第2.5章 戦乱の幕開け
01 戦争への備え
大陸歴517年10月。
ログニス王国で一つの事件があった。
魔導機士ヴィンラードを擁する第十三大隊の離反。その事実は王都に強い衝撃を与えるには十分な物だった。
魔導機士はその戦闘力の高さと希少さから戦略兵器になりえる。
全体の数が少ない事も余って、保有数がそのまま国の軍事力に直結する様な世界だ。必然乗り手の人選には万全を期す。
ヘズン・ボーラスはそうした審査を潜り抜けた適格者……のはずだった。
国王からの勅命で行われた再調査。そこで明らかになったのは、国の執政の中枢にまで少なくない数のアルバトロスのシンパが食い込んでいたという事実だ。彼らが行ったヘズン・ボーラスの調査は意図的に歪められていた。生まれた時から南部の農村で過ごしたとされていたが、その農村は実在しなかった。更には十八歳以前の足取りが一切不明で、彼の記録が残っているのがそれ以降の十年間のみだったという物。
大半の貴族はそれを聞いて、驚きながらも胸を撫で下ろしていた。
「まさか、裏切り者がいたなんて。離反者を抱えたままアルバトロスとの戦争に突入しないで良かった」
と言った様にだ。
だがその離反の裏で起きていた事実を知っている人間はそこまで楽観できなかった。
クレア・ウィンバーニのアルバトロス亡命(・・)と実用化間近だった量産型魔導機士の技術流出。
それらに裏切った第十三大隊が関わっていたという事。
恐らくという枕詞を付ける必要も無いだろう。
ほぼ確実にアルバトロスへと量産型魔導機士の技術が漏れた。
その事実はログニス首脳陣に危機感を抱かせるには十分な物だった。古くから小競り合いを繰り返しているアルバトロスが絶大な武力を手にした。何も起こらないと楽観する事など出来ない。
こちらも軍備を整えなくてはいけない。
だが、相手の方が一枚上手だった。
量産型魔導機士の開発が行われていたエルロンドには一切の資料が残されていなかった。文字通り根こそぎ奪われたのだった。辛うじて試作機の予備パーツが残っていたのみで、それとて今回研究されていた根幹部分には触れていない。
機密保持が徒となった。詳細な資料は全てエルロンドで管理していたのだ。
それでも技術者がいれば再現は可能……と思われたのだが。
その技術者たちが悉く廃人になっていた。調査結果、融法による強引な記憶引き出しによる影響だという事だった。せめて融法で何か情報を得られないかと試みた魔法使いからの報告は、アルバトロスが徹底してこちらから全てを奪っていったという事実を裏付ける物にしかならなかった。
幸いと言うべきか、幾人かが正気を取り戻しつつある。研究に関する記憶は抜け落ちているが、戦力増強を望む国としては即戦力の技術者が復帰したのは明るいニュースだった。
「どうした物か……」
ハインツ三世が眉根を寄せて呟く。相当の心労が溜まっているのだろう。その表情には疲れの色がくっきりと刻まれている。
「アズバン侯爵。そちらの方では何か手がかりは残っていませんかな?」
「残念だがのう。カルロス・アルニカは未だ行方不明じゃよ……死体こそ見つかっておらんがまあ拉致されたか殺されたかだろうの」
「……いや、拉致されたのならば尤もらしく亡命したと虚言を弄して来たでしょう。我が娘の様に」
静かな、だが怒気の込められたレクター・ウィンバーニの表情は鬼気迫るものがあった。卑劣な手で娘を拉致したアルバトロスへの怒りはこの中にいる誰よりも強い。彼の領地が北部だったらそのまま攻め上がったかもしれないと言われるほどだ。
「……敵は恐らく、山脈を越えたのでしょうな。正直この季節の山越えなど正気とは思えないが……どうやらやりきったようだ」
北部の地形に詳しいアルド・ノーランドが信じられないと首を振る。城塞都市グランデを中継せずにアルバトロスへ向かったという事はそういう事になる。
「専用の魔法道具を多数用意してあれば可能かもしれませんの。東部でも似たような事はやっておりますよ」
「ふん、問題はどうやったかではない。これからどうするか。違いませんかな?」
チリーニ侯爵の言葉は珍しい事に正論だった。他の四名の無言の同意を受けて彼は続けて口を開いた。
「わが国でも魔導機士の量産が叶うのならば、それに越したことはありませんでしたが、出来ないのならば今ある戦力で国を守らないといけない」
「道理だな。貴君からそんな言葉が出てくるとは思わなかったが」
アルドの当てこするような言葉にチリーニはいやらしい笑みを浮かべる。
「私とてログニスの人間。自国の危機ともなれば無駄な派閥争いは避けますとも」
「……まあいい。それで、わざわざ言い出すくらいだ。何か考えがあるのだろう」
「軍事の専門家であるノーランド公爵に言うのも憚れるほどの単純な策ですがね……国境上に戦力を集中させて侵入を防ぐ。それだけですよ」
「当然の策ではあるな」
「ええ。ただし全戦力です。文字通り、我が国に残っている魔導機士全機で国境を守ります」
その言葉は僅かに会議室に動揺を与えた。
「待て。それは王都守備隊や、国土を守る為に巡回している魔獣対策の魔導機士もか」
「ええ。全てです」
大胆な策と言えた。言ってしまえば緒戦に全力を掛けるという事だ。
「皆さま良く考えて頂きたい。先日の報告が確かならば、量産型魔導機士の性能は我が国の魔導機士を相手にしてもそこまで劣る物では無い。それがアルバトロスの国力で生産されたら、その戦力は膨大な物となります。忘れてはいけませんぞ。元々我が国とアルバトロスの戦力はほぼ互角。今回の件で崩れたと見て良いでしょう」
「貴君の言いたいことは分かる。だが全てと言うのは……」
アルドが難色を示した。つまり、決着が着くまで国土の大半はがら空きになるという事だ。無論王都とて例外ではない。
「ノーランド公爵。良く考えて下さい。どの道グランデを抜かれては我が国は終わりです。出し惜しみをして勝機を逃すことになっては代々土地を守ってきた先祖に顔向けできない」
「……海から来たらどうするつもりだ? つまり、チリーニ侯爵の西部から上陸された場合だが」
「無論考えてあります。例え量産型の魔導機士がいたとしても、海上では何の役にも立ちません。従来通り海軍の艦隊が押し留める事が可能でしょう」
なるほど、とアルドは頷いた。確かに量産型魔導機士は陸上兵器だ。海上戦で役に立つ物では無いだろう。
「ああ。全機と言いましたが、海上を守護しているラーマリオンだけは残しておいてもらいたいですな」
「そこは当然であろうな。あれは陸地では対して役に立たん」
「では?」
「貴君の提案を基に防衛策を練ろう。流石に王都守備隊は動かせんがな」
アルドのその言葉にチリーニは安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ノーランド公爵」
「チリーニ侯爵の言葉に妥当性があったから決めたに過ぎん」
話がまとまったところでアズバン侯爵が口を開く。
「アルバトロスの内情はかなり厳しいと聞く。恐らくじゃが向こうは長期戦に耐えられんじゃろう」
「つまり我々は守備に徹すればよい、と」
「少なくとも時間は我らに味方してくれるじゃろうな」
そう言って小さく溜息を吐いた。
「……第三十二工房の行方不明者の誰かが一人でも見つかれば多少は情報を得る事が出来るかもしれなかったがの」
第三十二工房に参加していた十人の学生。クレア・ウィンバーニを除く九名が行方不明となっていた。
そして、廃人になった技術者を含む全ての参加者の家を探索したが、量産型魔導機士の研究に関わる個人的な資料の類も|何一つ(・・・)見つかる事は無かった。
せめてどれか一つでも残っていれば……そんな声も空しい。今はある物で国を守るしかなかった。
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