36 イビルピース

 最早短剣と言えるような長さである神剣だったが、微かに迸る魔力だけでイビルピースを圧倒していた。

 既にヴィラルド・ウィブルカーンとグラン・ラジアスによって多大な損傷を刻まれていた相手にとって、今のエフェメロプテラは十分すぎる脅威だった。

 

 当初、カルロスはイビルピースに対して無機質な印象を受けた。だが今は与えられた印象が変わる。

 

 欲を感じる。上から全てを見下ろす超越者ではないと直感した。その姿は神と言うよりも――。

 

『SUNOTITIMITONANISUMIRATIKAMORANINIKARANINOTISUMORATIKATONANISUTIMITIKAMIRANI。MIMIRANIKAKARANIKAMORANISUKAITISUNOTITIMITONANISUMIRATINIMORAKANORANIKAKAINIKANONININIMIRAMINIKAMIRANIMIMIRATIKANONANIMIKARATIMITIMIKANANIMITOTIMIMITIMITINIMONIMOMONINIKAMORANINIKATONINISUTIMIKARANIMIMONININITONIMIMIRANISUKARATIMITIKATONINI』

 

 光の剣がエフェメロプテラの装甲を掠めた。それだけで溶解した装甲が地面を穿つ。余計な事を考えている余裕は無かった。相手が追い詰められているのと同じかそれ以上にカルロスも追い詰められているのだから。

 残り時間が嫌でも気になる。残り十五分ほどでエフェメロプテラは機能を停止する。

 

 そこまでに倒さないといけない。大技で一気にしとめるべきか。それとも堅実に行くか。カルロスの中で迷いが生まれる。そのカルロスを後押ししたのはクレアの声だった。

 

「敵左脇腹、斜め下から!」


 視線を向ける。そこには刻み込まれた装甲の裂傷。魔導機士ならば魔導炉がある箇所。相手が機士ならざる存在である以上、そこに中枢があるとは限らない。だが装甲の内側からならば、相手に多大な損傷を与えられる可能性は高い。

 

 一気にしとめる。その方針に天秤が傾いた。

 

 光の剣による突きを地面に触れる程の開脚でやり過ごす。低い姿勢からの突き上げ。狙うは左脇腹の損傷。神剣の刀身がその隙間に入り込んだ。

 

「促進機構最大稼働!」


 魔導炉のエーテライト融解促進の魔法道具。その性能を完全に開放する。現在炉に入っているエーテライトを全て一気に魔力に変えた。その生成分を搾り取る様に神剣へと注ぎ込んだ。

 

「無銘神剣、開放!」


 増幅された魔力が刀身から撃ちだされた。装甲内部で相手に損傷を刻み――結果、イビルピースは力なく崩れ落ちた。

 

「……やったのか?」


 今の一撃でエフェメロプテラも殆ど魔力切れだ。後は移動するのが精一杯だろう。イビルピースから感じていた魔力の圧も消えている。機能を停止したと見て良いだろうと判断したカルロスは肩の力を抜いた。

 その瞬間にイビルピースが再度立ち上がる。

 

「こいつ、まだ!」

「待ってカルロス」


 臨戦態勢に入ろうとしたカルロスをクレアが制止した。エフェメロプテラも見えていないかのようにイビルピースはふらふらと歩を進める。頭部らしき箇所からは壊れたように声が漏れ続けている。

 

『SUMIRATISUMIRATIKAMORANINITONIKAMIRANI。MIMONINIMIKANANIMITOTIMIMITIMITINIMONIMOMONININITONISUMIRATINITONAKATONININIMIRASUMONITINIKARAMINIKAMIRANISUKAITIKANININONIKATONANINITONAKANOTINISUMONITIKANONANIMINONINISUTOTIMIMITIMITISUMIRATIMITI……SUKARATINITONAMIMONINI』


 数歩も歩かない内に、イビルピースは倒れ伏す。そうなってもまだ声を発し続けていた。それはエフェメロプテラにだけ届くような小さな声。

 

『MINOTITIMIMORANISUNOTITIKANOTINIMINIKAKANANIMINISUMONITISUKARATIMITISUMIRATIMIMIRATI。SUKARATISUMIRATIKAMIRANIKATONANINIKATONANINITONAMITONATIMIMIRANISUTOTIMIMITIMIMIRATIKATONINIMINIKAMORANIMITONANISUTOTIMIMITIMIMIRATISUMONITIKAMIRANISUMONITIMITINIKARAMINI。KAMIRANIMOMONINIMIKARANIKATOTIMIMINIMIKARATIMITONATISUKANATI、KAKAINIKANONINISUMIRATIKATONANISUMIMITIMITONANIMITIKAMORANINITONAKANOTINIMINIKANOTINIMOMONINIMIKARANIKATOTIMIMINISUMIMITI! MIMIRANIKAKARANIKAMORANISUMONITISUTIKAMIRANININONINITONIKAKAININITONAKANONANIKAKARANIKATONANIKAMONINIMITONATIMINOTINIKAMIRANIKATONANISUKAITINIMITONATISUMIRATISUNOTITIKANONININITONIMIMIRANIMITONATI! MIKARANIMOMONININIMIRAMOMONINIMIMIRANISUTONITISUMORATIKANONINIKANOTINIKANORANIMIMONINIKAMONINISUTONATIMITISUNOTITI、SUMIRATIMOMONINISUTONITISUMIRATISUKARATIKANONANI……』


 機体の動きが完全に止まった。

 

『SUTIKAMORANINISUMONITIKAMIRANIKANOTINIMIMIRANISUKAITISUNOTITINITONAMITONATI……MINONITINITONAMINIMIKARANIKANI』


 消え入る様に囁いた言葉は変わらず分からない。ただ何となくカルロスは人の名前の様だったと思った。そして今度こそ、イビルピースは完全に停止した。それを証明するかのように端の方から解けて崩れていく。最後に残ったのは真っ赤な色をしたエーテライトで、それさえも地面に落下した衝撃で砕けて散った。

 

 風に吹かれてしまえばそれらの痕跡も消え去る。つい先ほどまでここで三機の魔導機士と戦っていた相手がまるで幻の類であったようにさえ思えた。

 

 イビルピースとの戦いは終わった。だがまだカルロスの戦いは終わっていない。ある意味ではここからが本番だ。

 こちらを狙っている二機を相手に逃げ延びなければいけない。

 

 どちらも多大な損傷を負っている――が、動ける。対してエフェメロプテラは損傷は浅いが直に動けなくなる。これから始まる逃走劇に於いてどちらが有利であるか。言うまでもない。

 

 レグルスとグランツは互いに手を出さないという約定を結んだ。その中にカルロスは含まれていない。何の制限も無くこの二機はエフェメロプテラを鹵獲しようと迫ってくるだろう。

 

 事ここに至っては仕方がない。逃走支援の為に外城壁で交戦中のリビングデッドの群れを帝都に突入させることを決断する。数は大分減らされているが、アルバトロス軍も行動不能機体が増えている。損耗を考えずに全て突入させれば混乱を巻き起こせるだろう。

 その隙に乗じて帝都を脱出する。それ以外に道は無い様に思えた。

 

 カルロスの逃走の気配を察したのか。ゆるりとグラン・ラジアスが立ち上がる。今現在アルバトロス側の戦力は城壁に集中している。捕えようとするならば彼自身が動く必要があった。

 同様にヴィラルド・ウィブルカーンも音も無く立ち上がった。だがその目的は先ほどまでとは違う。模倣の大罪を狙うのではなく、神剣を持つ者として捕獲しようとしていた。

 争奪戦が始まろうとした瞬間――後方から飛来する気配があった。まるで矢じりの様に飛んでくるそれは。

 

「黒い、全身鎧だと?」


 グランツが困惑する様に呟く。そんな物が飛んでくるというのは些か以上に奇妙であった。ガル・エレヴィオンの様に自力で飛翔している訳ではない。これはもっと単純に、投げつけられた結果であった。そんな事が分かっても鎧が飛んでいるという奇妙さは拭えないが。

 

「王党派の黒騎士だと!?」


 レグルスの驚愕は、既に潰した筈のログニス残党。その中でも中心人物と見られるの二つ名だった。空中で体勢を整えながら、一直線に飛来した黒騎士は手にした刃を煌めかせる。黄金色の輝きは――日緋色金だけに許された物。

 すれ違いざまに、グラン・ラジアスの頭部。その奥に存在する視覚を司る魔法道具に一太刀浴びせた。人間サイズだからこそ出来る装甲の隙間からの攻撃だった。

 

 だがこの場で一番驚いているのはカルロスとクレアだったかもしれない。

 知っている。その鎧について二人は良く知っていた。眼を見開いて絶句する二人の元に、黒騎士が駆け寄ってくる。跳躍し、エフェメロプテラの肩へと飛び乗った。エフェメロプテラの目の前で強調する様に、背負っている荷物を揺らした。それは魔導機士用としては小振りではあるが、エーテライトに違いなかった。

 

 神剣を鞘に納めてカルロスはそれを手にした。苦痛が遠ざかり漸く一息ついた。

 魔導炉が新たな火種によって魔力を生み出し始めた。エフェメロプテラの挙動に力強さを増した事に気付いたのだろう。ヴィラルド・ウィブルカーンが取り押さえようと一歩を踏み出し――その足元が飛来した氷の矢によって一瞬で氷漬けにされた。

 僅かに生まれた時間。それを最大限に生かす。

 

 気付かれぬように建物を遮蔽物として近寄っていた一機の魔導機士。その機体にもカルロスは見覚えがあった。先導する様に駆け出す青い機体をカルロスは追う。黒い全身鎧は揺れるエフェメロプテラにしがみ付いていた。

 

 その最中、カルロスは空に一発魔法を上げた。撤退の合図。時間を稼いで外城壁にアルバトロス軍を釘づけにしていたアンデッド軍団は変わらず時間稼ぎに。そこに指示を出していた第三十二分隊の面々に合流ポイントを指示する。

 

「……逃げられたか」


 グランツはそう呟き、神剣を納めた。追おうと思えば追える。だがここでの主目的――地脈を流れて来た気配の確認とその討滅は済んだ。大罪機でもあり失われたはずの神権機、その右腕を持つ機体については気になるが、グランツはその乗り手の素性も何も知らなかった。完全に偶発的な遭遇だったのだ。

 何も分からないまま追った所で碌なコンタクトが取れるとも思えなかった。最悪また戦闘になる。それは避けたいところだった。大罪機と違い、神権機は増える事が無い。それ故に今回のケースの対応は慎重を要する。

 

「一刻も早く帰還し、今回の件を皆に知らせなくては」


 今回のイビルピースの様な存在。それが今後も出現するとなれば非常に問題だ。封印がその効力を失いつつある事になる。行き着く未来は邪神の完全復活。それだけは避けなくては行けなかった。

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