34 天を翔ける者

 ガル・エレヴィオンが空を駆ける。

 鳥の様に自在に飛べるわけではない。乱暴に言ってしまえば、常時爆風で吹っ飛ばされている様な物だ。制御も難しく、機体への負担も大きい。それでも圧倒的な高度優勢を取る事の出来る能力だ。

 

 定石の使い方としてはそこから火炎槍で地上を攻撃する。魔力の消費は絶大だが、一方的な攻撃が可能な組み合わせだ。王都防衛に使わなかったのは相性の悪い相手が居たからに過ぎない。

 エフェメロプテラの絶対魔法障壁で火炎槍は無力化できる。だが魔導機士を空に投射するだけの速度は、そのまま一つの武器となる。超高速での突撃。シンプルだが防ぎようの無い一撃だ。真っ直ぐ進むのに細かな制御は要らない。

 

「ぐっ!」


 間一髪で回避に成功したカルロスは、至近を通過した際に生じた衝撃波だけで呻く。まともに喰らったら間違いなく機体の四肢のどれかは持っていかれる。胴に受ければバラバラに砕けるだろう。無論、全て無防備にと言う但し書きが付くが。

 

 再度の突撃。機体を僅かに左に動かす。イーサはその僅かな動きに追従してガル・エレヴィオンの軌道を変える。舌打ちしながらカルロスは飛び込むようにして回避する。後出しで動きながら追いつくなどと言うのは反則と叫びたくなる話だった。

 無論、カルロスが思っている以上にイーサも余裕がある訳ではない。だがカルロスは相手を過小評価はしない。過大評価する位で丁度いいとさえ思っている。

 

 再度の左側への回避。だが今度は動き出しに合わせて偽装用の迷彩を起動する。一瞬だけ機体が背景色と同化した。風景が歪んだまま機体の形に沿って左へ動く。

 そこに吶喊していくガル・エレヴィオンの槍はしかし空を切った。代わりに機体を衝撃が襲う。見ればエーテライトアイを潰されて死角になっている右目側に回り込まれていた。一体何故、とイーサは困惑する。

 

「何!?」

 

 簡単な詐術である。ジャイアントカメレオンと、エフェメロプテラの装甲で使用している迷彩能力は、動くと色彩の変化が間に合わずに一瞬遅れて色彩が変わる。そのタイミングで動きを逆方向に切り替えると、一見そのまま進んでいる様に見せかけてその実反対方向に進んでいる……と言った事になる。

 無論それも一瞬。だが高速戦闘をしているイーサにとってその一瞬で全てを判断しないといけない。その判断時間の少なさを逆手に取った戦法だが、そう何度も通じる物では無い。

 

 そして折角のチャンスを生かしきれなかった。ガル・エレヴィオンへ回避と同時に攻撃を仕掛けたがその時点で既にガル・エレヴィオンは過ぎ去りかけていた。離れていく背への攻撃では有効打とは言えない。相対速度の問題だ。

 

 エフェメロプテラのもう一つの弱点。それは攻撃力不足だ。特に古式と比較すると顕著になる。機法として顕現した絶対魔法障壁は攻撃に向いた物では無い。搭載されている武装はどれも新式でも動かせる物だ。今のガル・エレヴィオンには攻撃を当てる事も至難。数を当てないと落とせないとなると、その前にエフェメロプテラの限界が来る。

 

 『分解』の魔法は使えない。今のカルロスには、エフェメロプテラには使う事が出来ない。それは単純なリソースの問題。エフェメロプテラと言う機体を維持する為に、そしてその他にも常時使用している魔法へカルロスは全神経を傾けている。そこに『分解』と言う大規模な魔法を行使することはカルロスの限界を超えていた。

 

 そんな中カルロスが選んだ選択肢は――逃走。少しでも見通しの悪い場所へ。付近に存在する小規模な林へと機体を寄せる。木々を盾にする算段だった。

 

「そんな物で、止められると思うな!」


 だがそんなカルロスの考えを一蹴するかのように。木々を薙ぎ倒しながらガル・エレヴィオンが迫る。何の妨害も無い様に真っ直ぐに突き進んでくる機体を見て、カルロスはほくそ笑む。

 

「止めるつもりなんてないさ!」


 例え無いが如き妨害だったとしても、完全な零ではない。僅かだが速度は鈍るし、砕いた木々の破片が視界を遮る。それが隻眼ならば尚の事。生き残った木にワイヤーテイルを打ち込む。そして跳躍巻き上げ。視界が制限されていたイーサは気付かない。

 

「っ!? どこに!」


 ただ無言で、カルロスはワイヤーテイルをガル・エレヴィオンに射出する。死角からの一撃は、イーサに回避すら許さない。

 自由に空を駆けていたガル・エレヴィオンに手綱が取り付けられる。

 

「捕まえたぞ!」

「小癪な!」


 ガル・エレヴィオンの背中から吹き上がる火柱が勢いを増す。エフェメロプテラの足が地面に溝を刻む。驚くべきことに。魔導機士二機分の重量をガル・エレヴィオンは持ち上げようとしていた。

 

 エフェメロプテラごと空を飛ばれては、カルロスに勝ち目はない。力比べはしかし、ワイヤーの破断と言う形で決着する。勢いを増したガル・エレヴィオンが空高く上る。

 

 ここまでがカルロスの想定通り。別にあの一撃で地面に落とせるとは思っていなかった。重要なのは、ガル・エレヴィオンが、イーサがワイヤーを引き千切る為に更に魔力を消費したという事。

 元々エフェメロプテラの燃費は悪い。持久戦を挑まれたら勝ち目はない。補給するタイミングがあるとは思えなかった。だからこそカルロスは魔力を消費して欲しかったのだ。

 

 これで、限界時間はほぼ互角となった。互いに残る手はそう多くは無い。

 決断した。エフェメロプテラが魔導炉を全力運転させる。残ったエーテライトを瞬時に魔力に変換する。瞬間的に更に高まる魔力の圧は、ガル・エレヴィオンの側でも感じ取れたはずだ。それだけの魔力。使う魔法は限られる。

 

「対龍魔法(ドラグニティ)か……!」


 エフェメロプテラが左腕を掲げた。鉤爪が魔力に反応して形を変えていく。それに合わせるように眼前には幾本もの巨大な土の杭が形成されていく。土を圧し固めて生み出されたそれらは真っ直ぐに、ガル・エレヴィオンを捉えていた。広範囲に拡散されたら爆翼陣の加速でも逃げ切れないかもしれない。そして魔力量を考えればその一発でも命中すれば打ち落とすには十分だろうという確信。


「『|土の槍密集体型(アースランサーファランクス)』……」

 

 カルロスの魔法名が聞こえる。

 回避するか。それとも、対抗して対龍魔法(ドラグニティ)で打ち合うか。セオリー通りならば、回避だ。だが僅かに生まれた避けきれないかもしれないという疑心がその選択肢をイーサに選ばせない。何より、義弟相手に逃げるような真似はしたくなかった。

 

 『|滅龍の炎獄(インフェルノ)』は強力だが、消費も大きい。何よりもあれは魔導機士一機に撃つのには完全な過剰殺戮だ。

 ならば、とイーサも決断する。ガル・エレヴィオンが空高く飛ぶ。更なる高みへ。掲げた長槍が形を変える。まるで機体を包み込むかのように穂先が広がっていく。

 

 対軍勢用の『|滅龍の炎獄(インフェルノ)』に対して、対個の対龍魔法(ドラグニティ)。むしろその特性を考えるとこちらの方が本来の姿と言える。

 ガル・エレヴィオンの両翼が最大の輝きを見せる。高所からの落下による位置エネルギー。自身の最大加速による運動エネルギー。爆翼陣の持ち主だけに許された星さえも味方にした極限の一撃。

 

「『天翔流星(ハイぺリオン・シューティングスター)』!」


 流星が落ちた。音を遥かに置き去りにする速度は人間に宙に浮く感覚さえ覚えさせる。今のイーサはそれを楽しむ余裕も無く、ただ狙いを定める。この速度。直撃したら魔導機士など跡形も残らない。カルロスを殺すつもりの無いイーサは、エフェメロプテラの至近を通過するルートを選んでいた。その衝撃波だけでも機体を破壊するには十分だ。

 

 土の杭が発射される。その全ては包み込むように変形した長槍に弾かれる。全く足止めにもなっていない事に気付き、イーサは訝しむ。

 

(おかしい。仮にも対龍魔法(ドラグニティ)を受けてこの程度なはずがない)


 高速の中でイーサは思考する。そして気付く。ガル・エレヴィオンの視界。映し出されていた外の光景。それがずらされていた事に。エフェメロプテラによって生み出されていた虚像――水によって生み出された鏡面に投影された物――が煙の様に消え、背景と同化していた本体が姿を現す。ガル・エレヴィオンの目的地はエフェメロプテラの至近ではない。真正面だ。

 

 そして、対龍魔法(ドラグニティ)の無駄打ちで霧散したはずのエフェメロプテラの魔力。それが一切損なわれずに残っている事。

 

 そう、あの土の杭は見た目だけのダミー。エフェメロプテラはまだ、対龍魔法(ドラグニティ)を撃てるほどの魔力を温存していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る