33 追走
工房内が薄暗くなっていく。
元々内部の照明を付けるか、外から光を取り込むかの二択だ。夕焼けが差し込む時間になれば明かりなどほとんど入ってこない。冬に差し掛かろうとしているこの時期、日が沈むのはあっという間だ。
視界の悪さを嫌った指揮官が煩わしそうに手を振って指示を出す。
「明かりを付けろ。こう暗くては叶わん」
ここだ、とカルロスは直感した。
「ああ、それなら俺たちが点けてやるよ。遠慮はいらん、よっと!」
叫びながら、夜間試験用に用意していた照明器具を一斉に起動させる。夜の野外でも明るく照らすだけの光量が工房内を染め上げる。
「くっ……小癪な!」
「ケビン!」
叫んでカルロスは駆け出す。カルロスと同じく活法で代謝を高めて毒を抜いたケビンは素早く立ち上がって、魔法に対する防御を行う。とは言っても素手で出来る事は少ない。上着を剥ぎ取って、魔法剣の要領で魔力を纏わせて魔法を叩き落とすくらいだ。当然、大した時間は稼げない。精々三十秒程度だろう。
だがその三十秒がカルロスには何よりも欲しかった。
操縦系の魔法道具を外された試作一号機。その背中によじ登る。素早く身体を潜り込ませて、融法で機体と自分を同調させる。緊急事態だ。同調後の違和感などは考える余裕は無い。
瞬時に機体の隅々まで己の支配下に置く。試験による多少のダメージはあるが、動かすのに問題は無い。
ケビンが取り押さえられそうになるよりも早く、試作一号機の腕が工房の床に突き立てられた。
「ククルスカノラス! 話が違うぞ! 一号機は動かせないはずではなかったのか!」
「私だって何もかも知っている訳じゃない!」
叫んでいる指揮官の方に腕を伸ばす。そのまま掴もうと思ったが、踵を返した指揮官は工房の出入り口から姿を消した。アリッサも同様だ。魔導機士では反対側の魔導機士用のハッチから出るしかない。散発的に魔法が着弾したが、人の使う魔法程度で傷付くほど柔ではない。
効果が無い事を察した他の兵士も、蹂躙される前に工房から逃げ出した。
一先ず、脅威は払えたが何も解決はしていない。何よりもクレアが攫われた。今すぐにでも追いかけたい。だが。そうしたらここの工房の人間はどうなるか。魔導機士が居なくなったと分かればまだ戻ってくるのではないだろうか。
「行け、カルロス!」
そんなカルロスの逡巡を見透かしたようにケビンが叫ぶ。学院の六人に活法を掛けて動けるようにしている様だった。
「ここは俺たちで守る。お前はクレアを追いかけろ!」
「だけど……」
たった七人で大丈夫なのかと。心配事は幾らでも出てくる。それを断ち切る様に動けるようになった他の六人が次々と声を掛けてくる。
「いや、ほら。カルロスちゃんが行かないとクレアちゃんぶちぎれると思うんだよね」
「エルロンドの守備隊が来るまで持ちこたえればいいんだから……何とかなるって」
「きっとクレアちゃんはアルニカ君の事待っていると思います」
「んーまああるあるが居なくても何とかなるよー何せ私ら地竜を足止めしたチームだし」
「こっちは大丈夫だ。不本意だがこの大雑把女と協力すれば兵士の十ダースくらいは止めてみせるさ」
「頭でっかちに言われると癪だけど、テトラも同意見。だから心配しないでいいよー」
だから行けと。全員がカルロスの背を押してくれる。不安を断ち切った。
「すまん! すぐに取り戻して戻ってくるから!」
カルロスは試作一号機を走らせる。その動きはトーマスが動かしていたときよりも尚早い。
取り外したのは意識伝達部のみだ。その為操縦系の大半は残ったままとなる。トーマス以上の融法の使い手であるカルロスが、意識して操縦系の魔法道具を動かせばより速い反応と、伝達が行える。それはそのまま機体の運動性に大きく関わっていく。
外に飛び出した時、既に日は沈みかけていた。黒い試作二号機の影を探す。相手は動かすことに慣れていない。まだそう遠くには行っていない筈だった。足跡を頼りに追跡する。
そして見つける。テグス湖の側で補足した巨大な人影。カルロスからすれば無様な程ギクシャクとした歩調でエルロンドから遠ざかろうとしている試作二号機と、その横を並走する馬車。きっとクレアもそこにいる。
試作一号機が走り出す。速度が全く違う。激しい足音で接近に気が付いた試作二号機が振り向く。慌てて盾を構えるが――遅い。
「喰らえ!」
馬車から離れるように、長剣を振るう。試作二号機の武装はまだ模擬戦仕様だ。だから相手からの攻撃はそこまで考慮する必要が無い。操縦に慣れていない内に、叩き伏せるとカルロスは速攻を仕掛ける。
魔導機士の動きとして、最もこんなのは仰向けに倒れた状態からの復帰だ。ある程度慣れているケビンたちでも多少は時間がかかる。人間ほど身体が柔らかくないのでコツを知らないと起き上がる事も出来ない。その状態に持っていけばカルロスの勝利はほぼ確定だった。
横合いからの衝撃に試作二号機は体制を崩しかけて、大きく足を踏み出してバランスを回復する。オートバランサーと名付けた機能が発揮された事にカルロスは舌打ちした。多少バランスを崩しても自動で立て直してくれる事実上の行軍用のモードだったのだが、相手は今それをオンにしていたらしい。
戦闘機動を取る際には邪魔にしかならないのでオフにするのが常だったカルロス達としてはやや想定外だったとも言える。相手はそんな機能がある事知ってはいたが、即座に戦闘用モードに切り替えられるかは別の問題だ。
恐らくはオフにすることも出来ないだろうとカルロスは判断した。それならば仕方ないと考えを切り替えた。
なるべく無傷で奪還したかったが、四肢を破壊して自律行動を不能にする。そして馬車を制圧する。
この後の流れを頭の中で纏め、長剣を振り上げたところで――。
側面から接近する機影に気が付いた。足元から滑るように刃が迫る。
そこに長剣を合わせた。弧を描いた刃。股下から両断しようと迫る大鎌の切っ先を地面に抑え込むようにして止める。
「ははは! 良い反応だ!」
襲撃を掛けてきた魔導機士から拡声された言葉が響く。失念していたとカルロスは己の油断に舌打ちする。
襲撃者は第十三大隊だった。ログニスの独立大隊は皆魔導機士が配備されている。
そう、つまり敵は試作二号機だけではない。第十三大隊の魔導機士――本物の、古代魔法文明が作り上げた古式の魔導機士が一機、いる。
「良くぞ私のヴィンラードの鎌を止めた!」
魔導機士ヴィンラード。遥か昔。人龍大戦時に最も多くの龍族を屠った機体がカルロスの前に立ちふさがっていた。
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