第3話 照準
私の会社は、男性社員が多い。私の部署にいる妙齢の女性社員は私一人だ。
私は特に美人という訳ではない。でも、おしゃれは好きだし、可愛いと言われるのも嬉しい。人懐っこく愛嬌があると、大学時代も先輩たちからは可愛がられてきた。
この会社はどちらかというと工学部畑の社員が多いせいか、女性慣れしてない社員がほとんど。そのせいかもしれないけど、丁寧に、真心を込めて接しているだけで、好きだと勘違いしてくる人もいる。私はただ仲良くなりたいだけなのに、気がついたら、二人っきりの食事に誘われて告白されてたなんてことも、何度かあった。
そんなことされちゃうと、そのあと付き合いづらくなるし、私としても大事な友達が減っちゃうから、困るなって思ってしまう。
新人で入った私を可愛がってくれる3人と、休日にアウトドアだの、飲み会だのするうちに、二人から好意を寄せられるのにそう時間はかからなかった。
一番頼れる先輩は、ある日、摩天楼の最上階にある見晴らしのいい中華レストランで、私に付き合ってほしいと言った。
後輩としてだけでなく、女の子としても好きだと言われたのは純粋に嬉しい。女性として魅力があると認めてくれたようなものだし、なんたって先輩は仕事もできてカッコいい。そんな人に認められたことは私には純粋に嬉しかった。
でも、付き合うかは別だ。私は過去に付き合った人から随分とひどいモラルハラスメントを受けたことがある。そういうことは、先輩、後輩として付き合っただけでは絶対にわからない。男性だって怖いのだ。相手が自分のものだと確信できて初めて、見下しの対象にできる。だから、彼女にならなければ、本当にいい人かはわからないのだ。
過去の恋愛の傷が深かった私は、たとえどれほど先輩がいい人でも付き合おうという気にはなれなかった。
先輩はすごい。正直な気持ちを話し、断ったのに、それ以降もそれまでと同じように接してくれた。私が気まずくないように、とても気を遣ってくれたのだ。
もう一人の先輩から告白されたのは、それから一月ほどしたあとだった。
その日は先輩の家で、いつものメンバーで飲んでいたが、あとの二人が早めに帰ってしまい、私たち二人になった。
彼氏とひどい別れ方をした私は、恋愛に臆病で新たな一歩など踏み出す気には到底なれなかったが、毎日がひどく心細く寂しかった。
二人きりになった時、先輩は私をとても優しく抱きしめてくれた。それは、とても暖かかったのだ。
翌朝、やはり私は、恋愛が怖いことを告げ、先輩の告白を断った。でも、先輩は以前と変わらず優しかった。私の気持ちを理解してくれて、決して昨夜の事をなじったりはしなかった。これほど優しい人に告白をされたのに踏み出せない自分が嫌だった。
でも、その先輩も、やはりその後も以前と変わらず接してくれたので、私たちは相変わらずいつものメンバーで休日を過ごしていた。
時には先輩の家、時には私の家。たまには外出、飲み会をして。大型連休があったら、みんなで遠くまでドライブに行った。とっても楽しかった。
私に告白してこなかった先輩には、別の会社に勤める彼女がいた。先輩と私は同郷で、実は仲良くしてる先輩3人のうち、一番感性が合うのはこの人だった。面白いと思うものが同じで、一緒にいて一番楽しかった。
でも、先輩の彼女は私が目障りらしい。私の家の湯沸かし器が夜中に壊れて、業者も呼べず、先輩の家が近かったこともあってシャワーを借りに行ったのが気に食わなかったり、休日に遊びに行った時の写真に、私と先輩がツーショットで写っているのにもイライラしたりしていたらしい。
果ては私のブログやSNSを覗き見て、私と先輩の楽しい思い出に、ちょっとしたケチをつけていく。
先輩は彼女のことをよく思っていた。それはそばで見てる私たちはみんな知ってる。
飲み会の時、休憩時間の時、皆で遊びに行く車の中で、
彼女が最近苛立ってて…。
と暗くなる先輩を見るたびに、
私ならこの人をこんな風には困らせないのに。
と先輩の彼女を苦々しく思った。
彼女が私のブログを見ていることは知っていたが、書かずにはいられなかった。先輩を苦しめるなんて、あなたはそれでも彼女なの?と断罪してやりたかった。
これがきっかけになって、私の生活はガラリと変わった。
その女は先輩に、私か自分かを迫ったというのだ。私とはもう遊びに行くなと言ったらしい。
それだけではない。他の先輩がSNSにあげた写真にもケチをつけて、投稿を削除させた。ツーショットの写真を見るのが辛いから消してくれないか、とメッセージが来たと、写真をあげていた先輩は言った。
故郷から離れたこの地で見つけた、同じ匂いのする私の心の支えを、その女は奪ったのだ。
先輩はもはや私には必要以上に声をかけてくれなくなった。
悔しくて、今日は廊下で先輩に会っただの、駐車場で会っただのブログに書いていたら、私に好きだと言ってくれた先輩まで、もうやめてあげて、と私に言ってきた。
どうして?私の楽しい時間を奪ったあの女に、私は文句を言ってはいけないの?
休日を四人で過ごしていた楽しい毎日は終わってしまった。
私は、それがあまりにも辛くて、目に付いた社会人のバドミントンサークルに入りのめり込んで行った。
一ヶ月も経たないうちに彼氏ができて、私は四人で過ごす休日の楽しさなど、過去に葬り去ってやった。
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