カクヨム出張版:ある日のバーでの出来事(マーキスと部下)
午後七時を少しばかり回った頃合い。六本木の繁華街、その外れに位置する雑居ビルの地下、二十数坪ばかりのスペースに設けられた手狭いバーでのこと。クローズと示された案内を無視して、出入り口のドアを引く者の姿があった。
西野である。
カランコロンと鐘の音に迎えられて、彼は店内に足を向ける。
すると同所にはスーツ姿の男たちが数名ばかり、カウンターの正面に並び立っていた。彼らは予期せず店に入ってきた制服姿の少年を目の当たりにして、その表情に疑問を浮かべた。酒を飲むには稚すぎる風貌の持ち主である。
「他に客がいたか……」
スーツの男たちを一瞥して、西野は偉そうに語ってみせる。
カウンターの向こう側にバーテンの姿を探すも、そこに目当ての人物は見受けられなかった。バックルームにでも引っ込んでいるのだろう。フツメンはそのように判断して、ボックス席のソファーに腰を落ち着けた。
そんな彼の振る舞いを目撃したことで、スーツの男たちのうち一人が動いた。
「おい、そこのガキ」
随分と荒々しい言葉遣いだった。表情も厳ついものである。
「なんだ?」
一方でこれに応じる西野は飄々としている。
まるで動じた様子もなく、ソファーに腰掛けたまま答えてみせた。意図して浅く座り、全身を背もたれに預けると共に、足をローテーブルへ投げ出すよう大仰に組んでいる。それはフツメンの彼にやられると、見る者の神経をこれでもかと逆撫でる光景だ。
当然、スーツの男もイラっとしていた。
「ここは子供の来る場所じゃない。出ていけ」
伝えられた西野は何やら考えるような素振りを見せる。その姿もまた苛立たしい。おかげで男はフツメンに向い、一歩を踏み出していた。無理矢理にでも、店から摘み出してやろうと考えてのことだ。
「おい、聞いてるのか?」
男の手がフツメンの胸ぐらに伸びる。
その腕はジャケットの上からでも分かるほど、筋肉が隆起していた。胸板の厚さも相応のものである。頬についた刃物による切り傷に鑑みれば、荒事が仕事であることは誰の目にも明らかである。
「俺のことは放っておけ。マーキスのヤツに話があってきた」
「あぁ? なんでオマエみたいなガキがマーキスさんに……」
男が口上を述べようとした直後のことだった。
カウンターの向こう側、バックルームに通じる通路からマーキスが現れた。手には大きめのジェラルミンケースが下げられている。どうやらそれを取りに店の奥まで引っ込んでいたようである。彼は店内にフツメンの姿を確認して口を開いた。
「……まあ、そうなるか」
「アンタのところの兵隊は、相変わらず生きのいいのが揃っているな」
「そう言ってくれるな、こっちは万年人手不足なんだ」
「それも含めて管理するのがアンタの仕事だろう?」
困った顔のマーキスと、澄ました表情の西野。両者は対象的だった。
おかげで戸惑うのが、フツメンの胸ぐらを掴んだスーツの男である。
「マーキスさん? このガキが……」
「詳しくは伝えられないが、そいつはうちの稼ぎ頭だ」
「……え?」
呆け顔となるスーツの男。
それは同店において、たまに見られる光景である。
それもこれも西野の顔が普通なのが悪い。
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