33 第三十二分隊の戦場

「あれは……魔獣か?」

「いや、エルロンドの方から来たから魔獣じゃねえだろ……多分」


 トーマスの疑問にガランが答えるが、ガランも自身が無さそうだった。巨大な人型と言えば魔導機士なのだが、どうにも頭部が凶悪に過ぎる。今にも口を開けて齧り付きそうだった。

 はっきり言って生物らし過ぎてグロテスクだった。


「何かあれ、押されてねえか……?」


 命辛々の思いをしながらどうにか地竜が暴れ回る範囲から離脱したケビンは息を整えながら、隣にいる二人の会話を聞いていた。

 

「押されている、っていうよりそもそもまともに攻撃できてないみたいな?」

「そう、それだ! 徒手格闘型の魔導機士かと思ったんだけどそうじゃないみたいだし」

「つーか。あれどこの機体よ。初めて見るタイプなんだが」


 その言葉にケビンも記憶を探る。少なくとも、エルロンド近郊の街で配備されている物では無いだろう。魔導機士の数はそう多い物では無い。国内の数は確か三十にも満たない筈であった。エフェメロプテラの姿は当然ながらそのいずれとも一致しない。

 

「どこかで発掘されたのか……?」


 古代魔法文明時代の遺跡から魔導機士のコアユニット――魔導炉と操縦席を含めた一式の装置――が発掘され、それが新たな機体となった。有り得ない話ではないが、それならば噂の一つも聞こえてきていい筈。加えていうのならば、やはり何も武装を持っていないというのはおかしな話だとケビンは考える。

 疑問を覚えながらもケビンは色々と言いあっているガランとトーマスの二人に指示を出す。

 

「一先ず他の隊員と合流しよう。作戦を立て直すぞ」

「ういーっす」

「分かった」


 巻き込まれてはシャレにならないので大きく遠回りをしながら、作戦が失敗した時の合流ポイントへと向かう。だがそこにいたのは予想に反して四人だけだった。二人足りない。

 

「ハーセン、アッシャー。アルニカとウィンバーニはどうした?」


 まさか、と言う言葉を飲み込んだ。四人の表情には沈痛な物は無く、困惑の色が濃い。顔を見合わせてグラムが答えた。何時も通り苛立ったように、だが当人も信じられないという様な面持ちで。

 

「アルニカは、あのグレイウルフに何かして使い魔にした後、街の方に向けて逃げ出した」

「えっと……クレアちゃんもです。手伝わないとって言ってアルニカ君の後を追いかけて……」


 グラムの逃げ出した。と言う言葉にケビンは再度まさか、と言う言葉を飲み込んだ。窮地に置いて人の本質は現れるという。だが自分の友人が逃げ出すような人間だったというのは僅かなショックを与えた。

 

「アッシャー。報告はちゃんとしようよ。あるにかが言っていたのは『時間稼ぎをしてくる』だったでしょ」


 グラムの姓名を呼ぶときだけ声が冷たかった。相変わらずこの二人は反りが合わないらしい。だがその言葉にケビンはまた首を捻った。時間稼ぎとは何に対する物か。


「時間稼ぎって言ったって街の方に逃げて行ったのは事実だろう!」

「あるにかがあの使い魔を出してくれなきゃあの魔導機士が来る前にテトラたちは全滅してたよ!」


 お互いに歯をむき出しにして額を突き合わせて唸りあう。ケビンはふと争いは同じレベルの物としか発生しないという言葉を思い出した。

 

「んーていうかさー」


 ライラがこの状況にも関わらず常と変らないのんびりした声音で言う。

 

「あれに乗っているのがあるあるとくれくれなんじゃないの?」


 その言葉に七人が固まった。魔導機士に、二人が乗っている。その言葉にケビンも記憶を刺激される物があった。何時だったかカルロスは言っていたのだ。魔導機士を作りたいと。

 エフェメロプテラが街の方から来た。その事を今更ながら思い出した。

 そして、あのグロテスクなフェイス部。カルロスの趣味っぽいという妙な信頼感。

 

「まさか、本当に……?」


 作ったというのだろうか。その疑問を深く追求する余裕は無かった。

 

「っていうかやばいぞ! やられそうだ!」


 トーマスの声に一機と一頭が戦っている方向に視線を向けると尾の一撃を受けて黒い巨体が尻餅をついている所だった。地竜がその相手を踏み潰そうと突進する。

 

「っ! アッシャー! 目晦ましだ!」


 咄嗟に出した指示にグラムは素晴らしい反応速度を見せた。グラムは最小クラスの火炎球の魔法を地竜の眼の上にピンポイントで創り出した。地竜と言えども、それを眼球でまともに受けては傷を負う。咄嗟に目を閉じる。

 

 それと同時、流れを読んだテトラが地竜の足元に浅い穴を開ける。気付いていれば簡単に踏み抜ける――しかしそこに地面があると思っていれば躓く程度の穴を。

 

 地竜が転倒した。その隙にエフェメロプテラが立ち上がる。ファイティングポーズを作るが、腰が引けている。その姿を情けないとは思わない。むしろ素手で良くここまで戦ったと思う程だった。

 

「あれに二人が乗っていると想定して援護しよう」


 とは言え、魔法での援護は今の様な嫌がらせが限界だろう。それにそれだけでは倒せない。

 

「武器……」


 ガランがそう呟いた。トーマスが同意するように頷く。

 

「ああ。そうだ。武器が足りない!」

「なるほど。武器か」


 エフェメロプテラが今最も不足している物は攻撃力である。素手では限度があるという事にここにいる面々も気が付いた。

 

「単純な土で作った剣でも固めればそれなりの強度になるか……?」

「私とかるかるが協力して創法で圧縮すればそれなりの硬さには。でも……」

「ごめんなさい。私たち剣の形状なんて全然知らなくて」


 ライラとカルラの言葉は悔しそうだった。錬金科、魔法道具を作る道を志す者として作れない、と言う言葉を出すのは屈辱でしかない。その言葉にケビンは自虐的な笑みを浮かべた。


「そこはここに何の役にも立てない騎士科の三人がいる」

「そう、俺たちがハーセンちゃんとレギンちゃんに手取り足取り腰取り」

「ガラン。今真面目な話をしている」

「すみません……」


 騎士科ともなれば多くの剣に触れる。多少は善し悪しが分かるようになったという自負があった。魔導機士用の装備となればまた使い勝手は別だろうが、それでも推測は出来る。

 

「大雑把な寸法を割り出す。少し待っていてくれ」


 そう言い残して騎士科の三人は頭を突き合わせて形状を検討しだした。

 

「仕方ない……僕らはその間、あの魔導機士がやられないように援護するぞ」

「む、アッシャーに言われなくてもそうするつもりだったし」

「ふ」

「ああん?」


 またしても火花を散らしたが、すぐに二人とも視線を逸らした。

 

「どっちが上かきっちり思い知らせてやるから死ぬんじゃないぞ」

「そっちこそ考え込みすぎて足を止めたりするんじゃあないよ」


 そんな風にお互いにエールを送りあって別々の方向に駆け出す。多方向から攻撃を加える事で地竜の視線を逸らそうという結論に二人同時に達していた。

 

「……やっぱり二人は仲良しさんだね」


 そんな光景を見てカルラはそう結論付けた。

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