28 侵食型制御

「うおおおお!」


 雄叫びを上げながらワズがアイアンジャイアントを操り巨大なハンマーを振り降ろす。

 鈍重とカルロスは断じる。装甲だけ増やして内部の駆動系はストリングとチェーンのハイブリッド。それでは動きが鈍くなるのは当然の道理。

 せめて全身チェーン式にすればまだ多少はましになっただろうと評価する。

 

 駆動系の連続伸縮による振り下ろしの速度増加すら行っていない。稚拙すぎる一撃にカルロスは最早怒りさえ覚える。

 

「舐めるな!」


 地面へ叩きつけられるハンマーによって石礫が飛び散る。それをエフェメロプテラは無視して突っ込む。その程度で傷付けられる程新生したエフェメロプテラの装甲は柔ではない。ハンマーを足場に、跳躍する。アイアンジャイアントの頭上を飛び越える様にしながら今度は機体その物を足場とする。再度の跳躍。アイアンジャイアントの背後に回り込む。

 

 鈍重。装甲だけの案山子。だがそれにも利点はある。あくまでカルロスにとってのであり、機体としての物では無いが。

 細身のエフェメロプテラを隠す様に、アイアンジャイアントを盾にする。

 

 その瞬間、後方から多数の土の槍が飛んできた。

 射程内に入った途端に一斉射を行ったアルバトロス帝国軍のアイゼントルーパーの指揮官機による『|土の槍(アースランス)』による法撃だ。それを防ぐために装甲の厚いアイアンジャイアントを撃破せずに飛び越えたのだ。

 

「うおおおおお!?」


 流石に無駄に重装甲なだけあって、七機からの法撃を受けてもまだ原型を留めていた。うっとうしい叫び声から搭乗者も生きているのだろう。わざわざ止めを刺して置物にするよりも、生きた盾にしておいた方が役立ちそうだと思ったカルロスはエフェメロプテラをアイアンジャイアントの陰から飛び出させる。

 

 布陣を見るとアルバトロス軍が先に前に出ている。と言うよりも傭兵の機体が遅れている様だった。タイミングをずらしての突撃。それはカルロスにとって脅威にもならない。

 

 エフェメロプテラがアイゼントルーパーの先鋒と接触する。

 三機で一機の連携。以前の森の中での遭遇戦の様に、奇襲による混乱は見込めない。正面突破。

 

 正規兵だけあってしっかりとした訓練を受けているのだろう。操縦技術に関して言えば傭兵団よりも高い。機体運動にも駆動系の連続伸縮への理解が見られる。十分な勢いと威力の乗った斬撃を地竜の革を巻いた右腕で受け止める。革を断ち切ることも出来ず、相手の操縦者に動揺が見られた。

 当然である。腐っても竜の一種。例え革だけであってもその防御力は健在だ。

 

 動きの止まったアイゼントルーパーの操縦席を左腕の爪で一息に貫く。味方がやられた事で狼狽えてくれればカルロスとしてもこの後が楽だったのだが、相手の動きに淀みは無い。

 操縦席を刺し貫いた腕を引き抜くまでエフェメロプテラは動きが止まる。それを狙って剣が槍が、魔法が向けられた。

 

「だから……舐めるな!」


 多少形は違えど、カルロスはアイゼントルーパーの構造について熟知している。それはアルバトロス正規兵よりもだ。装甲厚も把握しているし、エフェメロプテラで刺し貫けばどうなるかも知っている。

 動きが止まった? 大きな間違いである。これは餌だ。相手の眼前にこれ見よがしに釣り下げられた隙と言う名の餌。

 

 背中と腰から生えた二本の尾――別々に動くワイヤーテイルは槍で突いてきたアイゼントルーパーの肩口に喰らい付くと猛烈な勢いで巻き戻る。その力に耐えきれずその機体は立ち位置を動かされる。エフェメロプテラを背後から襲う剣の前に引き込まれた結果、アルバトロス軍同士の相打ちを誘発させる。

 

 左方向から切りかかる機体には左腕を振り回す。アイゼントルーパーを貫いたまま相手の胴体へと爪先を向けた。既に貫通している鉤爪の間から高水圧の水流が放たれる。至近からの一撃はたかが水とは侮れない威力となった。紙細工のように最も厚い胸部装甲を貫くと中の搭乗者を水気のたっぷりと含んだ肉片に変えた。

 

 正面から切り込んできた機体は動きが良かった。右腕に纏った砂――嘗て地竜が尾で行ってきた攻撃を模した物――で削り取ろうとしたが、その危険性に気付いたアイゼントルーパーは盾を引き換えにして後方に飛び退くことで間一髪生き延びた。

 遂にアイゼントルーパー部隊から動揺の声が漏れた。

 

「こ、古式だ! 早いぞ!」

「残念外れだ」


 相手に聞こえていない事は承知でカルロスはそう呟く。

 

 四年前。カルロスは新式である試作一号機で古式のヴィンラードに拮抗した。当時の機体性能を考えれば四倍ではきかない差があった。それを埋めたのはカルロスの融法の第六位階による操縦法だ。機体と自分を同調させる侵食型制御。当時とは違い、機体も完全にカルロス用に調整した専用機。その相乗効果はアイゼントルーパーを相手にしても歯牙に掛けない程だ。

 

 とは言え、攻撃を受けても無傷になる訳ではないし、掠めただけで相手を一撃で倒せるような攻撃が出来るわけではない。前衛による連携攻撃を捌き切った後の法撃。わざと照準をずらした偏差射撃。

 エフェメロプテラが回避することを見越した一連の攻撃は咄嗟の連携としては見事の一言に尽きる。『|土の槍(アースランス)』が一発でも当たれば軽量化の為に装甲を減らしたエフェメロプテラは大ダメージを負う。

 

 当たればの話である。既に腕を引き抜いたエフェメロプテラを縛る鎖は無い。

 

 偏差射撃であろうと、面の攻撃ではない。一見すれば逃げ場のない面攻撃に思えるが、実態は複数の点の集合体である。つまりは、隙間があるのだ。通常の人間には読み取れない程の狭い隙間であろうと、それは存在する。

 

 まるで擦り抜ける様に『|土の槍(アースランス)』を無視して進んできたエフェメロプテラの姿は最早魔導機士とは思えない。その異形さもあってアルバトロスの兵士たちに恐怖心を抱かせるには十分だった。

 

 法撃では避けられると判断した彼らは己の中に芽生えた恐怖心を押し殺しながら前に出る。避けたという事は当たれば効果があるという事だと判断した彼らの狙いはまるで在りし日を思い起こさせる『|土の槍(アースランス)』による至近の一撃。

 その選択肢は状況を考えればおかしくもなんともない。それでもカルロスの神経を逆撫でさせるには十分だった。八つ当たり以外の何物でもないが、彼の頭の中からアルバトロス兵に対する加減と言う文字が消えた。

 

 四方から突き立てられる『|土の槍(アースランス)』。二本のワイヤーテイルで掴もうとした機体は長剣で食い付かれない様に振り払った。水撃は盾を犠牲に防がれた。螺旋砂は『|土の槍(アースランス)』によって相殺された。元よりその機体は囮だったのだろう。背後から準備万端のアイゼントルーパーが飛び込んで来た。四方が囲まれている状況に変化はない。

 

「付与(エンチャント)……」


 一つの魔法の起動ワード。

 新式には得られない一つの奇跡。

 

 エフェメロプテラの機法がここに顕現する。

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