死霊術師の人型兵器研究日誌

梅上

第一章 学園編:上

01 爆発

 爆発。

 

 大陸中央に位置するログニス王国。国内でも最大級の学び舎である王立魔法学院。魔力を扱う才を持った人間が魔法を中心とした技術を会得するための研究機関だ。

 その一角。研究棟と呼ばれる校舎群の一つが火を噴いた。大半はちらりとそちらに視線を向けてそれが錬金科の物である事を確かめると気にする素振りも見せずに直前の行動に戻る。

 時折いる唖然とした表情を浮かべているのは真新しい制服からして新入生だろう。非常に分かりやすい。

 

 逆に言えば平然としているのはこの学び舎に一年以上いる者達だ。つまり、一年もあればこの爆発は日常になるという事である。どこか冷静な部分が残っていた新入生がそんなことを考えた。そんな学び舎は嫌だと心の底から思う。

 

 爆発の中心点。そこには他の石造りの校舎とは違い、掘立小屋の様な木材で作られた粗末な小屋――の残骸があった。どう見ても内側から破壊されている。その木片などの中から這い出る様に出てくる人影が二つ。

 

 片方は金髪の少年だ。青年との過渡期にある年代特有の硬さと丸さを併せ持っている。身なりを整えれば女生徒の視線をさぞかし集めるだろうと思われるが、すすに塗れて制服は破れ、金髪は毛先が焦げ付いている今を見てときめくのは難しいだろう。

 

「また失敗か。中々上手くいかないな」


 その彼はぼやきながら残骸の下にいるもう一人が立ち上がるのに手を貸す。

 

「思ったよりも出力が上がっちゃったわね。良い素材を使いすぎたかしら」


 そう言いながら腕で長い髪を払うのはこれまた見目麗しい少女だった。少年同様にすすに塗れているが、その美しさは然程も損なわれていない。氷の様な冷たさを連想させる美貌は好みが分かれるところであるが、美しい事に変わりはない。鮮やかな赤毛から煤を落として、自分の服装に目を落として顔を顰めた。爆発によって制服のあちこちに穴が開いて下の肌が見えている。少女は迷うことなく少年の羽織っていたマントを奪い取って自分の身体に巻き付けた。

 

「……寒い」

「我慢なさい」


 女王様の様なセリフに少年はくしゃみを一つする事で抗議に変えた。まだ春が訪れたばかりだ。穴の開いた制服でいるには些か厳しい気候である。

 

「せめて研究室に行こうぜ……」

「全く軟弱ね」


 と言いながらも少女も略奪品と焼け焦げた制服では寒かったのか。それ以上は何も言わずに校舎の方へ――良く見ると石壁に爆発によってついたと思われる焦げ跡があった――向かう。当然の様に残されていた少女と自分の荷物を持ちながら少年も後に続く。焦げ跡を見て少年がぽつりとつぶやいた。

 

「また実験場所移せって言われそうだな」

「これ以上遠くなると戻るのが不便なのよね」


 溜息を一つ。校舎の中に入り階段を上る。途中煤を落としながら進む二人に用務員が嫌そうな視線を向けた。一年間毎日の様に汚していくのを寛大な心で見守れと言うのも酷だろう。階段を上る二人も余りに長い道のりにうんざりしながら足を動かす。

 

「十階建てとか作った奴頭おかしいだろ……上るのにどれだけ苦労すると思ってんだよ」

「文句が多いわね」

「誰かさんの荷物も持っているせいですけどねえ!」


 文句を言っても階段が自動で動く様になる訳ではない。――過去にそんな話を少女にしたところ、酷く優しい視線で見られたのは少年にとって余り思い出したくない記憶である。

 

 漸く辿り着いた十階。途中の階に空き室があるにも関わらず最上階を宛がわれているのは間違いなく嫌がらせだと少年は思う。

 ドアに掛けられたプレートは『魔力加工研究室』。その下にある行先掲示板の画鋲を差し替える。たった二つの画鋲。カルロス・アルニカとクレア・ウィンバーニ。カルロスはその二つを在室に刺す。クレアは当然の様にそれをカルロスに任せて一人さっさと研究室に入っていく。

 

「疲れたわね。カス。コーヒーよ」

「カス言うな。ルロくらい発音しろ」

「面倒くさいわ」


 ぞんざいな扱いを受けながらもカルロスは溜息を一つ吐くだけで済ませて買い置きのコーヒーを淹れる。凄まじい適当さで入れられたコーヒーは正直、カルロス本人も辛うじて人間が飲めるかなと言う出来でしかない。一度真面目に淹れ方を学ぼうと思ったのだが「今のカスのコーヒーが良いわ」と嬉しい事を言われたので結局今のままにしている。カス呼ばわりが嬉しかった訳ではない。

 

「ほい。コーヒー」

「うん、やっぱり実験の後はこのコーヒーね」


 口元に微かな笑みを浮かべるクレアの姿はこの研究室でカルロスだけが見れる特権だ。


「喜んでもらえて何よりだよ」


 言いながらカルロスも自分の淹れたコーヒーに口を付ける。何が良いのか彼にはさっぱりわからなかった。

 

「さて、今回の実験の反省をしましょ」

「まあどう見ても出力が上がりすぎたよな」


 彼らの研究テーマは魔力を生み出す装置、俗に魔導炉と呼ばれる装置の小型化だ。それなりの規模の街ならば街の中央に設置されて様々な魔法道具の動力として扱われているが、ちょっとした屋敷ほどもあるサイズだ。それ一つで街全体を賄えると考えれば十分な性能なのだが、二人が求めているのは人間くらいのサイズで人間の数倍程度の魔力を生み出せるようにしたいという物だった。

 

 もしも完成すればその価値は計り知れない。そのサイズならば持ち運びも可能になる。そうなれば開拓村への設置も容易となり、開拓の最前線で潤沢に魔法道具を使う事が出来る。高位の魔法使いがいないと出来ないような作業が各地で可能になるのだ。未だ国土の大半を未開拓の森林に支配されているログニス王国としては是非とも成功させてほしい研究だろう。

 

 とは言え、当然ながら有用性の高い題材だけあって同様の研究を行っている機関は多い。その中でもこの二人の研究室は学徒の身でありながら高い期待を掛けられてると言ってもいい。その妬みもあってこんな校舎の天辺に部屋を押し込まれたという側面もあった。


「小型化した装置に対して魔力が高すぎたな。今度は外装にも金を掛けないと」

「最高純度のエーテライトが一気に溶解しちゃった事の方が問題じゃないかしら。あの爆発的な魔力の増加に耐える素材何てそれこそアダマンタイトとかオリハルコンくらいしか無いわよ」


 カルロスの改善提案にクレアはそもそもの原因排除を求める。実際問題として、魔導炉の小型化の最大の障害は出力の均一化であった。

 燃料となる鉱石、エーテライト。それを高圧縮魔力に当てることで溶かしていくと魔力へと変わる。初回起動時のみ外部からの魔力を必要とするが、一度起動してしまえば後は定期的にエーテライトを継ぎ足していく事で半永久的に動き続ける。

 そうした中で問題となるのがエーテライトの融解率が一定ではない事だ。鉱物であるため、採掘されたエーテライトには細かな差異がある。溶けやすい物、溶けにくい物。それらが入り混じっていると溶けだした魔力の量が一定とならず、出力が落ち込んだり逆に急上昇したりする。

 一般の魔導炉が屋敷ほどのサイズになっているのはその出力を安定化させるための機構が大半と言ってもいい。その小型化が一番のネックなのだった。

 今回の爆発はその制御部分による物だった。最高純度のエーテライトは不純物が少ない分、出力の揺らぎが少ない。それでも起こる時は起こる物で、発生した瞬間的な出力上昇を抑え込むことが出来なかったのだ。

 

「単純に制御機構を小型化しただけじゃ追いつかないのはまあ、分かりきっていた事だけど」

「求められている性能に到達していない物ね。何とかなるかと思ったのだけど見通しが甘かった、かしらね」


 二人して溜息を一つ。能力不足だというのは前々から分かっていたのだが、では即座に解決策が思い浮かぶかと言えばそんな訳はない。現実問題としてこの百年近く碌に進捗の無い分野でもあるのだ。

 高頻度で爆発する様な代物でも、他の試作品に比べると魔力の生成に成功しているだけまだマシなのだ。他の研究施設ではそこに至る前に躓いている。――単に爆発ギリギリの所まで無茶をしないというのが正しいが。

 

「また材料の補充に行かないとね」

「制御機構考えないとな。取りあえずエーテライトはしばらくいいや」


 カルロスは遠まわしに実機試験は延期だと告げる。爆発を防ぐための手妻はカルロスもクレアも身に着けているが、好き好んでそんな物を眼前で受けたいとは思わない。魔導炉の状態を観察するために近寄る必要が無ければ十分な距離を取りたくて仕方ない。

 

「今回のレポートは……高性能爆弾ができましたっと」


 爆発はこの一年慣れた物だったが、今日のは一際凄まじかった。実験スペースとして学院の敷地に適当に作られた小屋が崩れたというのは中々ある事ではない。壊れるかもしれないとは思っていたが、実際に壊れた時の諸手続きを思うと今からカルロスは気が重い。特に何も言われた訳ではないのに彼一人でやる事が前提になっている当たり、二人の関係性がよく分かる。


「爆発の魔法道具として結構売れているわね、私たちの研究品」


 二人にとっては不本意ながら、初期の頃に小型化させた魔導炉の失敗品がサイズの割に破壊力のある爆発を生み出るという事で需要があった。魔力を通さない限り簡単には爆発せず、一度魔力を通すと一気に暴走して容器を粉砕しながら爆風と破片を撒き散らすという魔法道具になってしまったのだ。破壊力も中々の物なので、建物を壊す時に重宝しているらしい。

 今となっては重要な研究資金源となっている。先日ログニス王国の国軍と正式に提携を結んで大規模な発注がかかったので今後も定期的な収入を見込めるヒット商品だった。繰り返しになるが不本意である。

 次はもっと嵩張ってもいいから威力を向上させたものが欲しいというリクエストすら来ている。何時からこの研究室は爆発専門になったのかと二人して凹んだ記憶は新しい。

 

「カス。お代わり」

「偶には自分で淹れろよ……」


 文句を言いながらもカルロスは自分の分も含めてコーヒーを淹れに行く。完全に尻に敷かれていた。二人してコーヒーを飲んで溜息。

 

「中々上手くいかないわね。私たち」

「別れ話みたいに切り出されたのは兎も角、一年殆ど進捗が無いな」


 制御機構の問題。百年の壁は中々高い。学徒の身で簡単に解決できるような問題だったら、百年も研究が停滞する筈も無い。

 

「発想の転換をしないとな」


 尤もらしく頷きながら言うと、目を閉じながらコーヒーの香りを楽しんでいたクレアが片眉を上げる。


「例えば?」

「……あえて制御をしない?」

「爆発魔法研究に移行したいのなら引き留めはしないけど」


 長めの溜息を一つこぼしながらコーヒーカップをソーサーに戻す。クレアも今のカルロスの発言が冗談であるというのは分かっているのだろう。実際に研究室を抜けると言ったらクレアなりに必死で引き留めるだろう。二人は数少ない同志なのだから。それはこの魔導炉小型化研究だけではなく――。

 

「馬鹿言うな。俺は自分の夢を諦めるつもりはないぞ」

「ええ。私もよ」


 カルロスは口元に大きな、クレアは微かな笑みを浮かべて力強く言い切る。

 

『魔導機士の製造技術を再興させる』


 現存する神話の存在。遥か過去。偉大な魔法文明が遺した遺産を再び興すという大望。それを二人は不可能だとは思っていない。

 自分たちならば必ずやり遂げられると。そんな自信に満ちていた。

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