24 交換
「対人、か」
考えたことが無かったわけではない。そもそも現存する魔導機士も人と人との戦争に駆り出されているのだ。龍種との戦い以降に起きた戦争で魔導機士も少なくは無い。
「その辺り、カスはどう思っているのかしら」
しばし目を閉じて考える。魔導機士が歩兵相手に戦闘を仕掛けた場合……それは基本的に戦いにはならないであろう。ただ蹂躙しただけの結果が残る。例外は噂に聞こえてくる東方の戦闘民族だが――生身で魔導機士を押し返したと言うあたり眉唾である――大概はそうなる。
古式の魔導機士が出てくれば、立場は逆となるだろう。新式は現状古式には叶わない。それでも数の有利がある。常に多数で当たれば性能差も埋められるだろう。
言ってしまえば、魔導機士の量産が叶った時点でログニスは他国とは隔絶した軍事力を得る事になる。そうなった時に、欲望に囚われて軽率な判断を――他国へ戦争を仕掛けるような真似をする者がいないかどうか。
そしてもしも戦争になった時。
カルロス自身がそれに耐えられるかどうか。自分の作った物が人を殺す。その現実に対して目を逸らし続ける事は出来ない。
「俺は、俺達の作った魔導機士が魔獣から大勢の命を救うって確信している。それと同時に、戦争になったらこれまで以上に人が死ぬことになるっていうのもきっと間違いないだろうって思っている」
カルロスはその二つを天秤に乗せたのだ。乗せて、決断した。
「戦争は自然発生する物じゃないって知っている、俺はこの国の理性を信じている。軽率な真似はしないだろうって」
「もし戦争を始めようとしたら?」
「……正しい戦争なんてあるかどうか、正直分からないけど。それが間違っていると思ったら俺は他の国にこのデータを売り渡してでもログニスの暴走を止めるよ」
それは誰かに聞かれていれば反逆を疑われる言葉だった。もし、クレアがその事実をどこかに垂れ込めばカルロスの首は胴体から離れるカウントダウンを始めるところだった。無論、この会話はクレアの見守り役に聞かれているのだが、彼らもプロだ。クレアの意向が無い限りは聞かざるを貫くだろう。
「分かっているなら良いわ」
クレア自身、その問いには悩んだのだろう。自分たちが無邪気に追い求めていた物は兵器であるという事に。
「魔獣によって命を落とす人が一人でも多く減ると良いわね」
「ああ。本当だな」
――だが、二人ともまだ認識が甘かった。その技術を奪い取ろうとする者がいる事に。例えその為に人の命を奪ってでも。
「ああ。そうだ。丁度いいからこれ」
カルロスは鞄の中に入れていた包みを取り出す。先日購入して、タイミングを見計らっていたら渡しそびれていたハンカチだ。クレアは何気ない風を装いながらそれを受け取る。
「ありがとう。これ、カスが選んだのかしら?」
いきなり鋭いところを突かれたカルロスはどもらないように気を付けながら予め用意しておいた言葉を口にする。
「まあちょっとアドバイス貰ったりしたけどな」
「……そう。でも最終的に選んだのはカスなのよね」
「まあそうだな」
「大事に使うわ」
そう言いながらクレアはそっと自分の鞄の中に包みを仕舞い込み、代わりに別の包みを取り出した。
「お返しよ」
「ハンカチ自体が弁償みたいな物だったと思ってたんだが」
「あら。そうだったかしら」
惚けた風を装うクレアにカルロスは何も言えず、渡された包みに視線を落とす。
「開けても?」
「どうぞ」
開いた包みの中にあったのは、一組のグローブ。革製のそれは無頓着なカルロスが見ても上質な革で出来ていた。
「これ、凄い高そうなんだが」
「そうでもないわよ。材料は持込みだもの。実質職人の作成費だけよ」
「持ち込み?」
一体何の革だろうかとカルロスは視線を凝らす。解法で解析すれば一発だが、それでは面白みがない。いつぞやどこかで見たワニの革を使った鞄と似ていると思う。
クレアが持ち込んだという事は、どこかでクレアがこの革を調達したという事だ。作成費以外費用が掛からないという事は、買ったのではなく自力で手に入れたのだろう。だが、カルロスと共に狩りにはこのところ行っていない。と言うよりも魔導機士の作成にかかりきりだったのだからそんな余裕は無い。
「ふふ。当てて見なさいな」
楽しげにクレアがそう言う。笑みが雄弁に分からなければ解法を使ってもいいと言っていた。だが使ったら負けだ。カルロスは必死で頭を働かせる。クレアはフェアだ。全くヒントの無い状態でこんな質問はしてこない。つまり、カルロスも既知の物という事だ。
そう考えれば答えはすぐに出た。
「分かった。地竜の革だなこれ」
「正解。意外と速かったわね」
本体はテグス湖の底だが、尻尾だけは切り落としたので回収できていた。クレアはそこから一部剥ぎ取って加工したのだろう。
「職人が言うには、剣を叩きつけられても斬れないそうよ」
「まあやったらに頑丈だったからなあいつ……」
拳は砕けるかもしれないから気を付けて、と恐らく活用しない注意を受けながら早速カルロスは手に嵌めてみる。
「ぴったりだな」
「そう、良かったわ」
とクレアはすまし顔だがカルロスとしては看過できない事が一つある。
「なあ、お前俺の手のサイズ何てどこで知ったんだ?」
「秘密よ」
ちょっとだけクレアが怖くなるカルロスだった。
「まだ、カルロスの負債は残っているから次は何を返して貰おうかしら」
「待て。初耳だぞそれは」
「あら。覚えてないとは言わせないわよ。倉庫半壊の時に私の機材とか全滅したのだから、きっちり弁償して貰わないと」
「……弁償」
「弁償よ。もちろん。例え研究パートナーだとしてもその辺りはきっちりしないとね」
「幾らくらいだ……?」
カルロスは頭の中で計算を始める。リレー式魔法道具の特許料はカルロスにパッと見使い切れない程の資産を与えてくれた。だがそれとて無限ではない。クレアが一体機材にどれだけの費用を注ぎ込んでいたのか。ウィンバーニ公爵家の本気が今明かされようとしていた。
「そうねえ」
顎に人差し指を当てて考え込み、何かを思いついたように笑みを――カルロスの視点では邪悪な――浮かべた。
「おまけしてカスの生涯年収の半分でいいわよ」
何て凄まじい金額だろうか。カルロスは戦慄した。これが公爵家の本気、と。
何も察していないことを察したクレアの鋭いローキックがカルロスの脛を襲った。
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