05 対龍魔法
四対五十四。
古式の数は同数。そして後方に控えており、当面の敵は新式の量産型五十機のみ。
量産型相手ならば、一機頭十三機を落とせば良い事になる。
「……厳しいな」
新式四機で古式一機に相当するという予測を覚えていたイーサは口の中に苦い物を感じる。三倍以上の戦力差がある。更にそこに古式が追加されるとなるとその差は更に広がる。四倍と言うのは素直に考えた場合、検討にも値しない戦力差だ。
「……イーサ。初手から全力で行くぞ」
「了解」
ガル・エレヴィオンの魔導炉の出力を上げる。
古式魔導機士の切り札。機法。それは大きく分けると二つの段階があった。
一つは通常使用とも言うべき付与(エンチャント)の状態。機体にその魔法を宿らせて運用する極々スタンダードな形だ。魔法剣の元になったとも言える運用スタイルで、魔力消費もそれなりだ。
そしてもう一つが、最大出力とも言える魔法。
人が龍を滅するために編み出した極致。対龍魔法(ドラグニティ)。一発撃つだけで機体に貯蔵されている魔力の大半を奪い去られる諸刃の剣だ。
だがそれは大陸最強の生物であった龍族を殺す為の魔法。その威力は地形を変えるほどだ。
本来ならば、人口密集地帯である王都の側で発動させることなど許される物では無い。巻き込む可能性が高い。
「我々で敵正面の量産型の半数は削る。すまんが、フォローを頼んだぞ」
王都を守護する第二大隊が切り込み役。第一大隊が魔導師役とした布陣だ。
ガル・エレヴィオンの主兵装である槍を構える。
隣では同じようにガル・フューザリオンが斧を眼前に掲げていた。
「偉大なる始祖よ。我らに龍を滅するための力を与えたまえ」
何かの機構が動く音。イーサの唱えた文言を鍵として、確かに今ガル・エレヴィオンの中で何かが切り替わった。
魔導炉の駆動音が高まる。シートの下から響く振動が激しくなる。
うっすらと機体の全身が輝く。過剰に供給され始めた魔力が漏れ出していた。だがそれもすぐに収まる。その全てがただ一つの魔法に注ぎ込まれ始めたのだ。
ガル・エレヴィオンの槍が深紅に染まっていく。
新式と古式の最大の違いはある意味でこの武装だろう。古式も機体はコアユニットを除いて現在の技術で作られている。だが主兵装である武装は、コアユニットと同様に古代から伝わっている技法をそのまま使っている。人間サイズに直すと魔剣と呼ばれる武装。日緋色金と呼ばれる今となっては東方でしか取れない希少金属で作り上げられた武装だ。
普通に使う分にはただの鉄と変わらない。精々が頑丈だと思う程度だ。だがそこに魔法を使おうとすると話は変わる。驚異的な魔法増幅能力によってその威力を何倍にも跳ね上げる。また、魔力を注ぐと形状が変わる事も特徴だった。
ガル・エレヴィオンの槍も、穂先が平時の倍以上に太く、長く、そして鋭くなっていく。柄も腕に巻き付き、新たな装甲の様に変形して行った。
「対龍魔法(ドラグニティ)――『|滅龍の炎獄(インフェルノ)』」
真っ直ぐに敵集団へと向けた槍の穂先に光が宿る。それは魔力が変換された熱その物。熱を収束し、圧縮し、一条の光線として撃ちだす。
空に向けて撃てば対空攻撃。地上に向けて放てば対軍攻撃。
膨大な熱量は地面を融かす。この大陸の人間の大半が知らないマグマと呼ばれる物体に近い物へ地面を変貌させていく。
炎熱を司る最古の魔導機士。その最終奥義は十機以上の量産型を灼熱の地面に叩き込んだ。魔導機士に、地面を融かす程の熱量に耐えられる装甲は無い。あっという間に溶けて消えていく。
ガル・フューザリオンも同様に対龍魔法(ドラグニティ)を放つ。真っ直ぐに振り下ろされた三倍以上に肥大化した斧。その直線状に氷の柱が次々と立ち上がる。その周囲にいた魔導機士はそのまま氷の彫像へと姿を変えた。
ガル・エレヴィオンの槍とは正反対の超低温――より正確には魔法的な決して溶けない永久凍土へと変える対龍魔法(ドラグニティ)。
その勢いは数機の量産型を巻き込んでも止まらない。真っ直ぐに穿たれた穴。それは後方に控えている古式への道を切り開く。
半数近くを失った量産型の隊列。大きな被害に動揺している間隙を逃さず、残りの二機が飛び込む。こうなってしまえば威力の高い対龍魔法(ドラグニティ)は封じるほかない。
イーサは元の形状に戻った槍を携えて飛び込む。これでようやく量産型を相手にする場合1.5倍程度の戦力差に抑えられる。そして、そうなれば経験豊富な彼らの方が有利だった。
ガル・エレヴィオンの槍が的確に一機の胸部装甲を貫いて操縦席の中身毎潰す。
魔導機士の正面装甲は当たり前であるが頑強に作られている。それを容易く貫けるのはガル・エレヴィオンの槍自体が高温を発しているからだ。先ほどの対龍魔法の余熱である。融かす様に一機潰し、更に一機。
相手の動きはそれほど良くは無い。イーサ達が知る由は無いが、こちら側にいるのはアルバトロス帝国量産型魔導機士部隊の中でも精鋭だ。その精鋭でも古式を駆ってきた操縦者の技量には叶わない。操縦方式が違うとはいえ、ほぼ初乗りでヴィンラードに拮抗できたカルロスが異常なのだ。
だがその中にも動きの良いのがいた。
イーサの槍を避けて、反撃に転じてくる機体。その機体から声が漏れる。
「ああ……先輩のお義兄さんですね」
「その声は……」
イーサは記憶を手繰る。聞き覚えがあった。
二年前、エルロンドで出会った義弟の後輩。それがアルバトロス側としているという事は――。
「確か……アリッサだったな。そうかお前が裏切り者か」
「裏切り……まあそうなるんでしょうか」
「お前には聞きたいことが山ほどある……が、これだけには答えて貰おう。カルロスはどこだ!」
未だ行方不明の義弟。妻共々その安否を気遣っていた。その手がかりを前にしてイーサは自制を忘れた。果たしてその答えは――。
「先輩ですか。もう死にましたよ。私の前で」
「貴様!」
予測された答えだった。覚悟していた答えだった。それでもイーサは激昂する。彼はアリッサの言葉から彼女がカルロスを殺したのだと判断したのだった。仮にそう問い詰められたらアリッサも否定することは無かっただろう。それは真実の一端を示しているのだから。
「義弟の仇、取らせてもらうぞ!」
「出来ると良いですね……ですけど、私もまだ死ねませんので」
アリッサは思っていた。
カルロスはきっと死にたくないと思いながら死んだはずだ。
ならば、もう一度会おうと思うならば。せめて同じ条件で死なないと会えないだろうという狂った考え。
心の底から死にたくないと思いながら死なないと――。
「先輩に会えませんから」
今はもう死んでもいいと思っているから死にたくない。そんな矛盾した考えに疑問を持つことも無く。少女はゆっくりと狂気に浸されていく。
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