青春と夢の世界のアリス

流転

プロローグはこんなもんだ

──俺は、死んだのか……。


そう、理解が出来るのも変だが。今回に関してはそれしか例えようが無い。


これは、ほんの僅か、時間にして……きっと数秒前の出来事だ。


季節は、暑くもなく寒すぎもせず。清々しい気候が桜の花びらと共に優しい風を靡かせていた。


そう、『玉城高校』の入学式当日である。俺は、少なからず新しい門出と言う事に対して期待をし。胸を膨らましていた。


実際、胸をふくらませたら肺どころか心臓すら爆発して死んでしまうだろう。俺は、カエルでは無いのだから。

いや、もしかしたらそんな意味があるのかもしれない。死にそうな程に気持ちが高鳴り、呼吸が乱れ踊っている。と、言うことなのだろうか。


だとしたら、俺には残念ながら、その言葉は当てはまることは無い事を知る。

だって、そこまでは期待をしてはいない。

しかし、俺を除いたとしても。この季節は他の人。他人にとって、一言で表せば『悲喜交交』

と言えるだろう。


ともあれ、そんな曖昧な期待を足取りに乗せ。軽やかとは、行かずも多少は速い速度で少し長い緩やかな幅一メートル程の坂を上っていた。


この道は、小さい頃から良く駆け上がった見慣れて、行き慣れた道。そして、この季節になると、左手に見える涼やかな海の潮の匂いが、鼻を“スーッ”と通り抜け。地上の空の上をウミネコが歌いながら、さながら天使の様に羽ばたく。


何故、俺がここまで自然に敏感なのかと自分に問うて見ると案外では無く。案の定な解が時間も経たずに返ってくる。


そう、俺は、自然が大好きなのだ。産まれ落ちた土地が自然に満ち満ちている。と言う理由も有るだろう。それを証拠に、目尻にある、昔の傷跡も、長年蓄積された日焼けも。この季節になっても消えたり、白い肌にもどったりもしない。



そして、その死を理解せざるを得ない事が起きた。起きてしまった。


そよ風に身を委ね、大好きな海を眺めながら……悪くゆえば余所見をしながら歩き慣れた坂を上っていた。


──その時だった。


衝撃を受けたのだ。これは、気持ち的な意味でも物理的な意味でもある。その双方を考えた時に出てきた言葉が『衝撃』としか言えない。


鈍い音・高いブレーキ音。それと、倒れる感覚。それだけを残し、俺は、暗い世界に身を落とした。


目を瞑っている訳では無い。意識は覚醒している。しかし、何故か車に轢かれた筈なのに痛みは無い。


──これが死後の世界と言う奴か。



「きゃぁぁぁあ!!」


外の方から、女性の悲鳴が聞こえる。

その悲痛に震わせたような、喉から発せられる音が俺の悲惨な死に様を脳裏に鮮明に想像させる。


赤く染まった血は止まることを知らず緩い坂を下り。

俺の四肢はあらぬ方向に曲がっていたに違いない。


──あれ? ちょっと待て。外ッて何?


冷静に考えると良く分からない。

何故、ここまで近い距離で声が聞こえているんだ。


俺が、思い悩む中。まるで、天空の扉のように、眩しい光が俺の目を眩ませた。


「……そうか、此処が天……ご……きゅっ??」


見慣れた青空に思わず喉を詰まらせてしまった。

しかし、この状況から考えるに。どうやら、俺は、寝そべったままのようだ。


上半身を、起こし。自分の黒い瞳に古傷が目立つ両手を写す。

すると、自分の意思に反しもせずに“グーパーグーパー”と動いた。


──となると……。


俺は、恐る恐る辺を見渡すと、茶色がかった黒い髪の毛をした女性。彼女が、桜のように頬を赤らめ。羞恥に耐えられそうのない潤み弱々しい黒い瞳で俺を写していた。


しかし、それよりも、気になったのは、内股気味に、白く小さい手で押さえている、膝上に折り曲げられた白と赤色をしたチェックのスカート。まだ、肌寒いのかピンクのワイシャツの上から羽織った白いブレザー。


そう、俺の高校の制服である。


当然、俺がこの道を通ると言う事は必然的に自然的に他の学生もこの道を通る事になる……。


俺の、ファンタジー精神は紙切れより花びらの様に軽々しく遠い彼方に飛んでいく事になった。


「……あの人、変態? 最低よね……腕を組み直したりしていた。と言う事は気を失ってもいないのに……」


「うわっ!! アイツ、ちょーラッキーじゃん。スカートの中にダイブとかっ!!」


その代わりに突き刺さる冷たい視線。


下卑た者を観るような怖い視線で語られる、おどろおどろしい言葉。



そして、彼方此方から聞こえる『スカート』と言うワード。

倒れた赤い一人乗り用の在り来りな赤い自転車。

そして、恥じらいと言うものをわかりやすく例題を挙げたかのように相変わらず睨み涙ぐむ女性。


答えは、算数の様に曖昧ではなく確実なものとして、数字のように返ってきた。


──そうか……俺は、今までスカートの中で走馬灯を回想していたのか……。


そして、それは同時に……。


「終わった……俺の……長門雄大の高校生活……」


溜息と同時に出た小さい声で発した言葉。


喧騒が、間違いなくかき消すであろう、この言葉を女性は聞き逃さなかったか。

わかり易く、大きい音で自転車を立て直す。

そして、背を向き。もう一度俺の方を振り向くと次は鷹のような鋭い目で射抜く。


女は怖い。と、前々から思っていたが。改めて実感した。


──こわっ……。


「君はッ……君はっ……最低……ですっ……!」


そう、捨て台詞を吐き、女性は座り込んでいる俺の、スタイルを忘れているのか。

それとも、筋力的な問題なのか。


立ち漕ぎをし、少し強い涼やかな海の風に靡かれながら姿を小さくさせて行った。


「……青と白の縞パン……」


もはや、鷹のような鋭い目よりも、他の何よりも。偽りもない形あるそれが目に焼き付いて仕方が無かった。


しかし、鋭い目が、ここまで効力がないのは……。いや、目線だけなら確かに俺は、ビビっていた。

しかし、その後に発せられた幼げな可愛い声が俺の緊張した心に隙間を作ったのだろう。だからこそ──朝からついてるな。


と言う思考が優先しているに違いない。



だが、その、余韻に浸る事も出来ず。さながらアイアンメイデンのように身に突き刺さる鋭い視線は俺を俯かせ、立ち上がり。そして、早歩きにさせた。


そう、下着の出来事を除くと。俺は、間違いなく、学校での生活が死にも近いものにものへと早変わりをしたことになる。


俺は、変えることの出来ない現実に胸を物理的に膨らませようとしながら死地である『玉城高校』に向かった。

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