30 彼らの流儀

 ヴィンラードを一蹴したグランツは悠々と歩を進める。ヤンの駆るベイル・アウターもそれを阻止しようとしたが、彼までもが戦線から抜け――更に敗れたとなればアルバトロス軍の士気は最底辺にまで落ち込む。そうなった時に、この魔獣の群れに対処できるかと言う確証が無かった。

 歯が砕けるほどに噛み締めながらヤンはグランツが帝城へと向かうのを見送る羽目になった。

 

 そしてそれはケビン達も同様だ。カルロスの味方でないことは確実。ならば足止めを、と言いたいところだったが間違いなく相手にならない。ヴィンラードの様に僅かでも時間が稼げれば上出来だ。実際には無力化されるのに数秒程度だろう。

 エフェメロプテラ本体ならばまだ目はあるかもしれないとケビン達は判断したのだ。この場を魔獣と共に支え、他の機体が帝城へと向かわないようにすることが精いっぱいだった。

 

 そして。時はカルロスとレグルスの二人に追いつく。

 

「……なるほど。余りに薄くて気付かなかったがこの気配……大罪機か。それに地下にある物。とんでもない物を隠していたな。レグルス・アルバトロス」

「神剣使い。まさか貴様がここで現れるとはな」

「神剣使いだって……?」


 倒れ伏すエフェメロプテラを一瞥してグランツはレグルスに詰問する。レグルスにとっても、グランツが単独でこの場に現れるのは予想外だった。可能性の一つとしても検討はしていなかったのだ。

 カルロスもその名には心当たりがあった。オルクス神権国唯一の実働部隊。神剣使い。神から与えられた権利の守護者。そこに龍皇イングヴァルドから聞いた情報とガル・エレヴィオンから得た情報を合わせればそこにいる機体の正体も自ずと分かる。

 

「神権機……!」


 これが何も知らなかった学生の頃ならば無邪気にはしゃいでいられたのだろう。だが明確な敵意を向けられているとなればそんな余裕は無い。

 

「まあついでだ。ここで破壊させてもらおうか」


 そんな軽い言葉と同時。気が付けばエフェメロプテラの眼前にヴィラルド・ウィブルカーンが迫っていた。

 何故か鞘に収まったままの長剣をエフェメロプテラ目掛けて振り下ろそうとする。不味い、とカルロスは焦る。避けられない。エフェメロプテラは先ほどの大罪法(グラニティ)を受けた損傷でまともに動けない。しばらく時間をかければ創法で最低限の機能を取り戻す事は出来ただろうが、その時間が圧倒的に足りていなかった。

 

 やられる。そう思ったカルロスを救ったのは彼にとっては意外な相手。

 

「……何のつもりだ。レグルス・アルバトロス」

「いやいや。それはこちらのセリフだ神剣使い。人の庭で好き勝手出来るとは思わない事だ」


 ヴィラルド・ウィブルカーンの剣を止めていたのはグラン・ラジアスの大剣だった。エフェメロプテラを背にしてレグルスは言葉を紡ぐ。

 

「この機体は余が頂く予定だ。後からしゃしゃり出て来てというのは道理が通るまい」

「大罪に侵された物が道理を説くか。未覚醒だから放置していたが……地下のこれを考えるとどうやらそうも行かない様だな」


 しばし機体越しに両者は睨み合う。沈黙は一瞬。次の瞬間にはけたたましい程の剣戟の音を共に両機が戦闘を開始した。

 

 完全にカルロスは置いてけぼりにされた状態だ。だが好機でもある。今の内に損傷個所を直せるだけ直す。空になったエーテライトもジャイアントカメレオンのリビングデッドから回収し、補給を行う。運が良かった。神権機の乱入が無ければそんな事も行えずにカルロスはレグルスに捕縛されていたかもしれない。

 

 だからと言って、神権機の主が救い手という訳ではない。間違いなく敵意を向けられていた。グラン・ラジアスが割って入らなければ撃破されていただろう。

 皮肉なことに、先ほどまで命を奪うつもりで戦っていた相手がカルロスの命を守っている。屈辱的な話だった。

 

 ここで神権機に加担してレグルスを討っても、逆にレグルスを援護して神権機を討っても、実の所違いが無い。その後残った方と戦う事になるのだ。はっきり言えば絶望的な状況だ。そのどちらを選んでも破局に一直線だった。

 

「大体地下って何のことだ……」


 確かにカルロスも地下にある何かを感じている。だがそれがここまで目の色を変える程の物なのか。そう思ったカルロスに答えたのはずっと息を止める様にしていたクレアだった。

 

「ここの地下にある物。私は見たわ」

「何があるんだ?」


 クレアが知っている事を意外に思いながらカルロスはそう尋ねる。返ってきた答えはカルロスの予想もしていなかった答えだった。

 

「神の欠片ってあいつはそう言ってた」

「神……? それって神権を与えたっていう……」


 この大陸に生きる物ならば誰もが知っている創世神話の一つだ。はっきり言って真に受けている物はほとんどいない。オルクス神権国はそれを教義としているが全体からすれば少数派だ。箔を付けるために言い出したのだろうという認識だった。


「私もそれだと思った。ここにいるのはその対になっている邪神の断片だって」

「邪神……」


 その言葉を、クレアの口からこの場で聞くとは思っていなかった。だが、繋がっているとカルロスは思った。何れ人を滅ぼすと言われた大罪機。その本質に近づいている気がする。

 

「……クレア。他に知っている事を教えてくれないか。邪神って何なんだ?」

「それは私も知らない。向こうも知らないって言ってた……本当かどうかは分からないけど」

「だな。俺達には真偽を確かめる方法が無い」

「アイツは言ったわ。邪神が人の争いを煽っているって。だから滅ぼして人の世界を取り戻すって。それに手を貸せって」


 人ならざる存在を排除した世界を作り上げる。なるほど確かにそれは無二の大罪であろうとカルロスは妙に納得してしまった。何より神殺しなどと言う遠大な目的。実在するかもわからない物を目標としているのは無謀だと言いたくなる。

 そしてやはりまた納得が来た。やはり、あの男は遠い理想の為に生きている。それが良い事か悪い事かはさておいて。


「クレアは、それを聞いてどう思ったんだ」

「……正直、それを聞いた時に迷った」


 だろうな、とカルロスは思う。世界の為だと言われたら、私情を呑み込んで大義の為に動かなくてはいけないと思ってしまう。今でこそ自由にしているが、元々クレアもカルロスも何れ守るべき領地を抱える筈だった身だ。領民を守る為ならば私情を殺して行動する必要に迫られる日が来たかもしれない。そんな考えが身に染み付いているのだ。その範囲が領地から世界に広がったからと言って無関係と言い切る事は出来なかった。

 

「カルロスが一緒だったらやっても良いとさえ思ったわ」


 でも、とクレアは言葉を続けた。

 

「でもまずはその真偽を確かめなくちゃ。人に言われた事を鵜呑みにしているだけじゃ新しい事なんて何も出来ないでしょう?」

「確かに」


 クレアらしい言葉にカルロスは喉の奥で笑う。誰かの出した結論に唯々諾々と従うのは自分たちの流儀では無い。一瞬でもそうしてしまおうと思ったのはやはり、自覚は無くとも心が弱っていたのだろう。何故ならば今、レグルスに従おうなんて気は微塵も無いのだから。


「それにエフェメロプテラ、大罪機になっちゃったんでしょ?」

「まあ、そうだな」


 レグルスに言わせれば不完全という事らしいがそれでも大罪機は大罪機だ。首肯するとクレアは芯のある声で言った。

 

「だったら調べないと。大罪機って何なのか。戻す方法はあるのか。大罪機になった事でカルロスに与えた影響とか色々」

「確かに調べないといけないけど……それがやりたい事?」

「そうよ。だってそれ調べておかないとカルロスがどうなるか不安で落ち着いていられないわ」


 その言葉は遠まわしではあるが、クレアがカルロスと行動を共にするという物だった。今カルロスが一番聞きたかった答えを聞けて安堵の息を吐く。

 

「どこを探せばいいとか全然見当もつかないけど……まずは」

「ええ。まずはこんなところさっさとおさらばしましょう」


 窮地は変わらない。それでもカルロスにはこの状況がつい先ほどまで感じていたような絶望的な物には感じられなくなっていた。

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