29 紅の鷹団との戦い

 『|土の槍(アースランス)』がエフェメロプテラの装甲表面で消えていく。

 

 魔法に長けた物が見ればそれが着弾した魔法を一分の隙すら無く完璧に|打ち消(レジスト)したのが分かるだろう。

 解析を瞬時に行い、魔法を職人技の様に解体する。

 

 カルロスが絶対魔法障壁と名付けたこの魔法こそが、エフェメロプテラの機法。

 ただ一つの魔法を除いてあらゆる魔法を無力化する魔法殺しの魔法だ。

 

 エフェメロプテラ自体の格闘性能は高い。更に言うのならば複数の遠距離攻撃の手段を持っている。遠近どちらにも対応できる万能機。

 そしてアイゼントルーパーの遠距離攻撃はエフェメロプテラの機法の前に封殺された。アイゼントルーパーを上回る運動性と近接能力を持つエフェメロプテラの独壇場と成りえる状況だ。

 

 だが忘れてはいけない。この戦場にはまだもう一種、別の機体が存在する。

 

 視界の隅から飛来するワイヤーアームに気付いたカルロスはエフェメロプテラの左腕で叩き落す。そのまま鉤爪で破壊しようとしたが、良いタイミングで飛び込んで来たアイゼントルーパーに邪魔される。

 

 新たに参戦した三機に、カルロスは見覚えがあった。忘れるはずがない。どれも手ずから整備した機体たちだ。

 

「……来たか」


 その言葉は一体どんな思いが込められていたのか。カルロス自身にも定かではない。ただ、確実なのは待ち望んでいた瞬間で無いという事だけ。叶うならばこのまま会わずに済ませたかった。

 だがこうして目の前に立ったのならば容赦はしない。決意を新たにする。

 

 紅の鷹団。僅か数刻前までカルロスが在籍していた仮初のホーム。共に同じ釜の飯を食った仲の団員が、カルロスへと敵意を向けている。

 

 三機の連携は流石だった。魔導機士の操縦では正規兵に一日の長があるが、実戦経験と言う面では紅の鷹団に軍配が上がる。鉄の巨人団の様に力任せではない。力で劣っても負けない。そう言う戦い方だ。

 

 この中で面倒なのはクレイフィッシュだ。エフェメロプテラの絶対魔法障壁でも防げないワイヤーアーム。ログニスの魔導機士を参考にして類似の武装が作られる前に先行して作り、自分自身でデータを取ったり、演習を行ったりしてその特異な動きに慣れた。

 

 その有用性を認めて今のエフェメロプテラにもワイヤーテイルとして実装されている。有線である為魔法と違って少ない魔力で自由に動かせるというのがカルロスにも気に入った。対多数との戦闘が前提であるエフェメロプテラにとって長持ちする遠隔武装と言うのは求めている物だ。

 その人型から離れたことによる操縦系への影響はこの際無視する。機体と完全に同調したカルロスだから何とか動かせているが、融法の才が無い人間では人間には無い機関を動かすのは不可能だろう。

 

 大型故に動きは鈍いが、挟力のあるワイヤーアーム。一度掴まれれば振り解くのは些か面倒だ。面倒なだけであり、難しくは無いのだが。

 

 敵の数が増えてくる。遠距離攻撃が無意味と悟ったアイゼントルーパーが前に出始めた。鉄の巨人団の残り二機は迂回して大破したリーダーを救出に向かうらしい。

 残りは帝国軍十九機に紅の鷹団三機。

 

 その内の一機の頭部をワイヤーテイルで潰す。視界が奪われ動きが止まった隙を突いてもう一本のワイヤーテイルが背部に回り込み、操縦席の装甲を剥ぎ取った。露出した搭乗者を頭部を飛ばしたワイヤーテイルがそのまま摘む。

 

 赤い花が咲いたと思った瞬間にはワイヤーテイル二本が操縦者を排除した機体を持ち上げて接近する別の機体へと投げ込む。ワイヤーを戻しながら跳躍。鋭く狭い弧を描いた脚部がもう一機の頭部を吹き飛ばす。そのまま背後に着地して、転がる様に前に飛び込む。先ほどまでエフェメロプテラの頭部があった箇所を槍の穂先が通り過ぎていく。

 

 土に塗れながら――その土が機体の表面を覆っていく。地竜と同じ魔法。地竜の革を纏ったエフェメロプテラは今、地竜が扱っていた魔法も使える。装甲の上に土壁を追加して、上から振り下ろされる斬撃を防ぐ。たったの一発で土の鎧は役目を果たして砕け散ったが、地面に伏せている一瞬と言う無防備な瞬間を埋める役には立った。

 

 エフェメロプテラは止まらない。一瞬でも静止したらその瞬間に集中的に叩かれる。姿勢を低くしながら駆ける。

 

 正面敵影。紅の鷹が肩にマーキングされたアイゼントルーパー。左腕に魔力を流し込む。黄金の鉤爪が鋭く長く伸びる。横薙ぎに振り払うそれを手にした盾で防がれる。その盾の上から右腕を叩き込んだ。砂塵を纏った一撃。盾を叩き割り、勢いのまま左腕を貫くかと思われた攻撃を団員は怯むことなく『|土の槍(アースランス)』で相殺する。

 その技巧にカルロスは心の中で賞賛を送る。盾が壊される前に撃ったのでは意味が無い。壊されてからでは撃つ前に腕が砕かれる。まさにその一刹那を見切ったのだ。

 

 そして攻撃を相殺された衝撃で一瞬動きが止まった。そこで動きを止めると信じていたのか。読み切っていたのか。クレイフィッシュのワイヤーアームがエフェメロプテラを遂に捉えた。

 一度捉えれば二度目も容易い。動きが鈍ったエフェメロプテラにもう一基のワイヤーアームが喰らい付く。両腕のワイヤーのテンションを調整しながらエフェメロプテラの動きを封じようとして来る。

 

「この動き……イラかな」


 カルロスの様に空中軌道が出来た訳では無かったが、ワイヤーアームと言う特殊な武装への理解は一番早かった。カルロスの動きに追随してワイヤーを巧みに操る技能はまるで暴れ馬の手綱を握るかのようだ。

 ワイヤーテイルを伸ばすが、中途で抑え込まれた。機体で抱える様にして一本を一機で。切断しないというのが嫌らしい。切断してくれれば先端の鋏は諦めるが、残りのワイヤー部分だけでも様々な嫌がらせに使えるのだが、こう抱え込まれてはどうしようもない。

 ワイヤーテイル一本で魔導機士一機を持ち上げるほどの出力は確保できないのだ。二本必要だった。

 

 身動きを封じたと見たのか。無力化される魔法では無く剣と槍を携えてアイゼントルーパーが止めを刺そうと近寄ってくる。一気に来ないのはこれまでに散々かき回された記憶が新しすぎるからか。

 惜しい事だった。一気呵成にかかればもしかしたらチャンスがあったかもしれない。だがここで慎重になってしまったが故にカルロスの次の行動が間に合う。

 

 エフェメロプテラの左腕が飛んだ。鋭いままの鉤爪を携えて、その尾にはやはりワイヤーを伸ばしながら。

 クレイフィッシュでその利点を見出したワイヤーアーム。カルロスが自機にその技術を反映させない訳がない。幸いと言うべきか。材料は既にミズハの森で腕ごと奪ってあった。

 

 クレイフィッシュのワイヤーアームとの違いは、拘束用では無く完全な攻撃用と言う事だ。安全だと誤認し、中途半端に近寄っていたアイゼントルーパーの脇腹を抉り取っていく。

 反応の良い機体は腹部の駆動系を損傷しただけで済んだが、遅れた機体は魔導炉を、運が悪い機体は操縦席を削り取られた。

 

 どちらであっても魔導機士には欠かせない重要機関。それを失っては魔導機士は動くことが出来なかった。

 

 近寄る脅威を排除した後、クレイフィッシュのワイヤーアームのワイヤーを断ち切ろうかと腕を伸ばしたが、それよりも先に相手から離してワイヤーを戻していた。素早い状況判断だ。

 

 今の一瞬の攻防の結果、カルロスはアイゼントルーパーを四機撃墜した。残り十五機と三機。

 

 ――だが、エフェメロプテラの魔力残量は早くも尽きようとしていた。

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