25 護衛部隊の派遣

「陛下。アルバトロスがこちらの動きに気付いたようです」

「ふむ、存外遅かったな」


 ログニス王国王都。ログニールが王城の一角。国王――ハインツ三世と高位貴族らが集っての会議が行われていた。

 

「学生を中心とした魔導機士の量産計画。こんな物にアルバトロスが興味を示したと?」


 大層立派な腹を揺らして馬鹿にしたように言うのはログニスの東部を治めるチリーニ侯爵だ。学生と言う時点で既に下に見ており、出来るわけがないと決めつけている。

 理由は簡単だ。嘗て彼も同じように魔導機士の量産を目論み、そして失敗した。多額の資産を投入した結果チリーニ侯爵家が傾きかけたのだ。

 

 その言葉にどこか揶揄する様な響きを滲ませて、反論したのは老境に差し掛かった男。アルニカ領を含む王国東部を纏めるアズバン侯爵だ。

 

「いやいや。若人の才気と言うのは馬鹿にできませんな。こうして老人はただ管を巻くくらいしか能が無くて嫌になってしまう」

「ご老体。それは私の事を言っているのかな?」

「ほほ? これは失敬。自嘲のつもりだったのだがの。思う所でもあったかの? これは失敬失敬」


 チリーニに対する当て擦りだったのは明白だが、それを指摘しても話は進まない。

 

「既に簡易報告はいくつも来ている。十分な成果が上がっていると言えるだろう」


 赤い髪を後ろに撫でつけ、鋭い双眸で手元の書類を読み上げるのは王国南部、最も過酷で、将来性があると言われる土地を支配する男。レクター・ウィンバーニ公爵。クレアの父親でもある彼は娘に良く似た色の髪以外共通点が無い。もしもこの場にカルロスが居たらクレアは母親似なのだろうと感想を溢す所だ。

 

「ウィンバーニ公爵もアズバン侯爵も失礼ですが、身内が絡んでいるので少々公正な判断が出来なくなっておられるのでは?」


 チリーニがいやらしい笑みを浮かべてそう言った。なるほど確かに。中心人物となっている二人の内一人は公爵の娘。もう一人はアズバン侯爵の寄り子の後継者だ。

 今回の件でチリーニ侯爵の治める東部の人間が含まれていない。その為どれだけ功績を上げても一切それに関われないのだ。腐れもするし、他の者の足を引っ張りもする。

 

「私も報告は読みましたがねえ……とてもとても現実的な内容ではない。これを学生が成したなどとはとてもとても」

「そうか? 私は有り得ると思うがね」


 持論を滔々と語るチリーニ侯爵の言葉を遮ったのは刈り込んだ茶髪の肉食獣めいた男。国境の守りの要。北部を預かるアルド・ノーランドが獰猛な笑みを浮かべた。

 

「一度会ったことがあるが、才に溢れた者だった。その時点で我が家秘蔵の古代魔法文明の魔法道具を解析して見せたからな。ああ、そう言えばその節は卿にも借りを作ったな」


 ちらりと視線をレクターの方にアルドは向けた。それに対してレクターは表情を変えることなく淡々と答えた。

 

「全ては娘の独断だ。私が何かしたわけではない。借りと言うのならばそれは娘に対する物だろう」

「ほう。まあならそういう事にしておこう」


 そう言って話を戻す。

 

「既に一号機は魔獣との戦闘もこなして戦闘能力に問題が無いと確認されている。二号機も前回の報告時点ではほぼ完成しているとの事だ。成果としては最上だろうよ」

「ですからそれは――」

「己の常識だけに囚われて、下からの報告を信じることも出来ないのならばチリーニ侯爵。この会議から席を外せ。ただ騒ぎ立てるだけの輩は不要だ」


 その言葉にチリーニが顔を真っ赤にして立ち上がった。

 

「き、貴様! 誰に向かって口を……」

「ノーランド公爵が、チリーニ侯爵に向けて聞いている。貴様こそ立場を弁えろ」

「へ、陛下! こやつは強引な手口で己に反対する者をこの会議から排除し、自らに都合の良い話を進めるつもりです! 罰を!」

「……チリーニ侯爵。会議が進まん。これ以上騒ぎ立てるのならばノーランド公爵の言うとおり会議から出て行ってもらう」

「へ、陛下……」


 溜息交じりに切り捨てられたチリーニ侯爵は消沈して席に戻った。漸く静かになったと思いながらウィンバーニ公爵に話を振った。

 

「一応エルロンドだからうちの担当だ。私が仕切らせてもらうが構わんかね?」

「異論はない」

「儂も構わんよ」


 二人からの――チリーニ侯爵には最初から聞いていない――了承を得たアルドはハインツ三世に向けて話を続けた。

 

「現段階である程度の量産が可能ではないかと言う資料もあります。機密保持の為、現在はエルロンドから一切の資料の持ち出しを行っていませんが、近い内に王都まであらゆる情報を運び、物理的な防衛力を持たせるべきと考えます」

「ふむ、今のエルロンドを拠点にする、ではダメなのかな」

「国境に近すぎます。本来なら研究開発の時点で中央に近い位置で行いたかったですが、そこは人員の動きも悟らせないようにするための処置でしたので仕方ありません」


 実際問題として、王都に近ければ近い程間諜の数は増える。必然的にその近辺となるともっと早い露見の可能性はあった。

 

「アルバトロスが動き出したというのならば早急に部隊を派遣しての技術者の保護を行うべきと考えます」

「ふむ……ならば選は任す。エルロンドの防衛と、王都への移送時の護衛を兼ねて一大隊を派遣せよ」

「御意」

「では次の議題に移るとしよう……オルクスからの使節団の派遣の件だが……」


 御前会議で決定したエルロンドへの部隊の派遣。その報を聞いた軍の作戦部の人間はしばし考えた後、一つの部隊の派遣を決定する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 エルロンド外周の門。そこで一人の男が門兵と話していた。

 

「なるほど。魔導機士用の格納庫は現在占有されていると」

「はい。閣下」

「となると私の機体は外に置くしかないな……私の部下たちはせめて屋根のあるところで休ませてやりたいのだが、そちらは大丈夫なのだろうね?」

「はっ。部隊総員を収容できる設備を確保してあります」

「結構。では部下たちの入門許可を」


 そう言いながら男は懐から取り出した印章を差し出す。勅命を受けた部隊のみが所持を許される印章はそれだけで煩雑な手続きを飛ばせるほどに絶大な威力を持つ。

 

「承知いたしました。長旅お疲れ様です。閣下! こちらの者が案内します!」

「君もご苦労……では第十三大隊! 長旅で疲れているだろうが、最後まで気を抜くな! 第十三大隊が軟弱揃いでは無い事をエルロンドの方たちに証明しろ!」


 野太い声の唱和。部下たちの規律を引き締めたことを確認して、大隊長であるヘズン・ボーラスは満足げに頷いた。

 

「良いか! 我々は重大な任務の為にここに来ている。張りつめていろとは言わん。だが即座に動けるように備えておけ!」

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