数えて、愛を。

山芋娘

第1話

 2月3日。11時40分過ぎ。

 祥平は右手に1ℓのお茶やジュースが入った袋を。そして、左手には恵方巻きが2本入った袋が。

 前日の夜に、恋人である早苗から電話があった。

「祥平〜。14日のバレンタインなんだけどさ、仕事入っちゃったから、会えなくなったわ」

「そうなんだ。休日なのに、お疲れ様」

「もう、バレンタイン特別の、チョコ食べ放題行きたかったのになー!」

「まぁまぁ。今度、行こう」

「うん。それでさ、祥平、明日休みとかいってたじゃん? 私も休みだからさ、会おうよ!」

「あぁ、いいよ。どこか行きたいところある?」

「特にないなー。あ、恵方巻きが食べたい! うちで食べよう、買ってきて!」

 そんなことを話してたいたため、祥平は2人分の恵方巻きを、早苗の住むアパート近くのスーパーで購入してきた。

 祥平の住む近所で購入してきてもよかったのだが、ここまで来るのに2時間も掛かってしまうため、止めたのだ。

「あぁ、重い。こんなデカイやつ口に入らねーよ」

 海鮮系の恵方巻きを購入したはいいのだが、あまりにも重く、袋が今にも破れそうなのだ。飲料の重さといい勝負だ。

 スーパーから20分の所にあるアパートは、オートロック式のため、女性も安心して暮らせるということを謳い文句にしている。

「早苗、買ってきたぞー!」と、解除してもらった扉を開け、早苗の住む部屋に入っていく。その瞬間、何かをぶつけられた。

「ん? 何?」

「鬼は、外ー!」

「痛っ! え、何?」

 自分にぶつけられた物が、床に落ちている。そこにはバラバラにされた板チョコが。

「え、チョコ??」

「節分とバレンタインを一緒にしてみました。どう?」

 顔を上げると、鬼の面を付けて、板チョコをポキポキを割っている早苗がいる。

「どう? じゃないだろ。食べ物粗末にするなよ」

「豆投げてる全国の人にも言ってあげて。……あ、豆。豆かぁ! あるある」

「おい、何する気だ?」

「豆豆〜」

 部屋の奥に入っていく早苗を追い、祥平もリビングへと入っていく。するとまたも何かをぶつけられた。

「痛い痛い!!」

「鬼は外ー!」

「今、鬼の面つけてるの、お前だろ! お前の方が鬼だろうが!!」

「うるさーい。楽しんだもん勝ちでーす!」

 次々と投げられるのは、全てチョコ。先程割られていた板チョコはもちろん、アーモンド入りのチョコレートまでも投げられてくる。

 早苗の気が済むまで、チョコレートは投げられてくる。さすがにぶつけられっぱなしも癪に障ったので、祥平もチョコレートを投げ始めた。それは20分ほど続いたのだが。

「あぁ、疲れた」

「こんなに、騒いだの久しぶりかも」

「これ、いいストレス発散になるな」

「さぁて、恵方巻きでも食べよう! 切る?」

「え、恵方巻きなのに?」

「そんなおっきいの無理でしょ」

 そう言うと、早苗は包丁を高らかに掲げ、恵方巻きを切り始めた。2種類の恵方巻きを買ってきたため、2人で半分こにし、食べ進める。

「意外とお腹いっぱいになる」

「具もいっぱいあるしな」

「あ、ねぇえねぇ。今日のバレンタインのお返しさぁ」

「俺がいつ、お前からバレンタイン貰った?」

「さっき」と、チョコレートを手にする。

「お前なぁ……」

「で、お返しなんだけど、薔薇の花束がいいなー。108本くらい」

「108本?」

「うん」

「なんで、108?」

「意味は自分で検索して」

 早苗は笑顔いっぱいで、恵方巻きを頬張る。

 そして、その日の夜。早苗の家に泊まろうとも思ったが、明日は早朝出勤のため、早く帰らなければならなかった。

 帰りの電車の中で、祥平は108本の薔薇の意味を検索していた。

「108本の薔薇、ねぇ……」

 ホワイトデーまで、1ヵ月以上ある。さて、どう早苗を驚かせるか。祥平は変わりゆく景色を遠目に、笑い出した。

「待ってろよ、早苗」



 世の中は、2月14日、バレンタインデーである。そして日曜日。そんな日曜日だというのに、早苗は出勤していた。その分、平日に休みがあるのだが、やはり休日の出勤は少し疲れてしまっていた。

「あぁー、もう、疲れたー! 酒飲んでやる」

 次の日に有給を無理矢理に取ったので、早苗はコンビニでお酒を買い漁っていた。時間はすでに22時過ぎ。スーパーはもう閉まっていたため、仕方なくコンビニに行ったのだ。

「祥平に会いたいなー。あー祥平ぇ……」

 バレンタイン、日曜日。なのに会えないことに、少しやきもきしていた早苗は、すでにチューハイの缶を1本開けていた。

「んー……。あれ? なんか、入ってる……」

 アパートの郵便受けを覗くと、郵便受けの中いっぱいに白い紙袋が押し詰められていた。

「なにこれ……。ちょっ、出せない……」

 メキメキ、パキパキと、音を立てながら、紙袋を頑張って引っ張り出してみる。中には黒い箱が入っていた。箱の方は、潰れていなかったが、紙袋はボロボロだ。

 オートロックのロビーを入り、自宅へと向かう。

「別に、郵便で送られてきたわけじゃないよね……?」

 適当に靴を脱ぎ、リビングの机にお酒の入った袋を置くと、ソファに沈み込みながら、紙袋から黒い箱を取り出す。

「……危ないものとか、じゃあ、ないよね……。どうしよ、持ってきちゃったけど、開けて平気かな?」

 その瞬間、バッグの中に押し込んでいたスマホのバイブが鳴っているのに気が付いた。

「ん? 祥平だ……」

 電話に出ると、疲れきった祥平の声が聞こえてきた。

「どうしたの」

「……あぁ、もう帰った?」

「うん」

「郵便受けにさ」

「え、もしかして、この黒い箱のやつ、祥平?」

「あぁ、もう見てたか。そう、俺からのバレンタイン」

「え!? 来てたの!」

「うん。でも、早苗、帰ってこないから、帰った。本当は直接渡したかったんだけどさ」

「……なに、これ?」

「開けてみ」

 そう言われ、早苗は恐る恐る箱を開けてみる。中には小さな薔薇の花が無数にも広がる。しかし花に囲まれた真ん中には薔薇の花の形をしたチョコレートが4つ。

「うわぁ! 薔薇のチョコだ!」

「食い意地張ってるお前にはちょうどいいだろ」

「ちょっと、何そのいい方! でも嬉しい」

 箱はもう1段ある。下のも見てみると、同じように薔薇の花に囲まれて、薔薇のチョコが4つある。

「2段もあるー! ありがと」

 嬉しくて今にも飛び跳ねたい気持ちが溢れているのだが、それをなんとか抑えている。足をジタバタさせながら、早苗の表情は緩んでしまう。

「おう。じゃあ、俺寝るわ」

「うん、ありがとうね!」

「ちゃんと、数えろよ」

「え?」

「おやすみ」

 通話が切れてしまう。きっとかけ直しても、祥平は出ないだろう。早苗は彼の言葉に首を傾げながらも、1つチョコを頬張る。

 早苗が好きな甘さのチョコ。会えなかったが、電話は出来た。祥平が来てくれた。それだけでも、早苗は嬉しくて堪らなかった。

「……数えろ、よ?」

 早苗は2つ目のチョコを頬張りながら、箱に敷き詰められている、小さな薔薇の花を数え始めてみる。

 机の上に並べられていく薔薇。箱から出すと下からも出てくる。何個入っているのか。チューハイを煽りながら、どんどん数えいく。

 時間は、23時を過ぎている。けれど、早苗は夢中で薔薇を数えている。そして最後の1つを箱から出す。

「100個? 『愛してます』ってこと? そんなこと、知ってるって」

 だが、嬉しいのだろう。笑いが込み上げてくる。3つ目のチョコを頬ばろうと、手を伸ばした時、何かに気が付いた。

「ん? これも、薔薇だ……。上と下で、さっき食べたの合わせると、8個。これも合わせると、108個だ」

 108本の薔薇。それは以前、早苗が祥平に言ったことのあることと同じ。

 まさか。と、思いつつ、祥平に電話を掛けるが、案の定祥平は出てはくれない。

「……もう、祥平のやつ……。花束って言ったのに!」

 食い意地の張ってる早苗には、ぴったりだろう。と、言われているかのようにも、思えるのだが、これはこれで早苗は嬉しくて仕方がない。

「粋なことをするじゃないか。祥平のくせに」

 ソファに倒れ込むと、足をジタバタさせながら、顔を真っ赤にし、祥平に『はい』とメッセージを送った。

 108本の薔薇。俺と結婚してください。

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数えて、愛を。 山芋娘 @yamaimomusume

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