31 遭逢
グラン・ラジアスの大剣と、ヴィラルド・ウィブルカーンの鞘に収まったままの長剣が数度ぶつかり合った後。グランツは僅かに下がって呟いた。
「やはり、貴様ら大罪機が相手では封をしたままで御すのは難しいか」
ヴィラルド・ウィブルカーンが長剣の鞘に手を掛ける。それを見てレグルスは額に冷や汗を垂らした。神権機の武装と言えば一つしかない。神話に謳われた神剣。その刀身が姿を見せる。
「神剣抜刀」
形を持った神罰の執行権。神の名の元に断罪を下せる唯一の武装。これこそが神権機を神権機足らしめている武装。黄金色に輝く刀身から溢れ出る力は神権機の魔力を増幅して生み出された物。それが神権機の全身を覆う。神剣を抜いているか否か。それだけで神権機の戦闘力は五割も変わる。
だが、これはレグルスにとっても千載一遇のチャンスである。彼らが神剣を鞘に封じているのは伊達や酔狂では無い。そうする事で神剣自体を守っているのだ。封印自体が一つの防壁となっている。
そして神剣は邪神の封印の鍵でもあった。皮肉にも邪神を滅ぼす事が目的のレグルスにとってはその封印自体が邪神を守っているのだ。排除する為には神剣を破壊して封印を解かないといけない。
常が集団行動を取り厄介な神権機が単独でいる。それは好機でもあった。
「貴様に恨みは無いが……ここで討たせてもらうぞ神剣使い」
「抜かせ、大罪。お前がここで死ね」
オルクスがアルバトロスの大罪機を放置していたのは自分たちに牙を剥かなかったからだ。逆を言えば噛み付いてきたのならば容赦はしない。
神剣を構えたヴィラルド・ウィブルカーンと、大剣を大罪法(グラニティ)開放状態へと変化させたグラン・ラジアスが睨み合う。その均衡を崩したのは――エフェメロプテラの水撃。鉤爪は失われたが、骨格にその根幹を持つこの魔法は問題なく扱うことが出来た。狙いはヴィラルド・ウィブルカーン。
神剣の一振りで水撃は跡形も無く消え去った。それを見てレグルスが楽しげな声でカルロスに話しかける。
「ほう、漸く余に下る気になったか?」
「それに対する回答は決まったぞ。『有り得ない。来世で出直して来い』」
「手厳しいな。余の目的はクレア・ウィンバーニから聞いたのか?」
「聞いた。聞いた上でその答えだ」
完全な拒絶にレグルスは苦い笑みを浮かべる。
「振られてしまったな」
初手から間違えていたと言われてしまえばその通りだとしか言いようがない。その局面局面で最適だと信じた行動を取ってきたが、それが裏目に出たというのは一度や二度ではない。
「まあ何時もの事か」
そう割り切ってレグルスは思考を次に進める。一度や二度の失敗で……否、どれだけ失敗を重ねようと先には進んでいる。どれだけ困難な道程であろうと決して止まる事無く進み続ける。そうすればいつか必ず理想は叶う。夢を現実の物と出来る。そう信じているからレグルスは止まらない。
反省もする。後悔もする。だが止まらない。神殺しと言う正気を疑う理想の為に邁進し続ける。
「罪人同士で仲間割れか? 構わんぞ。どんな結論であろうと、諸共切り伏せるだけだからな」
「あれよりかはまだ俺がその気になれば対話が可能そうだから選んだだけだ」
「なるほどな」
殺すと明言している相手よりは、下れと言っている相手の方が生き延びられる可能性は高い。その相手と言うのが怨敵であるのは業腹だが、致し方ない。ここで意地を張って命を落とす愚を犯す事は出来なかった。当初はレグルスを囮に逃げるつもりだったが、神権機はその僅かな動きにも反応して牽制してきた。そうなると手を貸すしかない。
そして何より、カルロスの見立てではレグルスの方が不利だった。と言うよりも――。
(何だ、あの剣。俺が見ても全く分からない。まるで――)
ヴィラルド・ウィブルカーンが引き抜いた神剣が圧倒的過ぎるのだ。神権機本体だけで大罪機と互角だというのに、そこにプラスアルファが加わってしまっては勝ち目は薄い。そんなのがあと八機も存在するというのが信じがたい話だ。
「アンタがやられたら次は俺だからな。アンタとアイツが相打ちになる程度に援護してやる」
「はっ! ありがたくて涙が出そうだな!」
とは言え、カルロスに有効な支援手段がある訳ではない。精々が水撃で牽制する程度の事しか出来ない。鉤爪は修復させているが、遅々として進んでいない。現状のエフェメロプテラの攻撃が左腕に集約されていた以上、大幅な戦力低下は避けられなかった。
「ねえ……カルロス。今のエフェメロプテラって左腕以外に武装は無いの……?」
「ほとんどないな」
「バランスが悪すぎるんじゃないかしら。それって」
クレアからの冷たい声にカルロスは視線を逸らす。今はその設計理由について説明している暇は無かった。
ヴィラルド・ウィブルカーンとグラン・ラジアスが再度剣戟を交わす。その度に、カルロスは地下から響いてくる鼓動が強くなるのを感じていた。
地下――神の欠片と呼ばれていた存在。それと呼応しているのは間違いないだろう。だが――今戦っている二人はそれに気付いていないのだろうか。両機が剣をぶつけ合うたび、共鳴する様に鼓動が強くなっていく。その相関関係に。
「おい、待て。気付いていないのか、お前ら!」
「カルロス?」
その叫びに動きを止めようともしない事とクレアの反応からそれに気付いているのはカルロスだけである事が明らかとなった。だが何故カルロスだけに感じられるのか。そしてこの鼓動が早まる事にどんな意味があるのか。それが分からない。
「地下からの反応が強くなっているんだぞ!」
「何!?」
「馬鹿な!」
カルロスの叫びは遅かった。地下から溢れ出る膨大な魔力が帝城の中庭を突き破って天への昇って行ったのだ。
「この気配……まさか本当に奴が!?」
「十四年間、碌な反応を示さなかった奴がなぜ今になって!」
それぞれの反応を示して、地下から現れた存在に警戒心をあらわにする。
それは魔導機士の様に見えた。厳密に言えば違うのかもしれない。形状としてはそれが近いという話だ。
まるで貼り付けの様に、手足と胸部に突き刺さったままの刀剣の数々。それが一本ずつ引き抜かれていく。重々しい音を立てながらそれらが地面に落下した。
そして、背中から魔力を放出しながらそれは空を浮いた。ガル・エレヴィオンの様な強引な飛翔では無く完全な浮遊。それだけでその存在が人側では無くその外側の存在であることが分かる。
神の欠片。そう呼ばれていた存在。それを始めて目の当たりにしたカルロスは、エフェメロプテラの右腕が疼くのを感じた。
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