39 帰り道
「それじゃあ十……何回目だっけ?」
「グラム。さっき乾杯はもうやめようって話をしただろう」
「ケビン、ケビン。グラムじゃないから。俺トーマスだから……ところで何でお前ら二人いるんだ?」
騎士科は見事に酔いつぶれていた。飲み過ぎである。この結末は予測できていただけに余り驚きはない。
「ん……もう食べられません」
「おーかるかる何てベタな寝言をー」
錬金科はまだライラが比較的意識がハッキリとしている様だった。対してカルラは熟睡である。天使天使言われているだけあって寝顔も天使の様だった。
「だーかーらー頭でっかちは女の子にモテないんだよ」
「ふん。だから君みたいな大雑把女は男からもあれはないわーとか言われるんだ」
「あ、やんのか」
「やってやろうじゃないか」
魔導科は先ほどまでベロベロに酔っていたグラムが水を飲んで回復し、逆にテトラの方が大分酔いが回っている様だ。
普段なら一蹴できるグラムの皮肉を真っ向から受けとって机の下でお互いの足を蹴りあっていた。やる事がみみっちいとカルロスは思う。
「うへへへ……」
そして隣ではだらしない笑みを浮かべてクレアが机に突っ伏して眠っていた。
「おーあるあるはそんなに酔ってないみたいだねー?」
「うちの家系は代々強いからな」
アルニカ家はやたら日常的にアルコールを使うからだという父の説は流石に間違っていると思うが、アルコールには強い体質だった。
それを抜きにしても、余り自分のペースで飲めていた訳ではないという理由もある。
「まだ腕動かないのー?」
「いや、指先以外は大体動く様になってきた。指先も感覚が戻ってきたし、もう少しじゃないかな」
融法で魔導機士――エフェメロプテラと同調していた事の弊害だった。特に、最後の右腕を切り離した事。それは自分の右腕を切断したと錯覚してしまう程で、今日に至るまでカルロスは碌に右腕を動かすことは出来なかった。
クレアが甲斐甲斐しく世話を焼いていたのはそれも原因の一つだった。
「あい、私に任せてください!」
顔を真っ赤にしたままのカルラが挙手をしながら起き上る。どう見てもまだ酔いが回っていた。
「私の活法でアルニカ君の手を治してあげます!」
「いや、これそう言うのじゃないから……」
活法は肉体の活性化だ。傷の治りを早くしたり、筋力を上げたりと言った効果で医療目的で良く使われるのは確かだ。
だが今回のは言ってしまえば重度の錯覚だった。活法の出番ではない。
「良いから任せてくらさい」
呂律のまわっていない口調でカルロスの手をしっかりと握りしめる。そのまま唸るが特に何も起こらない。
「んー? 変ですね」
「いや、今魔導炉無いからな。魔力なければ魔法は発動しないだろう」
「あれ、どこに置いてきちゃったんですかね」
「自分の部屋じゃないかな……」
完全に酔っ払いの言動だった。天使と呼んでいる生徒たちには見せられない姿だ。
そんな事を思っていると個室の扉が控えめにノックされた。
「お客様。申し訳ございません。そろそろラストオーダーの時間となりますので――」
「分かりましたー」
ライラが返事をしてクレアの肩をゆすった。
「くれくれー。起きて。ラストオーダーだってよ」
「とりあえずワイン九人分で」
「かしこまりました」
ケビンがさっさと注文を済ませていた。先ほどまで赤らんでいた肌が大分白く戻っている。
「何したんだ?」
「活法でアルコールを抜いた」
良く見れば、ケビンはこの場にも魔導炉を持ってきていた。それを使って身体のアルコールを分解したらしい。視線で問いかけると肩を竦めた。
「こいつらを担いでいく役目があるからな」
「なるほど」
眠っていた面々も身体を起こして各々グラスを手にする。
「それじゃあ何回目か忘れたけど最後に乾杯するか」
ガランは酒好きだけあって、隙さえあれば乾杯をしたいらしい。その言葉にトーマスが苦笑いを浮かべた。
「まだすんのかよ」
「今度は何に乾杯するの?」
カルラがそう問いかけるとガランは自信満々で言った。
「無論、俺たちの友情にさ」
「え」
誰かが突っ込むよりも早く、クレアの意外そうなつぶやきが漏れた。
「グレイ……貴方私と友達のつもりだったの?」
「うおい! マジかよ。クレアちゃんひどくない!?」
「冗談よ。一応友達のつもりよ」
「一応が付く辺り不穏なんですけど……」
そんな漫才めいたやり取りをしている間にさっさとライラが音頭を取ってしまった。
「それじゃー私たちの友情にーかんぱーい」
『かんぱーい』
「ちょ、乾杯! 俺の役目!」
「油断するのがいけないのだよーきみぃ」
そんなやり取りを最後にそれぞれ帰路に就いた。
騎士科の三人はまだどこかで飲むつもりらしい。
錬金科の二人はそのまま帰る様だった。
魔導科の二人は気が付いたら二人してぎゃあぎゃあ言いながらどこかに歩いて行った。あいつら実は仲良いだろ、とカルロスは思う。
「で、お前はグロッキーか……」
動かないのが指先だけで良かったとカルロスは思う。どうにかクレアの身体を背中に乗せて歩くことが出来る。見張り役の物であろう視線を感じるが、何かを言われることも無かった。
「ったく酒に弱いのにこんな飲んで」
当人は幸せそうに眠っているのがカルロスとしては腹立たしい。
「ん……ありがとう。カルロス」
「起きたのか」
眠っている物とばかり思っていたが、どうやらクレアは目を覚ましていたらしい。しばし無言で歩く。
通りの角を曲がったところでクレアが耳元で囁いた。
「好きよ、カルロス」
それは余りに小さな声で、聞き間違いかと思う程だった。カルロスはどう返事をするか迷い。
「素面の時に聞きたいな。それは」
「それは無理よ」
どこか寂しそうに、切なそうに、辛そうにそう言った。
「私は公爵家の娘だもの。クレア・ウィンバーニなのよ。私の血肉はウィンバーニ家の為にある」
諦めたように言う。
「私の恋は私の物にならないの」
それは自分に言い聞かせる様で、同時にカルロスに言う様だった。
「私が将来結婚する相手はそうする事でウィンバーニ家の利益とならないといけないの」
だから。と言葉を続けた。
「頑張って」
その言葉だけで、カルロスは何だって出来る気がした。魔導機士の再興。それを目指す理由の中で漠然としていた物が一つ明確になった。
「ああ。頑張るよ」
何としてでも成し遂げたいと、今まで以上にカルロスは思うのだった。
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