第7話 消滅

今年の春に入ってきた後輩。

とびきりの美人ではないけど、人懐こくて、笑顔が多く、とびきりの愛嬌で、俺たちの中にとても自然に入ってきた。


先輩も俺もたちまち彼女に惹かれて撃沈。唯一、他社に彼女のいる同期だけが、彼女をあくまでもかわいい後輩としてみていた。


もちろん、俺たちだって振られたからって嫌いになったりしない。妹のようで、かわいい後輩でという気持ちに変わりはない。


そんな彼女は、俺や先輩よりも同郷の同期になついていた。彼女持ちに対して、ギリギリセーフのような、アウトのような、べったりとした懐き方がしばらくつづいたあと、ついに、問題は勃発。


彼女がブログやSNSにあげた写真をきっかけに、同期が恋人と喧嘩になった。


それで、彼女も傷ついたのだろう。前の恋愛で辛い思いをした彼女には、同期は大事な人だった。恋人というわけではないが、甘えられる兄のような人。同期が自身の恋人を選んで彼女から離れていくのが怖かったのだろう。同期の恋人をさらに追い詰めるような、不安を煽るようなブログを書いて、同期はあわや破局か、という事態にまで陥った。


悩み苦しむ同期を見ていられなくて、思わず、もうブログになにも書かないであげてとつい彼女に言ったことが仇になった。4人で過ごしていた楽しい休日はもはや、なくなってしまった。


そうして、しばらくたったろうか。

同期も恋人との危機を乗り越えて、無事に過ごしていたらしい。


そんな中で、会社の暑気払い。同期や俺は、先輩や彼女と久々に話した。大してたくさん話したわけでもない。でも、もともと、気があって休日を共に過ごすような相手であったのだから、久しぶりの会話は楽しかった。


それが、同期の恋人の知るところとなったらしい。


あなたは、私の気持ちを軽んじている。


そう言われて、同期はふられてしまった。

恋人を失った同期の消耗はすさまじかった。これ以降、同期は、彼女と一切口をきかなくなる。もはや、彼女と言葉を交わしても怒る人などいないのに、恋人を失ったきっかけである、というだけで、同期にはもはや彼女が許さない存在になったらしかった。


徹底して無視する様子に、怖さを感じた。さすがに彼女がかわいそうではないかと思ったが、俺は同期になにも言えなかった。


それから、さらに少し経った頃、彼女が同期になにやら声をかけて相談していた。

同期は冷たくあしらっていたが、そのあと青い顔をして、その日は早く帰って行った。


翌日。


同期に飲みに誘われた。

飲みに誘ったわりには黙りこくる同期に、おれはドギマギしながら言葉を待っていると、彼はポツリと言った。


アンナが、なりすましアカウントを作ったりすると思うか?


アンナというのは同期の別れた恋人の名前だ。俺はアンナちゃんと電話越しに話したことがあったが、非常に明るくて好感の持てる子だった。


なんだよ、昨日、サトミちゃんがなんか言ってきたのか?


俺は昨日の同期と後輩の一場面を思い出しながら、同期に聞き返す。


あぁ。サトミが、誰かになりすましアカウントを作られたんだそうだ。それに、彼女自身のメールアカウントに誰かがアクセスしようとしてるらしい。サトミはそれがアンナじゃないかって。


俺は少し不思議に思った。同期がアンナちゃんと別れてから、すでに3ヶ月の月日が流れていた。


…今更?


その気持ちは同期にもあったようだ。同期は俺の言葉にすぐさま同意するように頷いたが、何か思い当たることがあるようだった。


…アンナが…サトミがブログにあげた写真や文章を自分のパソコンに保存していた…。なりすましアカウントの写真はその中の1つをくり抜いたもののような気がするんだ。


アンナちゃんには、確かに動機がある。でも、別れてから3ヶ月もたってそんなことするだろうか。


…なぁ、啓介。でも、その写真はサトミがSNSにアップしてたもんだろ?だからアンナちゃんだって保存できた。他の人の可能性もあるだろ。そもそも、おまえ、最近はアンナちゃんと連絡とってないんだろう?


あぁ。電話をかけても取ってくれないしな。


なら、やっぱり、今更だと思うけどな。アンナちゃんはなかなかのペッピンなんだろ?もう、彼氏ができてるかもしれないぞ。


サトミはかわいいし、俺はサトミに惚れてた。ただ、同期が苦しんでいた時に自分をそれとなく売り込んでいたサトミに、少し、したたかさも感じていた。アンナからは別れて以来、同期に接触はない。そんな人間が今更そんなことをするとはどうしても思えなかった。


俺の見解を聞いた同期は、何度も深くうなずきながら、そうだよな、そうだよな、と言った。自分自身に言い聞かせるように、アンナじゃないよな、と言って締めくくった。


そんなに心配なら、アンナちゃんににあってこいよ。


俺がそう言うと、同期はそうするつもりなんだ、と言っていた。


俺たちはひとしきり飲んだあと、それぞれの家に帰宅した。


翌朝、俺たちは驚愕し、訳のわからない恐怖を感じることになる。


サトミが、俺たちの飲みはじめた時刻のほんの少し前、帰宅ラッシュで人があふれかえったホームから落ちて、事故死したのだった。

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