23 模倣

 エフェメロプテラには空中で機体を制御する方法が一つしかない。その唯一であるワイヤーテイルを重機動魔導城塞(ギガンテスフォートレス)に捕まれている以上、無防備も同然だった。

 

「まず……」


 思わずカルロスの口から言葉が漏れる。急激な加速度が全身に重く圧し掛かり、指先を動かすのにも一苦労だ。だがそれ以上に窮地なのは、重機動魔導城塞の城壁の様な装甲にスリットが生じ、そこから筒状の何かが顔を出した事だ。その全てがエフェメロプテラの方を向いている。友好的な物では無いだろうという事は容易に想像が付く。

 

 瞬時に高まる魔力の気配。収束してくる殺意は真っ直ぐに宙に有るエフェメロプテラを狙っている。ここまでくれば間違いが無い。攻撃である。

 

 カルロスはエフェメロプテラに絶対魔法障壁を展開させる。何が来るかは分からないが、これで防げることを祈るしかない。

 法撃の瞬間を待ち構えていたカルロスは、しかし背後からの閃光にそのタイミングを逸らされた。重機動魔導城塞が眩しそうに身動ぎしたのが分かる。

 

 即座に決断。握られたままのワイヤーテイルを破棄する。水撃で自らワイヤーを断ったカルロスは、宙で一回転して足から地面に着地する。

 

 今の閃光は何だったのだろうかと思う。だがそのお蔭で助かったのも事実。誰かも分からぬ相手に感謝を捧げてカルロスは再度重機動魔導城塞に向き直る。中途で途切れたとはいえ、まだワイヤー長には余裕がある。先端のアンカーは予備がある。創法で接合すればほぼ元通りだ。

 

 再度の挑戦。重機動魔導城塞の可動範囲は見切っている。背後からワイヤーと跳躍を駆使して登頂していく。そして、先ほど捕えられた箇所。首筋を狙う時、やはり重機動魔導城塞は腕でワイヤーを掴もうとして来る。


「間抜けが!」


 同じ事を二度も繰り返すかとカルロスは相手の無様を笑う。次に放たれたワイヤーは、相手の右手首に突き刺さる。狙いは首では無く、相手が防ぐために差し出してきた腕。

 

 そしてエフェメロプテラは重機動魔導城塞の腕の上に立つ。土で作った即席の爪を足にも生やして。左腕の鉤爪とワイヤーテイルを駆使してエフェメロプテラは腕の上を一気に駆け上がる。重機動魔導城塞は左腕で自身を這い回るエフェメロプテラを捉えようと伸ばす――が遅かった。次の行動を最初から決めていたカルロスと、不意を突かれた相手の操縦者との初動の差。

 

 あっという間に肩まで駆け上がったカルロスは、エフェメロプテラを飛びあがらせる。狙うは、相手の頭部。解法を飛ばして解析。構造的に最も脆く、そして不可欠な器官――相手の眼を潰す。

 

「そこだ!」


 初撃は右腕。地竜の革を纏った一塊と化した腕が相手の装甲を叩く。カルロスが城壁と見間違えたように、重機動魔導城塞の装甲は分厚い石造りだ。こんな巨大な物を一からアルバトロスが作ったとは思えないので、きっとこれも古代魔法文明の遺産なのだろう。そんな物を壊す事に微かな罪悪感を覚える。

 

 地竜の特性は言うまでも無く、土の操作だ。そしてそれは岩と言う物体も含まれる。重機動魔導城塞の頭部装甲が弾けた。石が飛び散り、砂となる。そうして内部器官が露出した。内部さえも頑強な鉄の装甲に守られている。巨大さに応じた呆れたタフネスさ。

 ただの水撃では抜けないかもしれないと判断したカルロスは右腕を左腕に添える。圧縮されていく水に、周囲の砕けた石の欠片が入り混じっていく。水の中に不純物を混ぜる事で貫通力を高める。エフェメロプテラが単独で出せる最大火力だ。その一撃は狙い違わず相手の眼を射抜いた。

 

「よしっ!」


 これで相手の視界は大幅に制限されたはずである。挙げた戦果に快哉を叫ぶ――が、そこでカルロスは異常に気付いた。

 

「何だ……?」


 エフェメロプテラが落下しない。肩から飛び降りた姿勢のまま、重機動魔導城塞からは離れているが、地面との距離は変わっていない。そして、カルロスはそれを見る。

 

 重機動魔導城塞がゆっくりと動く。両掌それぞれと、胸部から圧倒的な程の魔力を撒き散らしながら。カルロスは恐ろしい事に気付いてしまった。その三か所からの魔力。その一つ一つが対龍魔法(ドラグニティ)。

 

 そこでカルロスは己の当初の見立てが間違っていた事に気付く。魔導炉が二十機分必要だと試算した。それはあくまで量産可能な中型魔導炉による計算だ。

 だが、アルバトロスの場合もう一つ別の要素を考慮する必要がある。エルヴァートと言う古式に匹敵する魔導機士。対魔導機士戦闘において、古式魔導機士は必須ではないのだ。ならばその古式魔導機士をどうするか。新たに得た新式の技術で強化を施すのとは別の道。その答えの一つがここにある。

 魔導炉を含むコアユニットの再利用。魔導機士数機分に匹敵する様な巨大兵器の運用。

 

 恐らくは史上初であろう、対龍魔法(ドラグニティ)による合体魔法。合体魔法は生身の人間が使ってもその威力を大幅に引き上げた。ならばそれが対龍魔法による物ならばその効果は如何程か。

 

 そして今、エフェメロプテラは宙に有って動けない。この現象も相手の手による物だというのは明白だ。拘束系の対龍魔法。空を飛ぶ覇者を落とすにはそんな絡め手も必要だったのか。しかし今カルロスにとっては窮地を作り出す厄介物でしかない。

 

 この状況に持ち込まれて、カルロスに出来る事は一つしかない。残りのエーテライト残量を考えると、即座の補給が必要になる。補給役の魔獣を呼び寄せた。

 

 重機動魔導城塞の両掌が打ち合わされる。一つに合わせられた魔力は相乗効果で更に高まった。そして再び離された両手の間には、濃縮された魔力の塊。球状のそれに亀裂が走ったかと思うと迸ったのは、二種の魔力――炎と氷が絡み合った魔法だ。


 エフェメロプテラが持つ最大の異法則。その顕現をカルロスは決断した。間違いなく危険な物だという確信がある。それでも今のカルロスには頼るしかない。

 

 左腕の鉤爪が姿を変える。今度はエフェメロプテラを覆い隠す程の巨大な盾へと変貌した。滑らかな、まるで鏡面の様な表面。そこに重機動魔導城塞の対龍魔法が突き刺さった。踏ん張ることも出来ず、エフェメロプテラが後ろへと押されていく。幸運な事に、背後には帝城の尖塔があった。そこに足を着けて漸くエフェメロプテラは安定を取り戻す。

 

 予想に反しない驚異的な魔力量だった。だがその原理はシンプルだ。対龍魔法二つを混ぜ合わせただけのそれは構造を理解するのは容易い。それでも二つ分の為、前回の倍の時間をかけて、解析は完了した。

 

 さあ、恐れ戦けとカルロスは思う。何故こんな力を得られたか、それはカルロス自身にも分からない。だが、その力が模倣する物と言うのには間違いなく自分の中にある思いが原因だと確信していた。

 

 あらゆる技術は模倣から始まる。一人で全てを作り上げる天才でない限り、自分よりも前の誰かが作った物をまずは真似て、そこから自分の色を加えていくのだ。そんな理念もあった。

 だがそれ以上にカルロスが考えていたのはもっと単純な事だ。

 

 自分の受けた仕打ちを相手に返してやりたい。いや、むしろ更に酷い事をしてやりたい。そんな事を全く思わなかったと言えば嘘になる。

 

 そんな己の醜い復讐心が形となったのだと彼は思っていた。だからこそ。相手の魔法をアレンジして返すのではなく、そのまま自分の力を上乗せして返すという物になったのだと。

 

 そんな己の内面を映し出したかのような魔法。その銘を叫ぶ。

 

「大罪法(グラニティ)……『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』!」

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