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 父の了承を得て、やっと踏ん切りがついた。



 ―花菜菱デパート―


 出社し課長に寮を出ることを告げる。


「結婚でもするのか?」


 無神経な上司の一言に、山川が振り返る。


「ち、違います。父が転勤で東京に住んでいるので、同居することにしました」


「そうか、君もそろそろ寿退職してもいい歳だ。ご両親のもとから嫁ぐ方がいいだろう」


「課長、私は残念ながら寿退職は致しません」


 これだから嫌だな。

 女の結婚適齢期は三十歳になる前だと、誰が決めたんだろう。


「雨宮さん、ご結婚されるんですか?」


 私と課長の話を聞いていた山川が、瞳を輝かせる。


「違うわ。勘違いしないで。父が東京に転勤したから、その社宅に転がり込むだけ。生活費の節約よ」


「なーんだ。残念。虹原さんがやたらと雨宮さんのこと気にしてたから、結婚するのかと思った」


 虹原が私のことを?

 山川は私が虹原と交際していたことを知っているのだろうか……。


 ――土曜日、寮の部屋も段ボールが山積みとなり、あとは引っ越し当日を待つだけ。


 荷物は少ないと思っていたが、荷造りしてみると意外とあるものだ。


 日向と一夜を過ごした翌日から、私は寮で食事はしていない。


 年齢は大人だが、精神的には大人になりきれていない。


 獅子ライオンから逃れる兎のように、私はじっと岩陰で身を屈め、突風や強風が過ぎ去るのを待つ。


 日向と食堂で顔を合わせることは気まずいし、社内でも日向と私の噂が囁かれ始めていたから、これ以上の接触は控えるためだった。


 ――昼時間。

 悪阻のため残っていた有給休暇を消化し長期欠勤していた留空が、久しぶりに出社した。


 あれから木崎との連絡は途絶え、留空と望月のサプライズパーティーの件は、宙に浮いたままだった。

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