第22話 会いに行こう
◇
家族に、会いに行く。
番人様の言葉が耳に残っていた。それでもやらなければならないと思ったから、俺は今、走っている。
昔いた家は、ここからだと随分遠かった。普通にいくと時間がかかりすぎてしまうだろう。封魔一族は走ってもその身体能力の高さから相当な速度が出せるが、最短距離を行こうとすると森にぶち当たってしまい、そんな足場では大した速度も出せない。
解決策はひとつだ。木を飛び移って高速で移動する。
こんな距離をそんな移動方法で行けば当然、体力の消耗は激しいものとなるが……なに、修行の一環だ。
「……ぐ、死にそうなぐらい疲れるな」
たったひとりでぼやく。
なんとか渡り切ったので目的地まであと少しだ。
……少し休憩しよう。
鳥のさえずりと木々から差し込む光が心地よい。
目を閉じればいろいろな生物の鼓動を感じる。封魔一族の感知能力は、小さな動物にだって反応できる。
昔はよく、番人様とこういう修行をしたものだった。数えきれないアリの行動を感知したり、虫が歩き回っているのを把握したり。あまりにも多すぎる情報量に頭がパンクしそうになったものだった。
そうやってギリギリまで自分の脳を追い詰めて、強引に能力を底上げした。
そう言えばソラちゃんを最近見ないな、と思う。
いつでもどこでも、ずっといられるように、というコンセプトのもとに作り出した妄想友人。空がどこにでもあるからという理由で、適当にそこから名付けた。
少し寂しい気分にもなる。たぶん、もう俺には友人がいて、満たされていて、そのおかげで彼女は出てこなくなったのだ。きっとこれは良いことのはずだ。切り替えよう。
少し軽くなった腰を上げて、家に向かう。
昔、俺がいた場所。
どういう対応になるのだろう? はじめはやはり怖がられるのだろうか?
覚悟を持って臨もう。引き腰になっちゃだめだ。最初はいい感じにならないに決まってる。でも頑張って距離を詰めて、仲良く話して、昔みたいに父さん、母さんと呼びたい。
……番人様の言葉を思い出す。
どうせ無理だと、絶対に無理だと切り捨てるような言い方。初めての否定だった。それはたしかに、俺の決意を揺るがせた。
冷静になるべきなのかもしれない。両親は俺のことをもう愛していないのだ。今の状況が、それを示しているではないか。
……でも、いまさら引き下がれない。ここまで来てしまった。なのに今やめれば……それはなんだか、逃げてしまうみたいで。
どツボにはまる考え方だ。
でも、俺は――。
広く開けた場所にでた。緑の多い草原。
ここからかなり遠い場所で、大勢の封魔一族の影達が見える。たぶん、俺より年下の子だ。
その中で孤立している子がいた。性別はかろうじて女だと分かった。いくら俺が封魔一族だとしても、遠すぎてそれぐらいしかわからない。
俺が、あれぐらいの年齢の時。
その時、俺はひとりぼっちだった。
孤独の中で、彷徨っていた幼少期。
番人様は仕事のせいで毎回隣にいてくれるわけではなかった。俺はいままでの長い間、たったひとりで過ごした――。
そんな自分の姿と、あの孤立している子を重ねてしまう。それで少し、感情的になった。助けてやりたい、と。
なにやってんだか、と首をふる。
忌み子がそんなことをしたって余計に状況が悪くなるだけだ。どうせなにもできないくせに、同情だけを知らない奴に向けて……ばかばかしい。
……切り替えよう。俺はまず、自分のことを解決しなければ。
家が見えた。鋼の名門の職人が作った、石造りの、少し特別な家。
ノックしてみる。心臓がばくばく音を立てている。
返事がない。もう少し強めに叩く。結果は同じ。
誰もいないようだ。出かけているのだろうか。
周囲をうろうろしながら過ごす。逃げたくなってくる。拒絶されるのは目に見えてる。でも、両親は俺のことを愛してくれていた。その愛情は嘘ではないはずだ。
俺が孤独にあんなにも苦しんだのは、両親の温かみを知っていたから。それでそれを失って、悲しくて、辛くて。
今もはっきりと覚えている。両親の愛情は本物だった。それならば、復縁は不可能ではないはずだ。
……きた。
長い黒髪が見えた。俺と同じ髪の色。
長いまつげとほっそりと華奢な体つきは、女の子らしく、可愛らしく見えた。
名前はティカ。ほとんど話したことのない、俺の妹。
予想外の出来事だった。さっきまで両親になにを話すかを考えていたが、来たのは妹のほうだ。
内心慌てる。
いったいどうすればいい? ばかだ、これぐらいのこと、予想しておくべきだった。
「あの……だれですか?」
困惑したようにあちらから話しかけてくる。このような事態は珍しいのだろう。
迷って緊張して、それでも平静なふりをして、俺は口を開く。
「一応その……君の兄だ」
「……え」
表情が歪む。それがどんな感情なのか読み取ろうとした。
恐怖? 怒り? 喜び? それとも……。
「……なんでいまさら、戻ってきたのよ」
強い意志を秘めた黒い瞳。
まるで立ち向かうかのような、そういう類の。
「……ごめん」
そんな言葉しか出なかった。今まで考えていたことが霧散していく。
気圧される。こんな時に強くない自分が、情けなくなる。
ティカは――妹は、怒っても、怖がってもいなかった。
「そんなこと、言われたって……いったい、なにがしたいの?」
「その、あの、父さんと母さんと仲直りしたくてそれで、その」
「そのためにわざわざ会いに来たんだ」
「……うん」
「随分と、時間が経ってから来たんだね」と妹は言った。
たしかにその通りだった。本来はもっと早くに来るべきだったのだ。でも俺にはその余裕がなかった。
しかし、それは言い訳に過ぎない。根本的に、悪いのは俺だ。
「ごめん……もっと早く来るべきだった」
「そうでもないよ。アンタはずっと、ここに来なくてよかった」
拒絶の意志。
「お父さんとお母さんに会いたいって? アンタの気持ちなんてどうだっていいよ。もう、お父さんとお母さんの前には現れないで」
「……そんなの」
「せっかく、乗り越えたのに。なのにいまさら戻ってこないでよ! いまさら知らないわよ!」
たぶん、俺は両親にトラウマものの恐怖を産み付けた。実の息子に圧倒され、蹂躙されるなど……想像したくないぐらいに、惨い。
そういうことを。
「ほんとうに……ごめん」
「ごめん? そんなのどうだっていいよ……。もう、ここにはこないで」
涙の溜まった瞳。
「アンタがここに来たら、またお父さんもお母さんも傷つく。だから……お願いだから、もうやめてよ」
妹のなにかを守ろうとする態度。
――俺はそれを知っている。
愛情。なにかを守ろうとする行為。
両親が俺にくれたもの。番人様が俺に感じさせてくれるもの。
妹がしているのはそういうことだった。両親のことを思ったが故の、守るための行動。
俺はなにも知らない。両親が今までどうしてきたのか。妹がどんな思いで俺のことを聞かされていたのか。
きっと俺のせいで傷ついた両親の姿を見ているはずだった。だからきっと、妹は俺の存在を許さない。
両親を愛しているから、もう傷ついてほしくないから。
崩れていくものがあった。どんなことがあっても俺は両親と復縁するつもりでいた。でも、所詮俺は忌み子だ。最近友達ができたからって、忘れていたのかもしれない。
妹は俺の存在は両親を傷つけるといった。今更遅いと。もう終わったことなのだと。
思わずばつの悪い笑みを浮かべる。なんでこうもうまくいかないんだろう。忌み子と言う肩書が、すべてを邪魔する。
ライルの時の状況と似ている。しかし、まるで違う状況だった。
「もう父さんと母さんは、昔のことを乗り越えて、普通に過ごしてるんだよね?」
「うん。もう終わったことだから。もう終わったままでいいの」
「そっか」
背を向けた。泣きそうな顔を見られないように、俺が傷ついているなんて、悟られないように。
こんなことを思う資格なんてないのはわかってる。それでも……。
番人様の言う通りの結果になった。俺は、痛い目にあったのだ。
俺のことはもう終わったことで、両親は清算し終えている。いまさら行ったってことをややこしくするだけ。また、父さんと母さんが傷ついてしまう。
俺の居場所はもうない。このまま引き下がれば円満だ。すぺて丸く収まる。たぶん、それでいいのだ。
『お母さん大好き!』なんて言っていた幼い自分を思い出す。
もう終わってしまったことだ。父さんと母さんとの再会は叶わないし、もうそのつもりもない。
でもきっと、俺が番人になればすべて叶うはずだ。そうなれば父さんと母さんと、また笑って話せるはずだ。
番人になるというのはそういうことだ。里一番の権力者。きっと、なにもかも許される、誇りに思ってもらえる。
だから俺は、いっそう決意を固めるしかなかった。
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