【9】眠れる獅子は起こすべからず

柚葉side

75

「私の家は代々続く個人病院なんだ。南原のように大病院の御曹司ではないけれど、いずれ木崎クリニックを継ぐことになる。

 個人病院は経営も大変でね。ここに集まるセレブなお嬢様では勤まらない。

 私の両親は祖父から受け継いだクリニックの経営に全力を注いだ。子育ては家政婦に任せ、殆ど一緒に食事をしたこともない。だから幼少期にはとても寂しい思いをした」


 木崎はさらに言葉を続けた。


「一時は閉院も考えた個人病院を、両親が必死に立て直した。患者一人一人を大切にし、信頼を築き上げた。

 私は寂しい思いをしたが、今は両親を誇りに思っている。だが自分の子供に寂しい思いをさせたくはない。妻となる人にはクリニックではなく、家庭を守って欲しいと思っている。清楚で家庭的な女性をずっと探していた」


 清楚で家庭的……

 私はそんな理想的な女性ではない。


「木崎さんは誤解しています。私は清楚で家庭的な女性ではありません。それに教養もない。木崎さんに相応しい女性は他にいるわ」


 木崎は口元を緩めた。


「面白い、ますます気に入りました。是非今度ご一緒にお食事でも」


「……木崎さん」


 丁重にお断りしたつもりなのに、どうやら伝わっていないらしい。


「あら木崎さん、もう柚葉を口説いてるの?」


 困り果てていると、ナイスタイミングで陽乃が戻って来た。


「陽乃……」


 陽乃に目で助けを求める。


「柚葉、木崎さんは誠実な方よ。柚葉とはお似合いかも」


 だが、どうやら助け船ではなかったようだ。


「陽乃、無責任なこと言わないで」


 陽乃はクスクスと笑う。その仕草も色っぽい。


「留空も凄いわね。やっとモテ期に突入ね。美空はアイドルのマネージャーみたい。仕切りまくってる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る