第25話


「お前には期待していない」


 そう言われたのは、私の能力が人族並みだとわかった時でした。


 封魔一族にしてはひどく体は貧弱。外にでることすら危うい状態で、私は不良品のハンコを押されました。

 幸いそれで虐げられることは一族柄上なかったけれど、私はずっとひとりぼっちになってしまいました。


 家はとても厳しく、こんな私相手にはもう関わらないようにと、ほかの子たちにも言い渡されます。はじめはそんなことを無視して会いに来てくれる子もいましたが、長くは続きませんでした。


 ――ひとりぼっち。


 外にも出られず、暗い家の中で、いったいなにをすればいいのか、どうすればいいのか。


 非力がゆえに恐ろしい父に逆らうこともできません。

 ……今でも、思い出すことさえ恐ろしい、父の怒鳴り声。


 思わず涙が出ました。

 助けて、助けて。

 そんなことを呟きますが、当然誰も来ません。


 きちんとした食事を与えられ、ふさわしい教養を受け、しかしひた隠しにされる私の存在。

 そんなふうに年月が経つにつれて、多少は体は丈夫になり、外にでることぐらいはできるようになりました。


 ……でも。


 他の方々の楽しげな声が聞こえます。

 そちらを覗いて、話しかけようとして……躊躇します。

 私はなにもしりません。どういうことをすれば仲良くなれるのか、どうやって話しかければいいのか。


 私が知っているのは天から降ってくるような父の厳しい声と、淡々とした家の従者の教育口調。


 私はひとり、暗い家の中に戻ります。

 なにも、しないまま。


 その時は偶然かなんなのか、従者のひとりも家にはいませんでした。

 だからでしょうか、ひとりの男の子が、正面から扉を開けて、家の中に入ってきました。

 本当は部外者は、入れないはずなのに。


 彼は私と目を合わせ、きょとん、とした表情をします。

 私は他者の存在に怯え、顔を背けます。どうしたらいいのかわからなくて、なにをすればいいのか知らなくて。


「いっしょに、あそぼ?」


 彼は首をかしげながら、そんなことを言います。

 まるでそれが正しい言葉なのか、確信がもてないかのように。


 それが自分に向けられたものだとほんの少し、遅れてから気づきました。

 思わず慌ててしまって、


「私、ですか?」


 当然、私に言っているに決まってます。


 彼はおかしそうに笑いました。


「ほかに誰か、いたりする?」

「えーと、その、あの」

「外にいこうよ」


 彼が私の手を握ります。

 私はよくわからないまま頷いていました。


 明るい日光が目に突き刺さります。

 それに思わず手をかざし、


「どうして」

「ん?」

「どうして、ここに来たんですか?」


 彼はばつの悪そうな笑みを浮かべました。


「さっき俺たちのことみてたでしょ?」

「あっ……」

「なんだか寂しそうだったからさ。お父さんとお母さんに言われたんだー。困ってる子を見つけたら助けるのが封魔一族だ! って」


 彼は元気よくそう言いました。


「あの、あの。ありがとうございます……です」


「へんな喋り方」


 と彼は快活に笑いました。


 私はなにがへんなのかわからず、首をかしげます。

 たしか、「です」とつければ丁寧な喋り方になるはずです。


 突然強い風が吹きます。

 巻き上げられる髪を抑え、空を見上げました。


 驚くぐらい、綺麗な空でした。

 いままで気づかなかったけれど、木々のざわめきや、澄んだ空気の感触は、とても綺麗なものだと思いました。


 いろいろな音が聞こえます。

 景色は鮮やかに感じられ、ああ、私は今嬉しいんだ、ということがわかって。


「空、綺麗ですね」

「うん、結構俺は空とか好きかもしれない」

「いつも見上げれば上にありますよね。色とかが、私も好きです」

「うん、気が合うねー」


 そんなことを話して、私は彼の手をほんの少しだけ強く握ります。

 たぶん、嬉しくて自然と力が入ったのでしょう。


 彼はなにかをごまかすように手を握っていない方の手で頬を掻きます。


「俺、カルマ。君の名前は?」

「私は――」


 その時、足元の石につまずき、私は転んでしまいます。

 大慌てで彼が私を抱き留め、ほっと溜息。


「聞こえましたか?」

「うん、いい名前だ」


 彼は優しく、そう言ってくれました。


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