27 模擬戦開始
二機の魔導機士がエルロンド近郊の平地で並び立つ。ここに至れば無理に隠す必要も無い。
試作一号機は白を基調とした。
試作二号機は黒を基調とした装甲色。
外観上はほぼ同一の騎士然とした物だが、内装は大きく違う。その違いがどう影響するか。それを調べるのも今日の模擬戦闘試験の内容だった。
「よし。トーマスもガランも準備は良いか?」
「何時でもオッケーだ」
「右に同じく」
試作一号機に乗ったトーマスと、試作二号機に乗ったガランからそれぞれ拡声の魔法道具で返事が返ってくる。
それでは開始を宣言しようとしたところで、二人が拡声の魔法道具で会話を始まる。
「トーマス、覚えてるだろうな」
「ああ、これに負けた方が焼肉を奢ると……」
「……お前らーその会話も魔力消費してるからな? それを忘れんなよ、マジで」
そして魔力の消費はエーテライトの消費。即ちお金の消費だ。無駄遣いをしないで欲しかった。
「それじゃあ両者試合開始」
その言葉と同時。二機の魔導機士が動き出した。
まず先手を取ったのは試作一号機だ。兎に角こちらには遠距離武装が無い。その為近付かないと勝負にすらならないのだ。トーマスの操縦により、通常よりも機敏に動く魔導機士の姿は傍から見ていても頼もしさがある。
このまま距離を詰められるかと観客にも期待があったが、そうは容易くない。
ガランの駆る漆黒の機体は焦らず慌てず。ただ左腕を前に向けただけだ。その腕の向きに合わせて真っ直ぐに土の槍が発射される。狙いなど適当で構わない。まずは相手の足を止める事を優先していた。連射速度はそれほどではない。だが命中したら当たり所次第ではそこで模擬戦は終了になる。
その為試作一号機は大きく弧を描く様にして回避機動を取らざるを得ない。その際には右側――即ち死角に回り込むようにすることも忘れない。
「おお、意外といい感じだな」
『|土の槍(アースランサー)』と名付けられた魔法を打ち出す魔法道具を見ながらカルロスが弾んだ声で言う。静止目標に向かって打つところは見てきたが、動き回る相手にもそれなりの精度で射撃が行えている。
「まあテトラが作ったからね!」
とテトラが無い胸を張った。それとほぼ同時にグラムが前髪を払いながら言う。
「僕が作ったんだから当然さ」
そしてお互いに睨み付けて無言で威嚇する。最早様式美となりつつあった。
「腕の動きと連動しているというのが分かりやすいな。極論手を伸ばせば大体の方向に飛んでいく」
「最初は結構大変だったよな……」
今の形に落ち着くまで手持ち式やら剣に仕込むやら槍の様に取っ手を付けるやらで迷走したのだ。
手持ち式は照準の甘さから。
剣に仕込むのは剣としての機能に阻害が出る事から。
槍状にするのは単純に嵩張るという事から。
それぞれの理由で却下されていた。
その点、左腕に仕込むというのは悪くない。――と、思っていた。
「……ふらついてきたな」
「ふらついているわね」
試作一号機が小刻みに左右に機体を振りながら接近を始めた辺りから、命中率が目に見えて下がり始めた。腕の動きが敵機に追従できていない。
「やはりそうか」
とケビンが一人納得したように頷く。
「やはりというと?」
「先日の走行試験の時にも思ったのだが、左腕が若干右腕と比べると重く感じてな。どうにも腕を振っていると思っていた位置にぴたりと止まらない感覚があった」
「末端重量の問題か……今は盾も持っているしな」
端的に言えば重量過多。重い荷物を持った腕を振り回してふらついている様な状態だ。
ある程度距離があって大雑把な狙いで良かったときは問題なかったのだが、距離が狭まるに連れて腕を動かす振れ幅は大きくなっていく。そしてそれが腕の速度に繋がり静止が難しい、という事の様だ。
「接近されたらあの重さはきつそうだな」
「基本的に剣は右腕だけで振るうと考えれば良いが、機体の左右のバランスが崩れているのも気になるな」
確かに言われてみてみると、試作二号機はやや剣を振りにくそうにしている。止まっている的を狙っていたときには見られなかった。一歩と止まることなく鋼鉄の巨人が立ち位置を入れ替えながらの剣戟を繰り出している。
この至近距離になった事で漸く試作一号機には勝ちの目が見えてきた。
とは言え、まだ油断は出来ない。トーマスの能力によって試作一号機は反応が早い。試作二号機はそう言ったアドバンテージは無いし、機体バランスの関係から制御にも苦労している様だった。
それでも、『|土の槍(アースランサー)』の魔法道具はこの状況に置いても試作二号機に大きな力を与えてくれる。単なる遠距離武器では無く、至近距離からでも高い貫通力を持つ恐ろしい一手となるのだ。
直撃すれば魔導機士の持つ盾とて貫通するとされている。近接戦闘において盾を失うというのは厳しい物がある。技量に差があるのならいなすことも可能だが、トーマスとガランにそこまでの差は無い。
つまりはこの戦いはトーマスが如何に相手の守りを突破して試作二号機に有効打を与えるか。
そしてガランが試作二号機の守りを盾諸共に打ち破るかと言う勝負になっていた。
戦況はどちらに有利とも言い難い。
接近戦となると試作一号機の反応の良さが際立つ。試作二号機の動きに対して別の動きを合わせる事が可能になっているので兎に角先手を取って攻め続けている。
それでも決められないのはガランが要所要所で左腕をこれ見よがしに動かすのだ。『|土の槍(アースランサー)』による一撃必殺を警戒するトーマスはそうされるだけで回避行動を取らざるを得ない。
試作二号機がそうした隙を責め立てようにも、反応速度でそこをフォローする。動きと動きの隙間が少ないため、ガランも攻め時を見つけられないのだ。
「流石に上手いなガランは……」
操縦席の中でトーマスがぼやいた。トーマスから見たガランと言うのは兎に角人の心理を読む男だという印象だ。こと戦いに置いては常にこちらが一番嫌だと思う事を選んでくる。
今の状況も変わらない。『|土の槍(アースランサー)』は連射の利く物では無い。少なくとも、一発撃って即座に二発目は撃てない。つまり、一度無駄撃ちさせてしまえばしばらくは『|土の槍(アースランサー)』を考えなくていいのだ。
そしてそのしばらくの時間があればトーマスには相手の剣を掻い潜って一太刀浴びせる自信があった。
それを分かっているからガランは『|土の槍(アースランサー)』を見せ札としての牽制にしか使わない。
「厄介だな」
トーマスはそう小さく呟いた。奇しくもほぼ同時にガランが同じことを呟いていたとは知る由も無い。
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