陽side

154

 シャワールームから出ると、彼女の姿はそこにはなかった。


 白いバスタオルを腰に巻いたまま、ベッドに腰を下ろす。


 乱れていたシーツは、まるでベッドメーキングを施されたように、綺麗に整えられていた。


 ベッドの横に設置された電話の横には『先に帰ります』と、一枚のメモ用紙。彼女の綺麗な文字が並ぶ。


「雨宮さんらしいな」


 一緒に朝を迎えたいと思っていたのに、先に寮に戻るなんて……。


 スーツの上着のポケットから、煙草を取り出し口にくわえる。


 ライターで火を点け、フーッと息を吐き出す。


 銀座のプレミアム・ゴールドホテルで男性と一緒にいた彼女を、俺は拐って逃げようとした。


 衝動的に頭より体が勝手に動いてしまったんだ。


 彼女のことは何も知らない。知っているのは職場での真面目な彼女と、過去に出逢った大学生の頃の彼女……。


 俺は彼女に、自分の想いを押し付けたに過ぎないのか……。


 いや、彼女を強引に抱いたわけじゃない。彼女も同意の上でここに来たはず……。


「どうして先に帰るんだよ」


 少し苛立った俺は、灰皿に煙草を捻り潰す。


 彼女は真っ直ぐ寮に戻ったのだろうか……。それとも……。


 ふと不安になり、身支度を整え急ぎ寮に戻った。女子寮を見上げ、彼女の部屋の電気が点いていることを確認し、ホッと安堵した。


 ――俺達が過ごした夜……。

 彼女にとっては割り切った大人の関係だったのかもしれない。でも、俺にとっては軽はずみな行動ではなかったということを、彼女に伝えたい。


 だが獣のように突っ走るだけでは、彼女はきっと逃げてしまうだろう。


 俺はあの頃とは違う。本気で彼女のことを想っている。それを彼女にわかってもらわないと、この想いは永遠に彼女には伝わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る