02 詰問

 ラズル達の言葉通り、森の中を約二日かけて木々の隙間に砦の城壁が見える位置まで来た。

 

「……思っていた以上に立派だな」


 森の中にあるとは思えない程に立派な作りをしている砦だった。外観からするとやはりここ数年で建てた物ではなさそうだ。以前からあった物の再利用と言った所か。

 

「我々も正確な年月は把握していないが、相当以前からの遺跡らしい。人龍大戦時代の物かもしれない」

「それは……年季が入っているな」


 建国以前の物とは予想していなかった。だがそれだけ古いとなると遺跡としての価値も期待できそうだった。

 今カルロスが欲しているのはレグルスの言葉がどこまで真実なのかを見極める事だ。人龍大戦以前の情報を得ようとするとどうしても資料の不足と言う問題に突き当たる。どうして情報を得た物かと悩んでいる所だった。こうした遺跡は貴重な情報源と成りえる。

 

「残されていたのは完全に砦部分だけで、価値のある物は何もなかったがな」

「そうか」


 早速当てを外されてカルロスは肩を落とす。早々上手くは行かない。

 

「まあそれでも秘匿性は保証しよう。住み心地までは保証しかねるが」

「流石にそこまでは求めないさ」


 住み心地のいい砦なんて物があるのならば見てみたい物だとカルロスは思う。木々を抜け、砦に肉薄したらラズルが裏側に案内した。そちら側には魔導機士を収容するための巨大な格納庫が存在していた。見る限りでは後から持ち込んだのか、魔導機士を整備する際に使用している工房機材も存在している。

 

 帝都でボロボロになったエフェメロプテラを修繕するには丁度いい環境だった。何しろ周囲は森。魔獣には事欠かない。

 機械部品を増やした事で生体魔導機士(マギキャバリィ)としての性質が薄れた今のエフェメロプテラを元の状態に戻すには良いタイミングであった。

 

「ようこそ。イリス砦へ」


 そう言って、ラズルは久方ぶりの客人を歓迎した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 到着してすぐに、ラズルとアレックスはハルスへの脱出計画を練り始めた。ここにいる人員全てを連れていく事になる大計画だ。ハルス側と話を付ける必要もあるので一朝一夕で済む話ではない。

 カルロス達は歓迎されたと言っても良い。敗北が続き、数を減らしていた王党派に取って、彼らの合流とクレアの奪還。それらは久しぶりの明るいニュースだったのだ。

 

 ささやかながら歓迎の宴が饗されて明けた朝。クレアは決意を込めてカルロスの部屋の前に立っていた。部屋だけは有り余っている――つまりは現在の王党派の総数が砦一つにも満たないという事なのだが――お蔭でカルロス達は久しぶりに個室でゆっくりと休むことが出来ていた。

 

「入るわよ」

「……普通ノックしてからだと思うんだけどな」


 カルロスとしては漸く一つのヤマを越えた所だ。久しぶりに完全に気を緩めてリラックスしていた彼は若干緩んだ表情でクレアを迎えた。だがクレアの表情を見て顔付きを引き締める。

 

「夜這い朝駆け……って訳じゃ無さそうだな」

「ええ」

「場所を変えよう。ここだと誰が来るか分からない」


 クレアの速攻には驚かされたが、何れカルロスも話す必要があると感じていた。他者の耳が無い場所で、だ。

 

 向かった先は砦の屋上。見渡しても木々に遮られて何も見えない。だが声のボリュームさえ絞れば第三者に盗み聞きされる恐れはない。更には念を入れて、カルロスは自分で用意した魔法道具を一つ起動させる。

 

「何かしら、それ」

「盗聴防止の魔法道具。極論を言うと魔法に対して爆音を流し込むような物だから隠している、って事が相手に伝わる欠陥品だけど」


 だが内容さえ通じなければいいのだ。

 

「それで何か話があるんだろう」

「ライヘルで言った事よ。話を聞かせてって……何があったの」


 その言葉にカルロスはしばし考え込んだ。誤魔化そうというのではない。カルロス自身、どこまで己の身に起きたことを理解しているか。

 だが、何よりも先にカルロスは彼女に告白しないといけない事があった。クレアと今後も行動を共にする上で、絶対に明かさないといけない事だ。

 

「クレア。まずひとつ謝罪させてほしい」

「謝罪? 何かしら」

「エルロンドを出る前にお前の部屋に魔導機士の資料が無いかと思って部屋を漁っ――」

「カス、正座」

「はい」


 最後まで言わせてもらえなかった。石造りの屋上で正座をするのは厳しい物があるが躊躇わない。カルロス自身、そのやり取りを楽しんでいる節がある。クレアも半分は本心だろうが、もう半分はこの久しぶりのやり取りを楽しんでいる。

 

「見てないわよね?」

「主語が抜けていて何のことか分からないが、部屋の中身は一通り見たぞ?」

「……服は?」

「ノートが隠されていないかどうか位は」

「………………下着とかは」

「………………ちらっと」


 クレアの表情が何とも言えない形に変わる。顔色が赤いのは羞恥か怒りか緊張か。そのいずれかが原因だろう。数秒堪える様に拳を震わせて。大きく息を吐いた。

 

「許すわ。でも見たことは忘れなさい」


 あの防御力の低そうな黒のレースは一体何だったのか。聞いて見たい気もしたが、多分それを聞いたら自分は地面に埋められる気がしたのでカルロスは口を噤む。代わりに立ち上がって話を続けることにした。

 

「まあ、今のは場を軽くするための小話として……話そうか。四年前から今に至るまでの話を」


 それはクレアにも知って貰いたい話だった。とは言え細かく話していくと時間がいくらあっても足りない。ある程度端折った形になる。

 

「まずは……クレアが攫われた後。俺は試作一号機に乗ってクレアたちを追いかけた」

「ええ。馬車の中から見えていたわ」


 追いついたと思った瞬間にヴィンラードが割り込んできた。そこもクレアは目撃していた。そうなると話は早い。

 

「俺はヴィンラードに敗れて試作一号機も破壊された。それでも生身で立ち向かおうとして」


 そこで言葉を切る。親指で自分の胸を指差した。

 

「心臓を貫かれた」


 その発言にクレアは大きく目を見開いた。そうする事で服越しに彼の心臓を見つめようとしているかのようだった。

 

「でも、こうしてここにいるんだから……大丈夫、だったのよね?」


 それは当然の疑問だった。普通の人間は心臓を貫かれたら生きてはいられない。余程高位の活法、融法、解法の担い手ならば患者の傷を即座に把握し、治癒力を高めて潰れた心臓も復元できるかもしれない。だがカルロスには活法の才能は無い。ならば、今ここにいるためには何らかの要因が必要だった。

 

「いや、大丈夫じゃなかったんだ」

「…………え?」

「俺は一度死んでいる」


 これまでずっと秘めてきた事。カルロスの最大の隠し事を明かした。

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