26 模擬戦前

 その日の工房の熱気は一際高かった。

 

 魔導機士の整備の為の怒号が飛び交う工房だが、今日は何時もと違う。二つの指示が飛び交っている。

 

「一号機! 足回りのチェック終わったか!」

「完了しました!」

「二号機はアルジェントストリングを新品に換装するんだ! 丁寧に仕事しろ!」

「了解です!」


 普段は整備の問題などもあって、一機ずつの試験しか行わない。だが今日だけは特別だ。

 

 何しろ二機いないとできない試験――即ち魔導機士同士による模擬戦である。

 

「カス。二号機の調子は良いのかしら?」

「操縦系に手を加えてみたけど概ね好調だ。ちょっと反応過敏な所があるからまた少し落とすけど」

「……ほんと、何でもない事の様に言うのね」


 融法の魔法道具などと言う古代魔法文明以来の存在に対する扱いとは思えない程に軽い。カルロスからすれば同じ適性を持っている人間が居れば誰にでも作れるような物なのだから今一ありがたみが無い。

 

「……そっちの使い勝手は?」

「いい感じだ。魔力の通りが悪いから魔法道具弄る時は外すけど」


 小声で交わした言葉はカルロスが今手に嵌めているグローブについてだ。早速カルロスはそれを使っていた。流石は合体魔法でも大した傷の付かなかった奴、と思いながらカルロスはその頑強さに助けられている。反面、魔力が今一通らないので魔法を使う際は外していた。射法の才があればグローブを無視できるのだろうが、直接手から発動させる以上仕方のない事だった。

 

「使えるなら良かったわ」


 そう言ってクレアも一号機の腹部へと寄っていく。中型魔導炉――エーテライトへの再変換機能が付いていない物はいざという時のセーフティが薄いため魔力量が控えめになっている。その中で最大限の出力を確保するために技師が数値と睨めっこしながら微調整を繰り返していた。

 

「……バルブをもう1度右に回してみてくれ。多分これで行けると思う」

「1度だな。1度、1度……」


 計測機材も使わずに手先の感覚だけで技師同士が無茶な要望に応えている。職人技としか言いようがない。

 

「しっかしアリッサの奴どこに行ったんだろうな」

「……そう言えば静かだと思ったらあの小娘が居ないのね」


 とうとう小娘呼ばわりであった。カルロスは口元に苦笑いを浮かべる。

 

「仲悪いなお前ら」

「むしろ私からするとカスたちの方が変よ。どうしてああもあっさりと受け入れているのか分からないわ」

「そうか?」

「そうよ」


 クレアは人見知りするからなあ、とカルロスは思ったが口には出さずにとどめた。そんな事は無いというクレアとの水掛け論になるのは分かりきっていた。

 

「ちなみに、どっちが勝つと思う?」

「順当に行けば二号機でしょうね」


 カルロスも同感と頷く。

 後発機の利点として各所に改良が加えられている。それだけでもアドバンテージだというのに、エーテライト再変換機能を搭載した二号機の中型魔導炉は一号機のそれと比べると安全に出せる出力の上限が高い。それによって機体に搭載された魔法道具も増加し、遠距離攻撃の手段も得た。

 

 二号機の左腕を見る。一号機の1.5倍ほどになっている腕周りは、そこに遠距離攻撃用の魔法道具を仕込んでいる証だった。足元土を弾丸として形成し、直線状に打ち出すだけの代物だ。

 先日の地竜相手に最後に使った貫通型山落としを更に簡略化したグラムとテトラ謹製の魔法道具が搭載されている。ほぼ鉄の域にまで押し固められた土の槍を魔導機士の出力で撃ちだすのだ。至近で当たれば魔導機士の装甲とて貫通するだろう。今回は模擬戦なので硬度を落として当たったら崩れる程度に抑えてある。

 

「とはいえ一号機にはトーマスが乗るからな」


 意外と言っては失礼だが、騎士科三人の中で最も腕があるのがトーマスだ。三人は当初互角だったがある時からトーマスがメキメキと腕を伸ばした。

 恐らく、とカルロスは推測している。融法の才があったのだろうと。

 

 現在の操縦系の魔法道具は機体の動作をある程度パターン化している。操縦桿の操作と操縦者の意思を魔法道具が融法で読み取る。そこから最適なパターンを選択。更にイメージ通りにモーションを微調整。そして各関節部を操作している。

 相手が読み取るよりも先に操縦者がイメージを渡せればその分のロスが少なくなる。言ってしまえばケビンとガランが一つの動作に4ステップ掛けている時に、トーマスはそれを3ステップで済ませられる。

 

 高々1ステップと馬鹿にしてはいけない。速度にすれば1.3倍だ。反応速度に30%の差が生じるのは完全に操縦者の腕という事になるので比較試験としては余り褒められた事ではないので、模擬戦は組み合わせを変えて色々とやる予定である。

 

「接近戦にまで持ち込めれば一号機有利かな」

「とはいえ遮蔽物が木くらいしか無い平地だとそうも行かない」


 今回はくじ引きで留守番となったケビンが何時の間にか二人の側に立って会話に加わってくる。

 

「二号機側は打ち放題だ。その近寄るというのが最初にして最大の関門だな」

「そんでもって近寄っても機体の格闘戦性能はほぼ互角。反応速度が武器になるか」

「……その辺りはよく分からないわね」


 クレアが肩を竦める。騎士科と同じような訓練も受けている魔導科とは違い、錬金科は本当に研究中心だ。流石に戦いの機微となると匙を投げるらしい。

 

「この模擬戦が終わったら一号機を二号機と同仕様に換装するんだろう?」

「ああ。駆動系はチェーン方式とストリング方式の併用になりそうだ」


 結局、どちらの特性も捨てがたいという結論に達したのだ。消耗の大きい足回りはチェーン式に、格闘戦の上で瞬発力が欲しい腕部はストリング式に。

 

「それが終わったらいよいよ王都に運んでお披露目だ」

「楽しみな様な怖いような、ね」


 公表した後の反応は予想が付かない。クレアはそこに不安を感じているらしい。懸念していたよな開戦論が出ないように――既にイーサには手紙を送り、王都守備隊として押さえて欲しいという要望は出した。賢明な義兄ならばうまく動いてくれるだろうという信頼がカルロスにはあった。

 

「大丈夫だって。何とかなるさ」


 そのカルロスの言葉はクレアは小さく頷くのだった。

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