【1】お節介は兎の身を滅ぼす

柚葉side

 ―二千十年七月―


「雨宮さん、新しい派遣先ですが」


「はい」


 雨宮柚葉あまみやゆずは二十二歳、大学四年。就職の内定が決まった私は、登録していた家庭教師派遣会社で、アルバイトを再開した。


「高三の男子なんだけどいい?」


 高校生の男子!?

 今まで女子生徒しか担当したことはない。


 高校三年生ともなると、大学受験も控えている。家庭教師の責任重大だ。


「男子ですか?私、受験生ではなく中学生の女子希望なんですけど」


「わかってるけど、今は男子生徒しかいないの。嫌なら他の人に回すけど、生徒を選んでいてはいつになるかわからないわよ」


 両親の仕送りだけではギリギリの生活。コンビニで働いた経験はあるが自己都合で辞め、その後は家庭教師で収入を得ている。


 アルバイト学生が生徒を選択することは許されず、男子生徒を受け持つことになった。


「家庭教師を選ぶのは生徒なのよ。あなたじゃないの。初日の顔合わせで断られないでね。当社の信用にも拘わるから、大学生のアルバイトだからって、遊び半分でされたら困るのよ。受験生の保護者は藁にも縋る思いで依頼されているのですから」


「はい。頑張ります」


「じゃあ、今から家庭訪問して、生徒さんの面接をして下さい」


「はい」


 私は期待に沿えるのかな。

 私はプレッシャーに弱い泥船だ。一緒に沈みそうで怖い。救命胴衣も浮き輪も私の船には備わっていない。受験に失敗しても責任取れないよ。


 どうせなら、女子中学生か女子高生の低学年ならよかったのに。



 ――家庭教師派遣会社を出ると外は雨。


 紺色の傘をさし、渡された地図を頼りに最寄り駅に行き電車に乗り込む。


 午後六時。

 電車の中は帰宅途中のサラリーマンや学生で、すでにすし詰め状態だった。


 満員の乗客、雨水と湿気で車内はじっとりした空気に包まれる。他人の傘があたっただけで、衣服は濡れ不快指数は上がる。


 乗客は苛立ち、狭い車内で不良学生の小競り合いが始まった。


 混雑した車内で、迷惑な話だ。


 ただでさえ憂鬱なのに、車内で騒がないで欲しい。眉を潜め騒ぎに背を向け、他の乗客同様傍観者となる。

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