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「そこを何とかお願いします。ねっ、雨宮先輩」


 山川は両手を合わせニコッと微笑んだ。普段はタメ口なのに、こんなときだけ『雨宮先輩』だなんて狡い。


 ◇


 仕事を終えた私は、麻布十番にあるフレンチレストラン『LaLaLa』に向かった。

 奇しくも、『LaLaLa』は虹原が私に交際を申し込んだ店だ。


 誰が幹事だか知らないけれど、本当に嫌味なセッティングだな。


 山川に無理難題を押し付けられた私の足取りは、足枷を装着されたくらい重い。

 同期の前で白々しく恋人の存在を聞くなんて、女優でもないのにそんな演技は出来ない。


 色んなことを考えていると店内になかなか入れず、同期の誰かが店に現れるのを店の前でじっと待つ。


 約束の時間は午後七時。

 みんなまだ来てないのかな?それとももう入店しているのかな?やはり、みんなより早く入店するべき?


「雨宮、何してるの?」


 頭上から優しい声がした。あの日の虹原とは別人のようだ。


「……わっ、虹原さん!?」


「そんな顔しないで。店に入ろう。予約してあるから」


「……はい」


 虹原にエスコートされ店内に入りボーイに案内された席は、窓際のテーブル席。個室ではなく、以前虹原に交際を申し込まれた時と同じ席だった。


 戸惑っている私。虹原は笑顔でコース料理をオーダーする。


「虹原さん……、同期のみんなは……?」


「ごめん、同期会の送別会は嘘なんだ。こうでもしないと、雨宮はもう逢ってくれないと思ったから。

 この間のことを謝りたくて……。本当にごめん。あの日、大阪異動の内示が出たんだ。これでエリートコースを外した。むしゃくしゃしていた時に、偶然例の画像を見つけたんだ。

 冷静になれば、あの女性が雨宮でないことはすぐにわかるのに、あの時は冷静になれなくて、雨宮に八つ当たりしてしまった……」


 虹原は私に頭を下げ、あの夜のことを詫びた。


 交際していた頃の、優しい眼差し。

 あの日激昂した虹原とは、別人のようだった。

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