06 陥落

「アイゼントルーパー部隊はたった二発で半壊か。向こうも必死だな」


 量産型魔導機士――アルバトロスではアイゼントルーパーと名付けられた機体の部隊が対龍魔法(ドラグニティ)で半壊したのを見てもレグルスは動じる事は無かった。

 

 元より、アイゼントルーパーがそれに対して成す術が無いのも計算の内だ。むしろ、事実上の無駄打ちを強いる事が出来ただけ上出来とも言えた。

 

「皇子。私も前に出ますが」

「某も一仕事させてもらうとしようかの」


 ヘズンとヤンがログニスの魔導機士に対抗すべく、それぞれの乗機を一歩前に出す。ヴィンラードは既に全身に帯電しており、対龍魔法(ドラグニティ)の発動準備に入っていた。

 大鎌――カルロスとの戦闘での傷は一年ほどかけて漸く修復し終えた――の形状が変わっていく。刃の部分が伸びて行き、弧は完全な円となる。突出してきたログニスの魔導機士に狙いを定めた。刃の上を循環していく雷光。

 それを大きく振りかぶる。機体の腕が軋みを上げる。腕が砕けようとも構わないとばかりの全力の投擲。

 

「轟け。『|飛雷収円刃(フルムーンライトニング)』!」


 一発でアイゼントルーパーのベースとなった試作一号機に多大なダメージを与える事が出来る飛雷刃。それを数百本収束させた対龍魔法(ドラグニティ)。長大な射程と、決して抵抗を許さない膨大な熱量による一撃。

 直視することも躊躇われる閃光が消えた後には、溜め込んだ雷光を吐き出した円刃がヴィンラードの元に戻ってきた。それを危なげなく掴み、振り払う。その時にはもう円刃から大鎌に姿を戻していた。

 

 そして、狙われていた魔導機士は――まだ原型を留めていた。だが右半身が完全に焦げ付いている。右腕も右足も跡形もない。腹部の損傷は操縦席にまで達しており、その中身は既に蒸発していた。

 

「む、やり過ぎたか」

「コアユニットを破壊していたら始末書物だな」


 レグルスが冗談めかしてそう言う。

 かつてならば魔導機士のコアユニットは何に置いても鹵獲すべき物だった。魔導機士同士の戦いと言うのは如何に相手を行動不能にするか。そして行動不能にされる前に撤退するかだった。

 

 だが今はもう事情が違う。特にアルバトロス側にとっては必ずしも確保の必要がある物ではなくなったのだ。

 ログニスの乗り手はそこを読み違えていた。対龍魔法(ドラグニティ)は威力が大きすぎて魔導機士を鹵獲するのには向かない。故に使って来ないと。そう勘違いしてしまった。

 

 無論、アルバトロス側だって余裕があれば鹵獲を目標にする。が、今はその時では無かった。

 

 戦力比が偏る。ただでさえ不利なログニス側は更に劣勢へと追い込まれた。

 

 残ったもう一機が対龍魔法(ドラグニティ)の準備を行う。古式四機すべてを巻き込む位置取り。手にした剣の刀身が伸びていく。その周囲に風が逆巻く。

 

「刀剣型か。面白い」


 レグルスのグラン・ラジアスがそれに答える。手にした大剣――既に、対龍魔法(ドラグニティ)を準備しているかのように変形しているそれが、更に形を変えていく。それと同時に周囲の魔力を吸い上げ始めた。

 

「おっと、皇子の機体から離れろ。巻き込まれるぞ」

「くわばらくわばらおっかないことだ」

「殿下。程々に願います」


 最後の一機に乗っていたカグヤが諌める様にそう言った。レグルスの返答は、否。

 

「すまんが、久しぶりなのでな。手加減は出来そうにない」


 拡大を続ける大剣は、最早剣と言うよりも樹木と言った方が良い形状になりつつある。グラン・ラジアス自体の形状も変わっていく。各部の装甲が展開して黒い光が溢れ出す。

 

「大罪よ。今ここに顕現せよ。世の理を塗り潰す威をここに示したまえ!」


 レグルスの請う様な言葉に、大剣からも黒い極光が迸る。

 ログニスの魔導機士から対龍魔法(ドラグニティ)が放たれた。大気を引き裂き、物理的な衝撃を伴う程の風の渦。ここまでに放たれた対龍魔法(ドラグニティ)と比較しても何ら遜色のない大機法。

 

 それを。

 

「全てを飲み込め。『|大罪:無二(グラン・ラジアス)』」


 一振りの闇が飲み込んだ。

 空間そのものを侵食する黒。絵の具をぶちまけたかのように。光景を削り取る。そして残ったのは、偶々その範囲から逃れていた魔導機士の脛から下の部分。

 それだけだった。

 

「また派手にやったの」

「皇子……これで俺に始末書とかいうのか」

「程々って何なんでしょうね……」


 僅か数分。恐らくは大陸史の中でも最も短い時間で魔導機士が二機失われた瞬間だろう。

 

 そしてガル・エレヴィオンも苦戦していた。

 相手は量産型。アイゼントルーパーは四機で漸く一機の古式と同等だ。

 

 だが、とイーサは思う。この敵の動きは他の機体とは一線を画している。兎に角早い。そしてある程度決まった動きしかしていない他の機体とは違い、動作に自由度がある。

 

 アリッサの融法の位階は6。カルロスの前では精々3程度までしか見せていなかったが、本来ならばカルロスと同等の位階があるのだ。

 それはつまりカルロスが試作一号機でやった事は同じことが出来る。訓練時間を考えると習熟度を考えればそれ以上だ。

 アイゼントルーパーが試作一号機以上である事を考えれば、その戦闘力は更に高まると言える。

 

 更にはガル・エレヴィオンは対龍魔法(ドラグニティ)を撃ったばかりだ。まだ魔力の充填は完了しておらず本調子とは言えない。槍捌きにも陰りが見える。

 

 アリッサのアイゼントルーパーは防御を考えていない二刀流。彼女の侵食型制御によって既定モーション以上の動きが許されたが故に可能になった戦法だ。

 一人で槍衾の如き突きを繰り出してくるガル・エレヴィオンの猛攻を凌ぐ。どころか的確な反撃で、既に少なくない傷が刻まれていた。

 

「くっ!」


 未だ致命傷には至らない。が、このままでは追い込まれることは目に見えていた。既に僚機は二機やられている。

 勝ちの目は、見えない。

 

 負ける。その言葉が急速に現実味を持つ。王都が攻められる。そこにいる彼の家族。妻と――生まれたばかりの子供が犠牲になる。その想像はイーサの中に己が死ぬよりも恐怖を覚えさせた。

 

「そこまでだ」


 レグルスの声が響いたのはそのタイミングだった。控えていた四機の古式がイーサとアレックスがアイゼントルーパーと戦う位置まで前進してきた。

 最早勝ち目はない。相手には全く消耗していない二機がいる。

 

「ログニス国王よ! 再度余は問おう! 降伏か否か! これ以上抵抗するのならば、余はこの王都を焼き滅ぼすしか無くなる!」


 再度の降伏勧告。

 そして先ほどまでとは全く状況が違う。

 

 今、ログニスの防衛戦力は皆無だ。アルバトロス側の戦力も削ったが、まだ王都を蹂躙するには十分な数がある。対してもうしばらくもしない内にログニス側は全滅するだろう。

 

 固唾をのんで見守っていた王都の住人も理解した。


 ログニスは負けたのだと。

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