22 胎動する二号機
試作二号機の建造が始まった。
一号機から得られたデータをフィードバックして、量産を可能にすべく構造、工程の簡略化を進めていく。そうした中でカルロスが技師の一人に聞かれた。
「親方。二号機は駆動系をどうする? 一号機と同じチェーン式か、ストリング式か、巻き取り式何て変わり種もあるぞ」
「……最後は冗談だろう?」
「ところが第十一工房の魔導機士は巻き取り式なんだな」
「マジかよ」
魔導機士の駆動系は現状、ストリング式が主流だった。魔力で指令を出すことで伸縮する性質を持たせた銀を細く加工したアルジェントストリングを複数本筋肉の様に配置することで、機体を動かすタイプだ。チェーン式の場合は糸状の部位を太くし、チェーン構造に置き換えただけの物だ。そのままアルジェントチェーンと呼ばれている。
対して巻き取り式と言うのは関節部でただのワイヤを張る、緩めるを繰り返すことで動かすという構造だった。
「まああそこはワイヤ伸ばして腕を数十メートル先まで飛ばす様な事やってるから巻き取り式にせざるを得なかったんだけどな」
「うちは普通に行こう」
ちょっとだけ、腕を伸ばすというのに心惹かれる物があったが、今作っているのは汎用性の高さを求めている機体だ。飛んでいく腕の幻像を振り払って話を進める。
「一先ずストリング式にして一号機と比較試験を行えるようにしよう」
「了解だ。まあ古式の機体なら兎も角、新式は整備性も大事だからな……」
「多分チェーン式になると思うけどな。耐久性とパワーが段違いだ」
ほぼ同じ駆動方式であるチェーンとストリングだが、大きな違いは整備性とパワーだ。
チェーン式はチェーンの一つが欠けてもそこだけ補修すればすぐに復帰できる。対してストリング式は一本切れたらその一本は総取り替えだ。そしてチェーン式は一つ一つのチェーンが収縮するため、ストリング式よりも継続した出力に長けている。
無論、ストリング式にもいいところはある。その最たるものは反応性だ。指令に対してクイックな反応。そして瞬間的な速度はチェーン式では及びもつかない程に早い。その分消耗も早いが、格闘性能は大きく高められる。
「ちょっとした損傷をすぐに直せるっていうのは大きいよ」
「ストリング式だとそれなりの工房が無いとアルジェントストリングの取り外しが出来ないからな」
そうなると整備できるか所は大きな都市に限られてしまう。魔獣対策として各地に散らせたいカルロスとしては余り嬉しくない特性だった。
「後は、お姫さんの新型魔導炉か……なんだかおっさんとしてはこの頃目まぐるしく技術が発展しているのが肌で感じられてついて行けんよ」
「またまた。まだ若いじゃないですか」
「頭は固くなったとここ数週間痛感しているよ。ったく、出力を上げようとみんなが躍起になっている時に逆に下げたり、魔力を戻したり……そんな発想全然出てこなかったよ」
技師は遠くを見るような目をする。
「何だろうな。きっとお前さんらの仕事は歴史に名前を残すんだろうよ。そう考えるとそこに関わっているのが誇らしく思えるな」
「むしろ全員で名前刻んでやりましょうよ」
「はは! そりゃいいな! んじゃ歴史に名を残すために一働きすっかね」
笑いながら他の技師達にストリング式になったと伝えに行く技師と入れ替わる様にやってきたのはグラムとテトラだった。二人して何か言い争いながら来ている。何時もの光景だが、以前とは違いお互いに額が触れ合う程に近づいて喧々囂々とやりあっていた。
「……仲良くなったのかな」
この光景を仲良くなったというにはカルロスとしても些かの抵抗があったがそんな呟きが漏れた。
「カルロス、やはり新たに攻撃用の魔法道具を搭載するなら火だよな!?」
「いいや、氷だね! そうだよね、あるにか!」
「いや、土だが」
いきなり勢い込んで聞いてきた二人にカルロスは冷静に返す。当初から遠距離用の攻撃には土系統の創法による物を使うと決めていた。
だがそれを聞いた二人が噛み付く様に聞いてくる。
「何でだ!」
「何でさ!」
「お前ら実は仲良いだろう? 単純に消費の問題だよ。土なら足元から持ってこれるから魔力の消費を抑えられる。火や氷を作るのにまで魔力を使ってたらあっという間にエーテライトが枯渇しちまう」
そう言うと二人は即座に考えを切り替えた様だった。
「よし、頭でっかち。この前やったあれを魔導機士用に拡張して魔法道具にしよう」
「ああ、あれか。大雑把女。生身の人間で使用してもそれなりに威力があったからな。あれなら中型魔獣でも一撃だろう」
「お前ら和やかに会話しているように見せかけて足元でお互いの爪先踏みあうのは止めろよ……」
上半身を動かさずに足だけが忙しなく動いているのは見ていて少々気味が悪い光景だった。
「気にしないでくれたまえ。それじゃあカルロス。僕らは作業に入る」
「吉報を待っていてくれたまえ、あるにか!」
やっぱり仲が良いのではないだろうか。二人の捨て台詞を聞いてカルロスはそう思う。そして次に来たのはケビンとカルラだった。
今日は引っ切り無しに誰か来るなと思いながら二人の方に向き直る。
「カルロス。ハーセンから提案されたんだが、魔力に余裕が出来たのだならば、操縦席に活法の魔法道具を置くのはどうだろうか」
「活法の? 肉体強化とかか?」
「いいえ、肉体強化じゃなくて三半規管の正常化です。その、ちょっと前にスレイ君が操縦席から降りた後に辛そうにしていたので」
「ああ、馬車酔いみたいになったって言ってたな」
それを防ぐための三半規管の正常化か、とカルロスは納得する。馬車酔いになりやすい人間でもそうすれば乗れるようになるだろう。
「クレアちゃんが作っているので魔法道具の積載数が増やせるって聞いたからお願いしようって思って」
「俺も時々辛かったからな。操縦者としての意見も伝えに来た」
「なるほど……」
カルロスは手元のメモに搭載予定リストにカルラの言った魔法道具を追加する。既存の物には無いので新規開発の必要があった。
「それじゃあハーセンには悪いけど中心になって魔法道具を作ってくれ。活法得意だろう?」
「う、うん。頑張るね」
「被験者なら任せておけ。はりきってやるさ……トーマスの奴が」
「アイツ結構酔うタイプだった物な……」
実験相手には事欠かないらしい。珍しい組み合わせだったと思いながらカルロスはまた二人を見送る。
建造中の試作二号機を見てカルロスは満足げな笑みを浮かべる。
「待ってろよ……皆の度肝を抜いてやるからな」
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