第5話試合

ナルドは週一回の休みでギルドに通った。

二、三日は戻ると食事中も半分寝ながら食べ、

その後は夢も見ずに熟睡する状態だったが

次の週には少し余裕が出てきたようだ。

初めの内は筋肉質ではあるが細見の体を

もう少し大きくするのを目的に基礎訓練に

明け暮れていた。ただ俊敏性を損なわい程度に

留めるとゴランは言っていた。

その言葉とは裏腹に石臼を持ち上げたり

巨漢のゴランを背負い、何十段とある階段を

登り降りをするような、かなり厳しいものだった。

ゴランは「二日位は吐かせるつもりだったが

細身のわりにはタフだな。」とにやにやしながら

周りに漏らしていた。

おもしろいおもちゃを手に入れた子供の様に

楽しそうにゴランは過ごしていた。

二週目に入り、内容が変わった。

「お前は剣を振る時ほぼ筋力のみに頼っている。

もちろん基礎体力は必要だ。だがその筋力を

何倍のにもしてくれるジンを使わなければ到底

上に行く事はできん。どのジンが強いんだ。」

「だいたい均等だと聞いたが。」

「ほう。珍しいな。益々おもしろい。

ではまずジンを腹の辺りに集中させろ。

俺はそれが一番練りやすい。」

ジンには四つの属性がある。

火、風、土、水に分かれる。

火は風に強く、風は土に強く、

土は水に強く、水は火に強い。

もちろん、魔力の大小で逆転する事はある。

だが同じ魔力で比べた場合大きな差になる。

大抵の場合得意な属性がある。

土の属性が強ければ水の攻撃は弱められ、

風の攻撃には被害が大きくなる。

それを補うために魔力を込めた防具が存在する。

土の属性であれば水の防御力の高い

盾や鎧などを使用する事で威力を下げる事が出来る。

だがそういった防具は高価な物が多く、

一般にはあまり出回っていないのが現状だ。

この属性は武器にも当てはまる。

相手の弱点の属性に合わせるか、

もしくは自分の属性にを強める物を選ぶか

それもその状況で選択するのが一般的だ。

だがその人物の性格で、相手の弱点など

お構いなしに自分の属性を強化する者もいる。

その方が中途半端にならず、良い結果をもたらす時もある。

魔法に詳しい魔法使いや斥候の職業は

その調整を行う事が多い。

魔力に関してはもちろん魔法使いが専門家である。

斥候は職業柄防具や武器の知識が豊かである。

戦闘ではこの手の知識が大いに役立つ。

そのジンを戦士がどう扱うかをゴランは

ナルドに教え始めた。

普通の肉弾戦では属性は関係ない。

基本の筋力とジンの大小で強さが変わる。

もちろんそこに技術や俊敏性などいろんな要素が関わるが、

力の強弱は直接打ち合う肉弾戦では優劣を付ける一番の要因である。

「ジンをほとんど使わず、その力と俊敏性を出すとは、

珍しいな。属性が均等というのがその理由かのう。

わしも力の出し方は解っても、そういう細かい理論は

苦手でな。それこそアリナの小娘の方が詳しそうだな。」

そう説明するだけあって、ゴランの訓練は

根性論と擬音に満ちた、理論ではなく感性、

技術というよりは精神論といった類であった。

ナルドは言葉少なにその訓練を吸収していった。

アリナは歴戦の勇士であるゴラン訓練に興味深々であった。

ナルドが戻るとその日の内容を事細かに聞き出していた。

だがナルドに聞いてもゴランに言われた通りに伝えるので

解りにくいこと極まりなかった。

その度クリスとアレフと三人で訓練の意味なす所を

探り合っていた。

ジンの操るコツはアリナが教えていた。

「わたしの場合はジンを体の中で燃やすイメージね。

爆発させるとか、細い針の様に研ぎ澄ますとか

人それぞれ違うわ。自分のしっくりいくイメージを見つけて。」

その成果もあり、ナルドは日に日に力を付けていった。

「大会までには仕上がらんと思っておったが、

なんとかなったのぉ。」

完成した玩具を眺めるかのようにゴランは

ナルドを見ていた。

「訓練は終わりだ。もう来なくていいぞ。

疲れも溜まっているだろう。大会まであと二日。

流す程度にしておけ。」

「お蔭でかなり力が付いた。感謝する。」

「礼はいらん。それより大会を盛り上げてくれ。

楽しみにしてるぞ。」

ナルドは言われた通り、激しい運動はせずに軽く剣を振る程度で二日を過ごした。

そして大会の日が訪れた。

かなり大きなコロシアムで上位クラスの大会もここで行われた。

一万人は優に入るすり鉢状の観客席の真ん中に円形の闘技場がある。

そこで戦いが繰り広げられる。

今回の参加人数は例年通りで三百人を超えた人数だった。

その参加者間で、まず予選が行われる。

闘技場を六つに区切り、そこで一対一で戦う。

簡易的な武舞台を出たり、審判が勝利を判断したり、

選手が負けを宣言する事で勝敗が決まる。

予選で死亡者が出る事はまずない。

防具を着用するし、武器も木製の刃の付いていない物を

使用している。

バトラー階級の大会では武器、防具は貸し出された物を

使い戦うのがルールになっている。

武器や防具にはジンを強める物がある。

その効果が大きい物は価格が上がる。

まだ駆け出したばかり戦士が多い階級である。

力ではなく、装備品によって優劣が付いては

公平性に欠けてしまい、金の有無で勝敗が決まる試合は

観客も興ざめしてしまう。

上の階級では自分の特性を活かして戦う必要がある。

金銭面でも余裕が出てくるので、自分の使い込んだ

武器、防具を使用する事が出来る。

より高度な戦い求められるのだ。

一方、バトラー階級ではまだまだ力任せの戦いが

多くなっている。

ただそういった選手は早かれ遅かれ姿を消す。

ジンをどう使うか、そこが勝敗に大きく影響するのだ。

攻撃時に使う者、防御時に使う者、バランス良く使う者。

性格も影響するし、自分の特性に合わせたり、

相手との相性もある。

そして、最大の力を出せる時間は限りがある。

ペース配分、相手の動きに合わせたタイミングが

勝敗を分ける事も少なくない。

ジンはそれだけ戦いでは重要なのだ。

戦士は肉体と共にジンも鍛える必要なのである。

予選が始まった。

観客はまだほとんどいない。

ギルドの関係者がちらほらといる位だ。

中には弟子の戦いを見るために最前列に

身を乗り出している師匠と思われる者などがいたが

全体的には閑散としていた。

その中で異彩を放つ一角があった。

生ける伝説のゴランであった。

彼がバトラーの大会を観覧する事自体が珍事なのだが

更に予選の様子を見に来ているとあって、

大会関係者が裏で右往左往し始めていた

予選で戦っている者達まで落ち着かない様子になり始めたので

戦っている者からはあまり見えない上段の

特別観覧席に案内された。

「ただでさえ視力が落ちてきているのに

ひよっこの小さな戦いじゃよく見えんのだがな。」

「申訳ございません。戦っている者達の中に

心ここにあらずという者が出てきていたもので…」

「誰かに見られる位で心を乱すとは!

やはりバトラークラスというところかのう。」

「いいえ。見られておられるのがゴラン様ですから

仕方のない事でしょう。彼らからすれば

雲の上の存在ですから。」

「ふん。ただの受付係だ。ギルドに来ればいつでも

見れるぞ。傷だらけの汚い髭面がな。」

「そのギルドにもあまり来られていないと

聞いてますよ。鍛錬されているのですか。」

「字を書くのが苦手なだけじゃ。」

そんなやり取りがされている中、予選会場は

落ち着きを取り戻し、予選が再開されていた。

そのゴランが会場に来た目的。

そうナルドである。

自分の作った玩具の(もしくはペット)仕上がりを

確認する子供のように目を見開き、ナルドの姿を

探していた。

ナルドがゴランの手ほどきを受けている噂は

ギルドやその場に居合わせた者などから

大会運営者の耳にも入っていた。

その結果ナルドはシード選手になっていた。

ギルドの推薦、地方、他国の成績優秀者などは

優遇されていた。

実戦経験も少なく、一発勝負の予選。

実力があっても出し切れず負けてしまう事もある。

選手への気遣いもあるが、大会側からすれば

大会を盛り上げるための戦略でもある。

決勝戦を実力者同士に仕向ける意味を持たせているのだ。

シード選手には事前に手紙が送られ、

普段は味わえないような待遇で迎えられていた。

専用の休憩室を用意し、有名の騎士と

同じような扱いであった。

将来、自分の実力で同じ待遇を勝ち取れるように

精進しなさいという意味が込められていた。

ゴランが探してもまだナルドは予選会場には

来ていなかった。

ナルドは用意された部屋で軽く体を動かしていた。

その部屋にはアリナとアレフが来ていた。

「俺はお前に小遣いをすべて賭けるから

負けたら承知しねぇからな!」

「じゃあ、他の選手に賭けてくれ自信があるわけじゃない。」

「おいおい。しっかりしてくれよ。まだゴランの

おっさんに鍛えられた話はそこまで広がって

なさそうなんだよ。だから倍率が上がって

シードの中じゃ、一番おいしい大穴でよ。

一財産作れるチャンスなんだよ。」

「まったく、呆れた。仲間を応援するって考えは

まったくなさそうね。その言い草は。」

「何言ってんだ。それとこれは別の話ってもんだ。

もちろんナルドが勝てばそりゃ嬉しいさ。

ただそのついでに一儲け出来ればラッキーってことさ。」

「どうだか。どう聞いても博打に興奮して目を赤くした

おじさんの言い訳にしか聞こえないのよね。」

「俺のどこがおじさんなんだ。こんな若くて男前で…」

「わかった、わかった。それよりナルドがんばってね。

まぁ負けた時は仕方ないわ。だから全力でやるだけよ。」

「あぁ、やってみる。」

二人は部屋を後にした。

「取りあえず緊張はしてないようね。」

「そのようだな。こりゃ期待できそうだな。」

「どうゆう意味で?」

「どっちの意味でもだよ。賞金も出るんだろ。ただ働きって事は

賞金は山猫隊の軍資金ってことだよな。」

「まぁそうゆうことになるわね。でもそのお金で

彼の装備を揃えようと思ってるんだけどね。」

「必死こいて優勝したとしても仕事するための

剣やら、鎧を買うだけとはかわいそうで涙がでてくるぜ。」

「まぁそう言わないで。次の仕事からは相応の

賃金は支払うつもりなんだから。」

「ほう。思ったより早い奉公の終わりだったな。」

「そうね。私もこんなに早く物になるとは思ってなかったわ。

それこそゴランのおかげって所かしら。だから、どうしても

私達の隊が嫌なら出て行く事もいいと思ってる。」

「おいおい。せっかく入った戦士じゃねぇーか。」

「別に追い出そうって訳じゃないわよ。そうしたければって事。

賃金を払うっていうのも腕を認めたうえで対等に

取引しようっていう意味よ。」

「そうだな。まだ記憶もまったく戻ってないし、

そうそう出てくなんて言わないって算段か。」

「なんでそういう言い方するの。まぁ全くその事を

考えてないとは言わないけどね。記憶を取り戻すために

何かしたいって言われたら私達に止める権利はないじゃない」

『優しい山猫だこと。』心の中でアレフは呟いた。

「じゃあ、まだしばらくは仲間でいられそうだな。」

「そうね。しばらくは。」

そしてナルドの試合がそろそろ始まる時間が迫ってきた。

シード選手の試合が始まる頃には観客が少しずつ入り始めていた。

未来の有力な戦士を青田買いしようと見に来ている

傭兵団、正規軍、中には身の回りの警護をさせる者を探しに

豪商の使いの者など集まって来ていた。

金持ちの警護は大抵お抱えの戦士を兼ねていた。

警護の傍ら各国の試合や大会に出場するのだ。

金持ち同士の自慢話は財力だけでなく、お抱えの戦士が

どれだけ大会で活躍したか、凄い筋肉かを争っていた。

中には見た目の美しさを兼ね備えているかを競い、一般の人々が

見たこともない食べ物や酒を胃袋に流し込みながら

白熱して熱弁し、無駄とも思える時間を楽しんでいた。

それが一部の金持ちの流行になっていてステイタスであった。

そして普通の観客と違う視線が行きかう中、ナルドの試合が始まった。

相手は身の丈二メートルはあろうかという巨漢であった。

体つきも背丈に負けない筋肉が備わっていた。

「あらら。ありゃ、頭の中まで筋肉でいっぱいだな。

脳みその入る隙間は虫一匹分もなさそうだ。」

出てきた相手を見ながらアレフが素直な感想を漏らした。

「ただあのデカさは問題だな。リーチ、力、そして

相手与えるプレッシャー、最後のプレッシャーってのが

一番厄介だな。ナルドの奴大丈夫かよ。俺の財産を守り給え。」

「何言ってるのよ、あれ位。ルーリーはもっと大きいわよ。」

「ははっ、そりゃちげぇねー。じゃあ後は素早さで相手を

翻弄すればまずは一勝間違いなしだな。」

審判の合図と共に試合が開始された。

双方とも間合いを図りながら少しずつ距離を詰めていった。

「おいおい、もっと動いて相手を混乱させろよ」

アレフは自分の思っていた戦い方をしないナルドに

向かって、賭けの馬を罵倒するように文句を言い始めた。

先に動いたのは相手の方だった。

体の大きさの割に素早い動きで一気に距離を詰め、

ナルドに襲い掛かった。

だがその重く早い打ち込みをナルドは受け流し、かわしていった。

その対応に観客はもちろん、アレフは不思議そうに言葉を漏らした。

「あいつの落ち着きようは何なんだ。まるで百戦錬磨の

ベテラン騎士でございますってツラしてやがる。

相手の奴は弱くねぇ。力も速さも申し分ないぜ。」

「まだ分からないの。ナルドを鍛えたのはあのゴランよ。

身長は同じ位だけど、筋肉の付き方は二回りは大きいわ。

身のこなし、素早さはゴランには遠く及ばない。

あの落ち着きの答えはもっと大きくて素早い相手と

みっちり鍛えてきた。簡単に言えば、ゴランとの訓練と

比べればあれ位ってとこかしら。」

珍しく少し興奮ぎみにアリナが語った。

「そりゃあそうだな。俺としたことがナルドの奴が

筋肉お化けの総大将のおっさんに弟子入りした事を

コロッと忘れてたぜ。これで俺の財産は心配なしってことだ。」

瞬く間に相手の勢いが衰えていった。

いくら打ち込んでも避けられ受け流される。

焦りと疲労が蓄積し、動きが鈍ってきた。

そしてナルドが反撃に転じた。素早い打ち込みを

上から来たかと思えば次は横から、斜め下から

打ち上げたかと思うと返す剣で打ち下ろす。

剣と盾を駆使して防戦一方になり、息を整える隙も与えなかった。

攻守が入れ替わり、一気にナルドは攻め立てた。

一歩また一歩と後ろに下がりながら必死に攻撃を防ぎ

決定的な攻撃は受ける事なく試合は続いていた。

だが舞台は無限ではない。

とうとう舞台の端まで追い詰められた。

決着はあっけなく決まった。

相手は舞台から落ち、ナルドが勝利した。

舞台の下から悔しさをあらわにした表情でナルドを

見上げながら相手が叫んだ。

「俺はバジーリオ。覚えておけ。次は俺が勝つ。」

そのままその場を立ち去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る