第五章 逃亡編

01 懐かしい光景

 爆発。

 

 情けない鳴き声をあげながらリビングデッドのロックボアが宙を舞った。その軌跡をカルロスは目で追い、そしてそんな光景を作り出した人物の方を見る。

 

「カス。正座」

「はい」


 抗弁も無く、森の中の地面に正座するカルロスの姿は良く訓練されているというべきなのか。慣れている第三十二分隊の面々は兎も角、初めて見るラズルとアレックスは面食らっている様だった。

 

「ねえ。カス。今回の件は私も悪いと思っているの」

「そう、なのか?」

「ええ。こんな森の中でお肉を食べたいなんて。そんな我儘を口にするべきじゃなかったって。皆急いでいるし疲れているのにそんな事を言うのは本当にどうかしていたって」


 そう、事の発端はクレアがいう様に彼女が肉を食べたいと希望をした事だった。別段深い意味があった訳では無い。太陽が中天に上る昼時。空腹から本当に何気なく呟いた言葉。とは言え今のカルロス達はアルバトロスからの追撃を振り切ってラズル達王党派の本拠地へ向かっている所だ。保存食は味気ないのでクレアの言葉はある意味でこの場の全員の意見でもあった。

 とは言え、そんな余裕は無い。即座にクレアも自分の発言を恥じて撤回しようとしたのだが、そこでカルロスが任せろと言ったのだ。その結果が――。

 

「だからカスがお肉を用意してくれるって言った時は申し訳なさもあったけど期待もあったのよ……それが」


 そこでクレアは言葉を切る。沸々と湧き出る怒りを堪えている様だった。

 

「あのリビングデッドのロックボアを見せてさあ食べろってどういう事なのかしら!?」

「良いだろう! 喰えるんだから!」


 クレアの叫びにカルロスも全力で反論した。

 

「ちゃんと防腐処置もしているから腐っていない! どころか適度に熟成させた移動保存食型のリビングデッドだぞ!? 何が不満なんだ!」

「リビングデッドっていう所が不満なのよ!」

「俺もウィンバーニ嬢に同意見だ。流石に動いていた死体を食べろと言われるのはな」

「くそっ、これだから公爵家のお坊ちゃまお嬢様は……」


 この場での最高の家柄を誇る二人に反対されたカルロスは負け惜しみを言いながら渾身の出来だったロックボアに視線を戻す。クレアの火炎球によってこんがりと焼きあげられたロックボアは実においしそうだった。そしてその状態でもまだ動いている。動く豚の丸焼き状態だ。

 離れていても漂ってくる良い匂いに誰かが唾を飲み込んだ。その一人であるケビンが正座したままのカルロスに問いかける。

 

「……カルロス。あれは食えるのか?」

「うん? まあ中が生焼けかもしれないからちゃんと焼く必要があるだろうけど食えるぞ。っていうかあそこまでなると俺の死霊術でも長くは持たないから早めに食わないといけない」


 カルロスの死霊術は基本的に何もさせなければ一週間程度は持続する。戦闘行為をさせると加速度的に持続時間は減少するが、ただ歩かせるだけならばその位だ。だが素体となっている死骸の損傷が激しくなればなるほどその時間も短くなる。あそこまで焼き焦げたら最初に与えた魔力は遠からず尽きて力尽きるだろう。

 

「ふむ……では俺が毒見をしよう」


 そう言いながらケビンが腰に下げたナイフでロックボアを捌き始める。元々昼食の為に休憩を取るつもりだったのだ。魔導機士に乗って警戒を続けるトーマスとガランが情けない声を上げる。

 

「俺たちの分も取っておいてくれよ?」

「頼むぜ、たいちょー」

「だから俺はもう隊長ではないと……」


 そんなやり取りをしながらケビンは切り取った肉片を口に含む。

 

「ふむ……悪くない」

「どれ、俺も一つ貰おうか」


 そう言いながらアレックスもロックボアの肉を噛み締める。ちょっと眉を上げて再び手を伸ばしたところを見るとお気に召したらしい。

 

「ひゃっはー肉だー」

「お肉お肉!」


 そこにテトラとライラの二人が乱入する。一口齧ってカルロスに親指を立てて来た。美味しかったらしい。

 

「君たち良く食えるな……」


 若干離れた位置からグラムが顔を青くさせながら声をかける。彼はどうやらクレア側らしい。

 

「アッシャーは本当に神経質だなあ」

「マークスは本当に図太いな」


 何時もの様に無言で足の踏み合いを始めた二人を尻目に、カルラがその辺から取ってきた木の実を磨り潰して即席の香辛料を作って肉に刷り込んでいた。それを食べたケビンが彼女を褒めると照れたように微笑んだ。アレックスもまた口にして笑みを浮かべる。

 

 クレアとラズルは保存食料を口にしている。硬く焼き固められたビスケットと干し肉。そして川から汲んできた水を浄化させたものだけだ。味気ないのだろう。楽しげに食事をしている面々を見て羨ましそうにしているが、先ほど叫んだようにリビングデッドを口にするのは抵抗がある様だ。

 

 その光景を見て、カルロスは少し泣きそうになる。場所は人目に付かない様に森の中だ。今この場にいる面子は嘗てとは違う。それでも――こんなやり取りを四年間ずっと切望してきたのだ。懐かしすぎて涙が出てくる。

 

 二度と奪わせるわけには行かない。今度こそ守り抜いて見せるとカルロスは決意を新たにする。

 

「アルニカ。食べ終わったらあっちの二人と交代してくれ。あいつらにも食事をさせないと」

「……分かってる」


 にしても、とカルロスは思う。この集団の指揮者はラズルだ。自然とそうなった。それは全員が暗黙の内に彼の指示が的確であると認めている事の証左だった。

 四年前とはまるで別人のラズル・ノーランド。この状況では頼りになるのだが……一体彼に何があったのか。特に腹回りに何が起きたのか。興味が尽きないところであった。

 

「後二日も移動すれば我々の拠点に辿り着く。そうすれば真っ当な肉も食べられるだろうさ」

「そうね……後二日の我慢ね」

「おい。そこの公爵家二人。俺の渾身のリビングデッドを真っ当じゃない肉扱いすんな」


 だがやはり微妙に馬は合わないとカルロスは再認識した。

 

「にしても。王党派が砦まで所有しているというのは意外ね」

「元々用意してあった物では無い。流れ着いて自然とそこを拠点にするようになった形だ」


 そもそもが、森の中にあるという時点で遥か以前に廃棄された砦だったのだろう。そこを本拠としないといけない辺りに余力の無い王党派の内情が見え隠れする。


 それでもこれまで単独で行動してきたカルロスにとって頼りになる味方である事には違いない。これまでの余裕の無さを比べると、大分楽になった状況に思わず笑みが零れた。

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