第4話 気配
アンナにふられて数ヶ月。私はアンナへの気持ちを今だ裁ち切れずにいた。
私のどのような言動が、アンナを傷つけてしまったのかは理解している。
きっかけは、サトミのことだったかもしれないが、結局が私がサトミに対して毅然とした態度を取らなかったことが問題だったのだと思う。
いや…、アンナは違うと言っていた。
毅然とした態度を取ってほしいわけじゃない、と言っていたっけ…。
私が、アンナの不安を軽んじたのが辛かったのだと言っていた。でも、それって結局はアンナの気持ちをおもんぱかって、サトミに毅然とした態度をとれということではなかったんだろうか。
女心というのはよくわからない。
ただ、そんなことはどうでもいい。私にはわからない部分があろうと、アンナは優しくていい女だった。長い付き合いで彼女の良いところも悪いところも知っていて、それでもなお愛してやまない女性だったのだ。
自分の言動が悪かったのだ、アンナがそばにいるのが当たり前になっていた。慕ってくる年下の女の子がかわいくて、ついついそっちにばかりになってしまったことは否めない。決して恋人を裏切るようなマネはしていなかったが、やはりサトミを含めたメンバーで休日に遊び倒さなければ、もっと結果が違ったのではないかという気持ちはどうしても拭えなかった。
それだけではない。サトミがアンナに対する批判をブログに書き、すでに神経を尖らせていたアンナに追い打ちをかけるように、会ってもないのに駐車場であっただの、廊下ですれ違っただの嘘八百を書いてくれたおかげで、アンナの気持ちはますますこじれていった。
それがなければ、もう少し、上手に説得できたんじゃないだろうか。
そう思うと、同郷なこともあって、あれだけかわいらしく見えていたサトミが憎くなってしまったのは仕方ないのかもしれない。
もう、サトミとしゃべっても誰にとがめられることもなかったが、アンナと別れてからも私はサトミに必要以上に声をかける気にはなれなかった。
そんなある日、終業後会社を出ようとしたところを、サトミに呼び止められた。
啓介さん、少しお話があるんです。
心無しか怯えたような声をサトミはだしていた。最近、どうしてもサトミに優しく接しようと言う気にはなれなかったのだから致し方ないのかもしれない。
何?
仕方がないので立ち止まって尋ねた。どうしても尖ったような音になってしまう。
アンナさんとはもう別れたんですよね。あれから連絡をとってたりしませんか。
どうして今更そんなことを聞いてくるんだろうか。別れんたんだから今まで通り話せとでも言いたいのだろうか。私には今更そんな気にはなれないし、この頃のサトミは社会人サークルに没頭し、彼氏もできてすでに毎日を楽しんでいるはずだ。
どうしてそんなことを聞くの?
私の声は少しいらだった響きをもっていたかもしれない。
いえ…。最近、変なサイトからのジャンクメールが増えたり…その、私がよく使うメールアカウントと同じアカウント名のアドレスが、違うドメインで使われてたり…。
何を言ってるんだろう。ジャンクメールなんて、なにか変なサイトにうっかりメールアドレスを書き込んでしまったか、友人を装った迷惑メールにうっかり返信してしまったか、なんじゃないんだろうか。それに、メールアカウント?そんなの使いたいアカウント名がすでに使用されていることなんていくらでもある。
私はサトミが何をいいたいのかわからなくて、よりいっそうイライラしてしまった。
そんな私の雰囲気に気がついたのか、サトミは少しひるみつつも、もう一度、言った。
アカウントは…そんなに一般的なものじゃないんです。結構長くて…。それに、違うドメインで登録されている写真が…私の写真なんじゃないかと思って。
おずおずとサトミはiPhoneの画面を私に見せて来た。そこには有名なフリーメールのアカウントの画面が乗っている。名前から出身地までそこにはサトミの情報が載せられていた。使用されている写真には顔は映ってないけれど、ちょうど胸元あたりをくりぬいた写真で、確かにこの服をサトミは気に入ってよく着ていた。
君のアカウントじゃないか。
何がおかしい?そう私が問い返すと、サトミは目を潤ませて答えた。
私が登録したんじゃないんです…。
ここで私はサトミが何を言いたいのかやっとわかった気がした。
ちょっとまて。でもどうしてそこでアンナがやったことだ、なんて言いたくなるんだ。
アンナは優しい女で、サトミのせいで傷ついて、その上そんな疑いまでかけるのか?
アンナがやったっていいたいの?
私の口からでた言葉は自分でもびっくりするほど冷たいものだった。
サトミはさすがに堪えたのか、目を大きく見開いたあと、消え入るようにすみません、とつぶやいて帰っていた。
そんなサトミの後ろ姿を見送りながら、私は別れる前、アンナがサトミのSNSやブログの内容、写真までごっそりと自分のPCに保存していたことを思い出した。
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