その戦利品の中に物を言わなくなったサーシャもいたよ」


 女性陣が居なくて幸いだったな、とラズルは形だけ口元に笑みを浮かべてそう呟く。カルロスはその底に隠された未だに熱を持ったままの暗い感情……己と同種の復讐心を嗅ぎ取った。

 

「余はな。こう言っては何だがそれまで箱入りだった。基本的に人の善意にしか触れていなかったのだ。だがすぐ側に、悪意を以て害を為す人間がいる。そして余達公爵家が守るべき民衆はその悪意に常に晒されている。その事を理解したのはその時が初めてだった。サーシャの仇を討ちたいという気持ちもあって余はその後も訓練に邁進した。目撃情報があれば兵を率いて討伐に行った」


 そうすると、段々と領民の眼が変わってきたのだという。ある意味でそれは当然だろう。それまで何の役にも立たないドラ息子が、領地の危機に動いた。そうして着実に成果を挙げている。元が酷過ぎただけにその揺り戻しは大きかったとさえ言える。

 

「まあそんな事を繰り返していたら割と余も楽しくなってきてな。気が付いたら痩せていた」

「ああ、そういえばどうやって痩せたかって話だったな……」


 割と端折られて最後の結論が雑だった気もするが、元はそう言う話だった。

 

「それにだ。余が痩せてから女子たちが向こうから声をかけてくるようになってな。うむ、あれは気分が良かった」

「お前絶対そっちが目的だっただろう」

「皆無とは言わん」


 冗談めかしてラズルはそう言う。だが、当然それだけではないのだろう。そんな生半可な気持ちでは王党派と言う斜陽勢力をまとめあげようなどとは思わない。

 

「……ノーランド領は、父祖が切り開いてきた土地だ。確かに今のアルバトロスの統治は悪い物では無いと聞く。だが……奴らの統治は全ては次の争いの為だ。領地を富み、栄えさせるのではなく、更なる戦火を広げるための準備だ。今はその過程で良い物に見えるが、何れ戦争の為の締め上げが始まる。余はノーランドの民たちにそんな労苦を与えたくないし、等しくログニスの民にもさせたくない」


 カルロスもラズルの見解には同意だった。今レグルスが国内を安定させているのは、東征への障りが出ないようにするための地盤固めだ。土台が出来たのならば次は戦争の為の準備を始めるだろう。そしてそれは今度こそ大陸全土を巻き込む過去に類を見ない程の戦火となる。それこそ人龍大戦にも匹敵する程に。

 

「余はな、女子たちが笑っている国が良い」


 ラズルの根本はあまり変わっていない。女好きのままである。だが、そこには以前とは違う上に立つ物としての視点があった。

 

「余はそんなアルバトロスによる現状を変えたい。だから……力を貸してくれ」


 そう言ってラズルは頭を下げる。それを断る理由はもちろん無かった。

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