07 脱出計画

「まずは我々の現状を把握して欲しい」


 ラズルがそう切り出して見せたのは王党派の残存戦力だ。チリーニ侯爵領での戦いはログニス崩壊以後で最大の物だったらしい。それまで王党派は古式をどうにか五機確保していたが、生き延びたのはアレックスのガル・フューザリオンともう一機のみ。その一機もコアユニットが損傷し、道中で廃棄する羽目になったらしい。

 

「一応余のリビングメイルと魔剣の組み合わせならばアイゼントルーパー一機なら何とか渡り合える……と言った所だな」


 ラズルはさらっと何でもない事の様に言っているが、それだけでも相当な快挙である。生身で魔導機士を倒せるなんて言うのは東方の大和国の有獣族位な物だった。リビングメイルと言う古代魔法文明の遺産の力あってこそだろうが、半分くらい人からはみ出ているのではないだろうか。

 

「そして今回アルニカ達が合流した事で、新式の魔導機士が三機。そして古式であるエフェメロプテラ、だったか? 計四機が我々の軍勢に加わったことになる」

「その通りだな」

「だがその戦力でも早晩アルバトロスに押しつぶされてしまうだろう。アルニカが帝都で相応の損害を与えたと言ってもだ」


 カルロスは小さく頷く。魔導機士部隊に大打撃を与えたという手ごたえはあるが、残存だけでも優に上回る。ましてこちらはこれ以上数を増やすのは様々な観点から難しい。相手は国力を費やして数を増やせると考えると……厳しいの一言では済まないだろう。

 

「故に我々はハルスへと亡命……彼の国の助力を得て国土奪還を狙う。ここまでは既に話した通りだ」


 この場にいるのはラズルとアレックス。その他は古くからアルド・ノーランドに仕えてきた腹心だけらしい。彼らが新参である第三十二分隊に状況を説明してた。

 

「問題はログニスからの脱出方法だ。国境線付近は魔導機士によって固められている。魔導機士に乗ったままの突破は難しい」

「確かに……山越えをするにしても魔導機士が通れるような場所は限られている。そう言った場所は既に張られているか……」


 カルロスがエフェメロプテラで自由に行き来できたのは、ジャイアントカメレオンの光学偽装能力によるところが大きい。だがそれも先日の帝都の戦いで確保していた素材――リビングデッドのジャイアントカメレオンも、機体に使用していた分も綺麗に使い切った。同じ方法は使えないだろう。

 

「それに我々の同志には非戦闘員も多い。彼らを連れて山越えは無謀だ」

「陸路は無理か……となると海路だが」

「先日のチリーニ侯爵領の戦いで港湾都市エルドの海軍艦は粗方潰した。一時的だが奴らの海上戦力は大きく落ちている……一つを除いて」


 その一つと言うのは改めて説明されずとも分かった。渋面を作ってカルロスが呻く。

 

「ラーマリオンか」

「そうだ。チリーニがアルバトロスへの手土産にした機体……それまでログニスの海軍不敗神話を作っていた海上戦用魔導機士だ」

「厄介だな」

「正直に言えば軍艦よりもこいつを落としたかった」


 実際問題として、脅威度はこちらの方が上である。機動力火力共に軍艦を上回っているのだ。特に風任せな帆船と違ってラーマリオンの自在な機動は厄介この上ない。

 

「我々が脱出用に用意したのは魔導機士を収容できるタイプのガラルーン型の帆船だ。速度はまあまあ出るが……」


 ラズルの歯切れも悪い。ガラルーン型は確か軍艦と言うよりも輸送船と呼ぶべき物だったはずだ。各国で似たタイプの船は製造されているが、そう大差はない。

 

「ラーマリオンに襲われたら一蹴されるな」

「分かっている。だが、現実問題として一度に王党派全員をハルスに脱出させるには海路しか手が無い。どうにかしてラーマリオンを止めないと……」


 苦悩しているラズルを見てカルロスも考える。ログニスが手に入れてからの不敗神話を持つ機体。それを如何に攻略するか。

 

「なあ。今思ったんだけどよ」


 とガランが思いついたことを口にする。この中では数少ない魔導機士の操縦経験者の言葉だ。拝聴の価値はあった。

 

「カルロスならラーマリオンと同じような機構作れるんじゃね? それを俺らの機体にくっつければ五対一だから余裕だろ」


 その言葉にラズル達は感嘆の声を上げる。アルバトロスの印象が強くて彼らも忘れていたが、元々新式の魔導機士はここにいるカルロスとクレアが中心となって作り出した物だ。王党派に付いてきた魔導機士の技師達も旧第三十二工房の面々に劣る物では無い。彼らならば或いは、という期待の眼差しを受けてカルロスは居心地悪そうに口を開く。

 

「まあ作れない事は無いんだが……」


 ラーマリオンは一度見たことがある。直接の解析こそしていないが、公開情報と形状から大体の機能の推察は可能だ。そこにカルロスの知識を加えれば一応は作れる。


「まあまず簡単におさらいすると、ラーマリオンは脚部の装置――大剣というか盾と言うか……まあ足に履いている部分で水上行動を可能にしている」

「ほう」


 魔導機士に詳しくないラズルは感心した様に声を上げた。アレックスも良く知っているなと小さく頷いている。大剣とも盾ともつかない異様で巨大な物体に乗ってラーマリオンは自在に海を駆けるのだ。外観だけではその様子は想像できない。

 

「この部分は前方から海水を吸い込んで、後方から吐き出す事で前に進んでいる。これを傾ける事でラーマリオンは水上を自在に移動している」

「なるほど……それを作ると」

「まあ、作れるんだがな……問題が三つある」


 一つ、とカルロスは指を立てた。

 

「まず単純に完全に同じ物は作れない。あくまで俺が作れるのは今言った最低限の機能を詰め込んだ物だ。ラーマリオンの物と比べれば一段か二段は劣る」

「……ふむ、それから?」

「二つ目。簡単に試算してみたけど結構な魔力を消費する。エフェメロプテラやガル・フューザリオンは兎も角、量産型に付けて戦闘するのは無理だ」

「何だ……残念だな」

「三つ目。ラーマリオンの操縦経験者がいない。俺達が真似したらすぐに海でひっくり返る。そんでもって練習の時間は無い」


 指を三の形にしたカルロスを見て落胆の溜息が漏れる。同様の戦力を用意できれば、という発想は良かったのだが超えるべきハードルが多かった。

 

「ちくしょーいいアイデアだと思ったんだけどな」


 悔しそうにするガランを尻目に、一人グラムは何事かを考え込んでいた。

 

「どうしたんだグラム?」

「いや、今の話なんだが……要するに、それを使って魔導機士で海上戦闘は無理、と言う話だったんだな?」

「そうだけど」

「なら船に付けたらどうなんだい? 速くなりそうなんだが」


 その言葉にカルロスははっと目を見開いた。カルロスの中に、魔導機士の部品を他の物に付けるという発想が無かったのだ。

 

「そうか……量産型を船蔵で待機させるくらいなら魔導炉から魔力供給して海上移動の魔法道具につなげば……」


 ラーマリオンとは質量が違うため、単純に比較はできない。それでも並の軍艦よりも速度は上がるはずだった。

 

「凄いぞグラム! 計算していたのか?」

「え。も、もちろんだとも!」


 本当は何となくの思い付きだったのだが、見栄っ張りの彼はそこで頷いてしまった。

 

「……見栄っ張り」


 テトラには見抜かれていた様だったが。

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