34 封印

 そして、その攻防を見ていたカルロスは決断した。


「……クレア。今すぐ降りるんだ」

「カルロス?」


 そう告げるカルロスの声は震えていた。


「城からの避難民に紛れて真っ直ぐ外城壁に向かってくれ。そこにケビン達がいるから合流出来たらそのまま帝都から離れるんだ。可能な限りに」

「どういう事?」

「勝てないかもしれない」


 神権機と大罪機。そしてエフェメロプテラ。この場にいるボロボロの三機が共同して尚、あの存在には届かない可能性が高いとカルロスは判断した。後ろに座っているクレアから、カルロスの表情は見えない。今のカルロスの表情は恐怖で引き攣っていた。

 邪神の欠片と呼ばれていた存在の性能は不明だ。それでも推し量れる事もある。それは例えば、感じ取れる魔力の量。十四年前にアルバトロスの大半のエーテライトから魔力を吸い尽くしたそれは、総量が見えない。少なくとも新式魔導機士の中型魔導炉が生み出す魔力の十倍はあるだろう。下手をしたらそれ以上――二千倍と言う数字だったとしてもカルロス達には分からないのだ。


「だからクレアは先に避難してくれ。俺も後から追いかけるから」

「待ちなさい。カルロス」

「早く。あいつが一時的にでも止まっている今の内に――」

「聞きなさい、カス・・!」


 その呼び名に、カルロスは動きを止めて背後を振り返った。飛び込んで来たクレアの表情は、改めて言語化するまでも無く怒っていた。


「私、それを言ったら怒るって言ったわよね?」

「え……?」

「忘れちゃった? 四年前に、言ったわよ」


 その言葉で記憶が呼び起こされた。あれは地竜に挑んだ時の話だ。エフェメロプテラがまだカルロスの手製部品だけで構成されていたころ。一か八かの賭けに出る前にカルロスは降りてくれ、と言おうとしたのだ。それに対してクレアは――。


『その先を言ったら怒るわよ』


 そう言ったのだ。


「言ってたな。確かに」

「思い出してくれた?」

「だけどあの時とは相手が違い過ぎる。死ぬかもしれないじゃない。生き延びられるかもしれない、何だ」


 そう口にしてからしまったとカルロスは悔いた。そんな事を言ってクレアが素直に降りてくれるはずが無かった。案の定、彼女はここに居座る姿勢だ。


「だったら、尚の事よ――私が足手まといになっているのならそう言って。私は貴方の足を引っ張ってまで我を通したくない」


 カルロスはその言葉に大きく息を吸って、吐いた。クレアが生き延びる事を優先するのなら、彼は心を殺してでもそこで頷かないといけなかった。だが出来なかった。例え嘘でも、クレア・ウィンバーニがカルロス・アルニカの足枷になっているなど言える筈も無かった。


 大体、とカルロスは思う。全てを拾うと決めたのに真っ先に自分を捨てようとするのは駄目だろうと。やはり自分一人では直ぐにへたれてしまうのだとカルロスは理解した。


「やっぱ、クレアがいないと駄目だな。調子が出ない」

「あら、そうなの?」

「そうなんだよ」


 覚悟を決める。何としてもこの場を切り抜けて生き延びるのだ。二人で。


「改めて言う。付き合ってくれ。最後まで」

「なら私も何度だって言うわ」


 とびっきりの笑顔でクレアはカルロスに告げる。


「――はい、喜んで」


 その笑顔を見て、カルロスの中でも一つの踏ん切りがついた。


 エフェメロプテラ最後の切札を切る時が来た。ヴィラルド・ウィブルカーンがここに来てくれたのは幸いであった。

 手本・・が見れたのだから。


「クレア。今からエフェメロプテラの最後の武装を解放する」

「ええ。そんな物があるならもっと早くに使って欲しかったのだけれども」

「不完全……と言うか壊れている。形だけでもいいから直して欲しい」


 とんでもない無茶を言っているという自覚はあった。だが、カルロスの創法ではその武装には手が出せなかった。クレアの位階ならば形だけなら何とか。そんな次元の難易度だったのだ。


「分かったわ」


 そんなカルロスのオーダーにクレアは迷うことなく頷いた。カルロスが出来ると判断したのならば、後は自分次第だとクレアは疑問も全て後回しにする。彼の判断ならば、そう大きく外れる事は無いという信頼があった。

 融法でクレアと同調する。相手が融法使いならばより深く同調できるのだが、クレアに融法の才は無い。それでも彼女にカルロスの解法による解析結果。その一部程度は送り込めたはずだった。


「封印反転シールリバース!」


 カルロスが一つの機構を稼働させる。これまでカットしていた右腕への魔力供給を再開する。

 エフェメロプテラの右腕。地竜の革に包まれたそれは、実の所今まではただ付いていただけだった。魔導炉からの魔力は一切供給されない外部機関扱いだったのだ。それをどうやって動かしていたかと言えば、地竜の革自体を動かす事で外部から動かしていた。


 右腕に魔力が満ちる。と、同時に左腕への魔力供給をカット。解けた地竜の革が右腕から左腕に移る。破壊された鉤爪も保護する様に革が包み込み、右腕と同様に強固に巻かれた。


 そして、四年ぶりに外気に晒された右腕。その色は白。エフェメロプテラとは意匠も何もかもが違う形状。まるで全く違う機体の右腕を無理やり取り付けたかのようだった。一番近い物は――ヴィラルド・ウィブルカーンの腕。

 更にそこには添え木の様に一振りの長剣が鞘に収められたまま括り付けられていた。ロックが解除されて落下する長剣を、カルロスの意思で動いた右腕が掴む。


 そこで邪神の欠片がエフェメロプテラに視線を向けた。先ほどまで路傍の石を見るかのようだったものとは違い、興味と敵意が宿っている。


『 、ス、ホソタク「。ト。トカヲツク、タ、ネ。ゥ。。・、・ォ・ハ。」ヘセ、熙ヒヌッ、ニオ、ノユ、ォ、ハ、ォ、テ、ソ 』

「くそっ!」


 先ほどまで見向きもしていなかったのに、今はエフェメロプテラを狙って光の剣を振りかざす。カルロスもそれに対抗するように、鞘に納めたままの長剣を構える。人間の範疇を出ない剣術。エフェメロプテラの機体特性を生かしているとは言えない構えだが今はそれ以上を望めない。

 光の剣で襲い来る欠片の攻撃を鞘で必死に凌ぐ。


「クレア、頼む! この剣を……」


 その叫びよりも先に、クレアは修復に取り掛かっていた。そして絶望する。


(何、これ……)


 カルロスから送られて来た情報。それはカルロス自身にも理解できていない物。クレアにも何を言っているのか全く分からない魔法理論。最早異界の言語かと言いたくなるほどにそれは混沌としていた。

 ただ表層をその通りになぞるだけでも超絶的な技術を必要としていた。更にその内面を理解するなど不可能と言える。


 悔しいとクレアは思った。今まで創法に関してそんな事を思った事は無かった。こうもまで真っ向から自分の力不足を突きつけてくることは無かった。


 それでも必死にクレアは創法を紡ぐ。だが余りに時間がかかり過ぎる。


『 カヲツク、タ、ア、ヌ、マフオ、、、ハ。ト。トツミコ癸」フマハ??????ォ。ゥ。。エッ、ハサ隍ハ。」コ皃ネツミコ皃ャニアオ??????キ、ニ、、、??????ハ、ノヘュ、??????タ、マ、コ、タ、ャ 』


 イビルピースの攻撃は激しさを増す。今のペースではエフェメロプテラが撃破される方が圧倒的に早かった。

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