三者面談 二

 その日、竹内君は放課後の部活動を休んだ。


 理由は汗だ。自身の体液が極めて強力な毒性を示すと理解した彼は、まさかスポーツで汗を流すことなど叶わず、帰宅部に混じって学校を後にした。トイレで排泄をするだけでも、頭が痛くなるほどに気を遣った彼である。見学の二文字さえ浮かばなかった。


 何気ない会話に際してもマスクをしたり、口元を手で覆っていたほどだ


「……マジなんなんだよこれ」


 家に戻った彼は、自室に一直線。


 そのまま部屋のドアに鍵を掛ける。


 デスクの上には昨日と同様、小動物用のケージが置かれた。その中には学校からの帰り際、ペットショップで購入してきたハツカネズミが幾匹も収められて、チュウチュウと鳴き声を挙げている。


「…………」


 イケメン、金持ち、文武両道。


 一つと言わず二つ三つと優れた面を持ち合わせる竹内君は、自身の肉体が毒物の塊になろうとも、決して自暴自棄になることはなかった。身を粉にしてでも守るべき価値が彼にはあった。自ずと意識が向かったのは、身体に訪れた異変の調査である。


「……よし」


 同日も学校から帰るや否や実験を始めた。


 そして、延々とネズミに体液を与え続けること数時間。夕食や入浴の手間さえ惜しんでデスクに向かっていた彼は、あることに気づいた。それは彼の体液を浴びてからの、ネズミの生存時間である。


「……少し、毒性が弱まった」


 同じ唾液であるにも関わらず、昨日と比較して、絶命までの時間に変化がみられていた。そこに解決の糸口を見出した彼は、更に様々な環境で体液を採集、状況毎にグルーピングしたそれをネズミに与え続けた。


 ネズミにしたら堪ったものではない。


 しかし、竹内君もまた生きるのに必死だった。


 下手をしたら社会生命を奪われかねない肉体の変化を受けて、生きた心地がしないイケメンである。それでも彼は決して諦めることなく、地道な作業を繰り返していった。当然、家族にも内緒での実験である。


 お風呂に入って身体を温めたり、逆にエアコンを利かせて身体を冷やしたり。はたまた自慰をして興奮してみたり、お笑い動画を眺めてリラックスしてみたり。思いつくがままに試していった。


 そうして更に数時間、段々と空も白み始めた頃合いのことだった。


 彼は一つの結論に辿り着いた。


「交感神経が優位な状況で、毒性が強まる傾向がある」


 足元のクーラーボックスには、それこそ山のようにネズミの死骸。その亡骸に手を合わせつつ、彼は呟いてみせた。事実、ネズミたちは興奮状態にある竹内君の唾液でこそ、より強い反応を示してみせた。


 これはネズミが絶命するまでの時間として計測されている。そうした事実を確認して、たしかに今日は昨日と比べると、多少なりとも落ち着いた気持ちで調査に迎えているなと、彼は自らのメンタルを確認して一人納得する。


「要は落ち着けってことか……」


 誰に言うでもなく呟くイケメン。


 大きく息を吸って吐いて、深呼吸などしてみせる。


 そこでふと、彼は大切なことに気づいた。


「……やっぱりセックス、できないじゃん」


 賢者モード直後の体液こそ、顕著に毒性が低かった竹内君である。


 その唾液はネズミの表皮を少し溶かすだけに留まった。




◇ ◆ ◇




 翌日、二年A組は普段と比較して、少しだけ教室が賑やかであった。


 理由は放課後に予定された三者面談。その実施を巡り、生徒たちの間で交わされる言葉が数を増やしていた。二年生も秋を過ぎれは、受験に就職にと卒業後の進路に向けて慌ただしくなってくる。


 将来という二文字が、いよいよ彼ら彼女らの下にも訪れていた。


 そして、これは西野もまた同様である。


 朝の挨拶を軽く済ませて自席に向かう。


 その手には都内の大学のパンフレットが幾つか握られていた。家を出る間際に漁ったポストの中、請求していた資料の到着を発見した次第である。電車に揺られながら目を通していたフツメンだった。


 記載された大学名は、どれも中堅どころ以上となる。


 津沼高校の生徒が進学する先としては、なかなか悪くないラインナップだ。おかげで悔しいのが、これを垣間見た二年A組の生徒である。そのなかに目標とする大学を見つけた生徒も、ちらほら見受けられた。


 パンフレットを机上に放り、自席で一時間目の授業の支度を進める西野。


 そんな彼に正面から声が掛かった。


「高校卒業後は大学へ進学すルのですか?」


 いつの間にやら、隣のクラスからガブリエラがやって来ていた。


 彼女の視線は机に置かれたパンフレットを見つめている。


「ああ、そのつもりだ」


「大学に進学して、何を学ぶつもりですか?」


「…………」


 大学に進学するとは決めた彼だが、何を学ぶのかまでは決めていなかったようだ。予期せぬ問いかけを受けて、続く言葉を失う。過去、山野辺に対して偉そうに大学の何たるかを講釈してみせたフツメンだが、自身の進退についてはまるで考えていなかった。


 いいや、そう言うと語弊がある。


 彼の進学の動機は、異性と青春することで占められていた。


 その脳裏には学びのまの字も存在していない。


「どうしましたか?」


「いいや、気にするな。どうということはない」


 おかげで返答に窮する。


 まさか素直に答えては、彼の学内における立ち位置は、最底辺であると思われる現在のポジションより、更に下へと落ちることだろう。聞き耳を立てているクラスメイトの姿を思えば、口が裂けても言えない。


「……貴方、緊張していませんか?」


「そんなことはない。少しばかり考え事を、な」


「…………」


 そんな体たらくであるから、ガブちゃんも何やら気付いた様子だ。


 疑問に首を傾げながら問うてみせる。


「碌に学びたいものもなく、とりあえず進学を決めたのですか?」


「っ……」


 図星である。


 そしてそれは同時に、二年A組で大学への進学を希望する多数の生徒にとっても、これまた胸に突き刺さる言葉であった。彼と同じような理由から進学を決めた生徒は、男女共に決して少なくない。誰だって働くよりは遊んでいたいのだ。


「そんなことでは碌な大人になレませんよ?」


「ああ、アンタの言うことは尤もだ」


 ガブちゃんの言葉が西野のみならず、居合わせた二年A組の生徒一同の胸を苛む。津沼高校は普通の公立高校だ。偏差値が普通、部活動も普通、就職先も普通。おかげで在籍する生徒の意識も相応である。


 小中高と惰性で学生生活を続けて、そのまま大学に進もうという少年少女にとって、大人という単語は未だ遥か遠くの事物のように感じられる。大学を卒業した後で考えればいいや、と思う程度には未来の出来事だ。


 おかげで西野も少しばかり意識を改めた。


「……学びたいもの、か」


「ちなみに私は情報工学に興味があリます」


「ほう?」


「一緒の大学を受けませんか?」


「アンタのところは銀行屋だろうが」


「金融の基礎は古くから統計と情報処理です」


「…………」


 想定していたよりもしっかりとした将来設計を聞かされて、フツメンは多少なりとも衝撃を受けた。目の前の相手がそこまで考えているとは思わなかった様子だ。奇天烈極まる初印象も影響してのことだろう。


 同時に思い浮かんだのはシェアハウスの元同居人、山野辺の言葉だ。


『でも、いつか自分のお店を持てたら幸せだよねぇ』


 彼女もまた、実現に向けた進捗はさておいて、将来の夢のようなものは抱いていた。こういう風になれたら嬉しいな、という理想像のようなものは、漠然としながらも脳裏に思い描いていた。少なくとも西野はそのように感じた。


 一方で自分はどうかというと、本当に何もないフツメンである。


 空っぽだ。


 手に職こそある。


 食っていくぶんには困らない。


 ただし、それだけだ。


 他に何もない将来設計。


 誰かに言われるがまま、クライアントの指示通りに作業をこなして、仕事上がりに酒を煽る。それだけの毎日。これが死ぬまで続くのかと思うと、確かに味気ないなと感じてしまうのは、既に数年ほど同様の生活を続けているが所以の飽きだ。


 それは青春の先に続く、将来という名の新たな世界観。


 おかげで続く言葉は、割と感情の籠もった一言となった。


「……たしかに、アンタの言うことには一理ある」


「な、なんですか、急に真面目な表情になってっ……」


 おかげで慌てるガブちゃん。


 打ち上げでの一件、達磨にされたローズの姿が脳裏に浮かんだのだろう。


 そんな彼女に西野は語ってみせる。


「将来の夢というのもまた、今この瞬間の青春を彩るのに大切な要因だ」


「…………」


 そこでふと西野は思い出した。


 津沼高校では職業体験なるカリキュラムが存在している。学外の企業に赴き、色々なお仕事の現場を体験するというものだ。進学校では話題に上がることもない仕組みだが、就職希望の生徒が少なくない同校では、もれなくこれを実施していた。


「……検討してみるか」


「何を検討するというのですか?」


「気にするな、こっちの問題だ」


「…………」


 また迷惑なことを考え始めたフツメンである。


 一方で彼の席から二つ隣、委員長の席では、席の主の登校を受けて、その下をリサちゃんが訪れていた。仲良しグループとお話をしつつも、チラリチラリと様子を窺っていた彼女である。見慣れたおかっぱヘアーを確認した直後、その身体は動いていた。


「委員長、おはよう」


「え? あ、お、おはよう……」


 自席にカバンを下ろした志水に対して、満面の笑顔で語ってみせる。


 語り掛けられた側は一瞬の躊躇と共に、危ういながらも朝のご挨拶。


「いきなりだけど、委員長ってこれ知ってる?」


「え、ゲ、ゲーム?」


 リサちゃんが委員長の正面で、手にした端末の画面を見せつける。


 そこには半年ほど前にリリースされたゲームのタイトル画面が映し出されていた。二年A組では彼女の他にも何名か、既にプレイを始めている生徒のいるタイトルだ。学内でも流行の兆しが見られる。


「今これにハマってて、委員長も一緒にやってみない?」


「いや、私は勉強があるから……」


「勉強の息抜きにスキマ時間だけでも大丈夫だから、ね?」


「でも……」


「ゲーム内でチャットとかもできるんだよ? ほら!」


「……う、うん」


 連日にわたって委員長にアピールを欠かさないリサちゃんだった。パパに向けられていた思いが、まるっと志水に降り掛かった形である。おかげで誘われた彼女は、どことなく疲れた表情をしていた。


 そうした彼女たちのやり取りを眺めて、同じクラスの女子生徒の間では、ヒソヒソと言葉が交わされる。二年A組のみならず、学年を通じてもカースト上位に位置する二人だから、その動向は円満な学園生活を享受する上で、決して無視できないものだ。


「委員長、なんか元気なくない?」「あ、分かる」「リサちゃんは元気だよね。いつも通りっていうか」「っていうか、以前よりも絡む頻度が増えてない?」「やっぱり? 私も思った」「その割に委員長は静かだよね」「なんかあったのかな?」「まさか、喧嘩とか?」「委員長がリサちゃんにキレたり?」「いやいや、それはないでしょ」


 一連の呟きが本人たちの下に届くことはない。


 ただ、それでもあれやこれやと交わされた言葉は、居合わせた女子生徒たちの間で共有されて、これを耳にした者たちに多少なりとも影響を与えていく。対象がクラスの女子グループを二分する二人ともなれば、誰もが少なからず興味を持っていた。


 同クラスの女子生徒にとって、残る一年と数ヶ月の学園生活を円満に過ごす為には、委員長とリサちゃんの動向は抑えておきたい情報であった。西野や松浦さんの落ちゆく姿を身近に眺めているからこそ、誰もが真剣だった。


 リサちゃんへの対応に困窮する委員長には、預かり知らぬことである。




◇ ◆ ◇




 その日の放課後、二年A組の三者面談が始まった。


 学外からやって来た父兄が教室の前に用意された椅子に、子供である生徒と共に座って面談の順番を待つ。その風景はこの時期の同校の風物詩である。待ち時間の関係から、前後で生徒の親同士の交流も然り。


 おかげで問題が発生した。


 西野の面談の後が委員長であったのだ。


「っ……」


 学外で落ち合った志水父娘が、教室の前、二つ並んだ椅子の片割れに腰掛けた西野を発見する。本来であれば隣にもう一人、家族が腰を落ち着けている筈なのだが、これといって誰の姿も見られない。


「ん、委員長か……」


 人の気配を感じて、手元の端末に向けられていたフツメンの意識が移る。


 直後に彼は見覚えのある顔を捉えた。


 そして、これは西野に見つめられた相手もまた同様であった。


「おや、君は……」


 委員長の隣に並んでいたのは、いつぞや文化祭の折り、チラシを受け取ってくれた男性であった。その時は隣に歳幼い少女を連れていたが、本日はその姿も見られない。代わりに委員長の姿がある。


「まさか委員長のご家族であったとは思わなかった」


「騙すような格好になってしまって、申し訳ないことをしたね」


「いいや、滅相もない」


 椅子から立ち上がったフツメンが頭を下げる。


 当時は色々と辛いことが重なった時分、目の前の相手から不意に与えられた暖かな言葉は、今でも彼の胸の内にそっとしまわれている。おかげで応じる姿勢も相応に畏まったものだ。これで決して礼儀がない訳ではない西野である。


 おかげで慌てたのが委員長だ。


「ちょ、ちょっとっ! なんでお父さんと西野君が知り合いなの!?」


「前に文化祭のとき、出し物の案内をしてもらってね」


「なっ……」


 ただでさえ多感なお年頃。仲のいい友達であっても、家族を紹介することに気恥ずかしさを覚える十代の女の子だ。そんな志水にとって、よりによって西野が父親と知り合いというのは、驚愕に値するものであった。しかも以外と良好な関係。


 リサちゃんやフランシスカとの件も手伝い、最近は驚いてばかりである。


「ところで君は次のようだけれど、まだ時間に余裕はあるのかな?」


 委員長のパパが西野の隣の椅子を眺めて言った。


 本来であれば、誰かしら家族や親族が腰掛けているべき一脚である。時刻的にはそろそろ入れ替わりが行われる。このタイミングで席にいないとなると、委員長と順番を前後する必要があるだろう。


 ただ、それを素直に口にするのも申し訳ないと考えたパパさんの気遣いが、少しばかり遠慮気味な問い掛けとなってフツメンに与えられた。対して相手の意志を正しく読み解いたフツメンは、幾分か控えめに言葉をやり取りする。


「申し訳ないが、これは家庭の事情で」


「……すまないね。変なことを聞いてしまった」


「急いでいるようであれば、自分は後でも構わないのだが……」


「気にしないで欲しい。こちらの勘違いさ」


 粛々と受け答えする西野。


 その姿を眺める委員長は釈然としない表情だ。


 父親と西野が親しげに話をしているのが許せないのだろう。


 自ずと語り掛けるにも、挑むような口調になってしまう。


「西野君、そういう喋り方もできたのね?」


「何を言っているんだ? 学友の親御さんだ、当然だろう?」


「っ……」


 おかげで悔しい委員長だ。


 まさか目の前のフツメンから、正々堂々と論破される日が来るとは思わなかったようである。反射的に非難の声を上げようとして、しかし、すぐ隣には父親の姿があるから、これを彼女はどうにかこうにか飲み込んだ。


「そ、そう? いい心がけだと思うわ」


「千佳子、どうしたんだ?」


「なんでもないっ! なんでもないからっ!」


 おかげでペースがダダ崩れの委員長だった。パパからの問い掛けに答える姿も覚束ない。普段であれば、さっさと現場から逃げ出すこともできただろう。しかし、本日に限ってはそれも難しい。


 そして、得てして妙な出来事は重なるものである。目の前のフツメンにどうして対応したものか、頭を悩ませる彼女の耳に、ここ数週間で聞き慣れた声が届けられた。つい一昨日にも電話越しに耳とした響きである。


「よかった、どうやら間に合ったようね」


 ツカツカとヒールを鳴らしながら、人が一人廊下の角から姿を現した。


 その人物は行く先に見慣れた姿を確認して、足早に教室前までやってくる。


 誰にも先んじて応じたのは西野だ。


「……どうしてアンタがここにいる?」


「可愛い義理の甥の三者面談だもの、そりゃ足を運ぶわよぉ」


「…………」


 フランシスカだった。


 真っ赤なドレススーツでバッチリと決め込んだ金髪美女が、ツカツカと廊下を歩んで、彼らのもとまでやって来た。手には高級ブランドのカバンを下げている。もしも本物なら、それ一つで委員長のお宅の自家用車が購入可能な代物だ。


 これにはフツメンの他、委員長や委員長のパパもビックリである。同所においては、まるで似つかわしくない風貌の美女であった。更に言えば西野の叔母というには、あまりにも若々しい。


「間に合ったと考えて差し支えないわよね?」


「……ああ」


 委員長と委員長のパパの手前、あまり強く言うことも敵わない。


 西野は渋々といった様子で頷いて応じる。


「良かったわ。車を飛ばしてきた甲斐があるというものよね」


「…………」


 ニコリと笑みを浮かべて、フランシスカは語ってみせる。


 その視線は西野から続けざま、委員長にも向けられた。


「志水さんもお久しぶりね」


「……はい」


 未だに苦手意識のある志水だ。


 おかげで表情は冴えない。


「知り合いかい? 千佳子」


「う、うん」


 娘の言葉を受けて、委員長のパパがフランシスカに向き直った。


「はじめまして、私はこの子の父親となります」


「これはどうもご丁寧に。私はこの子の義理の叔母、のようなものです」


「なるほど、そうでしたか」


「学校では色々とお世話になっていると聞いております。見てのとおり愛想のない子ですから、クラスの委員長を務めていらっしゃるそちらのお子さんにも、きっとご迷惑をおかけしていることでしょう」


「いえ、滅相もない」


 ここぞとばかりにフツメンを皮肉って見せるフランシスカだ。


 日頃の鬱憤も含めて、色々と溜まっているのだろうな、とは西野自身もまた思わないでもない。相手が委員長の親という状況も手伝い、彼は言わせたいようにさせると決めた。彼女が叔母を名乗ってしまった時点で、フツメンには碌に打てる手もない。


 一方で納得がいかないのが委員長である。


 西野との関係など十分に承知しているだろうに、まるで他人事のように語ってみせるフランシスカの姿勢を受けて、その脳裏には疑念ばかりが浮かぶ。昨今、急に声を掛けられて、その距離が縮まった点も疑心暗鬼に一入だ。


「どうぞ、今後ともうちの西野と良くして頂けたら幸いですわ」


「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」


 本人たちを放って、朗らかに挨拶を交わす保護者二人。


 そうこうしていると、教室の後ろ側のドアがガラリと開かれた。


 姿を現したのは一組の親子だ。


「い、委員長? と、……西野?」


 鈴木君である。


 隣には母親と思しき女性の姿もあった。


 彼の視界に映ったのは、意中の相手と気に入らないクラスメイト。更に二人のうちどちらかの親と思しき中年男性。追加で何故なのか金髪の白人美女。おかげで続く言葉に躊躇する。誰にどういった言葉を掛けるのが正解なのか。


 そうして鈴木君が狼狽している内に、西野が動き出した。


「おい、次だ」


「ええ、分かっているわ」


 彼と入れ替わりで教室に向かう。


 一声受けて、フランシスカもまたフツメンの後に続いた。


 その様子を目の当たりにして、ようやっと鈴木君は金髪美女の立場を理解する。自ずと浮かんだのは、どうして西野があんな綺麗な外人さんと一緒なんだよ、という疑念。いつぞやの竹内君と同じだ。


 そうした彼の見つめる先、二人は教室の中に消えていった。




◇ ◆ ◇




 その日、二年A組の担当である大竹先生は驚いていた。


 三者面談で西野が連れてきた人物が理由だ。


 同様の催しは昨年にも実施されている。学年主任である彼は、目の前の少年が両親とは離れて暮らす、身元の覚束ない立場にあることを、その入学前から書類の上で確認していた。そして、三者面談もまた二者面談と形を変えて実施していた。


 それが今年は打って変わって、ブロンド美女を同伴である。


 大竹先生的に、これでもかと好みのタイプだった。


 先生は洋物AVが大好きだった。


「に、西野。保護者の方がいらっしゃるとは驚いたよ」


「申し訳ない。何分急な話であって……」


「ああいや、いいんだ。むしろ喜ばしいことだからなっ」


 おかげで大竹先生は内心ハッスルであった。


 教室内では大半の机が後方に寄せられており、生徒用のそれが二つだけ、中央に並べて配置されている。そして、これを前後から挟むように、同じく生徒用の椅子が向かい合わせで二脚と一脚、各々用意されていた。


 西野とフランシスカは前者に並び座っている。


 大竹先生は二人の対面となる後者だ。


「いやしかし、とても若々しい方じゃないか、西野」


「……ああ」


 ボディーラインを如実に浮かび上がらせる、ピッチリとしたデザインのスーツ。シャツの胸元は大きく開けており、スカートも丈が短く太ももを大きく露出させている。僅かな身じろぎにも、つぶさに肉の動きが窺える。


 おかげで大竹先生は大満足であった。


 視線は否応なく、彼女の肌の露出に向けられる。


 その様子を確認して、フランシスカは悠然と語ってみせる。


「義甥がいつもお世話になっております」


「な、なるほど。そういったご関係なのですな」


「ええ、血の繋がりはありません」


 他所の男からの視線を見せつけるように、彼女はフツメンに視線を向ける。


 どうよ、どうなんよ、言わんばかりの表情だ。


「大竹先生、悪いが家庭の事情はさておいて、話を進めたい」


「え? あ、あぁ、そうだな……」


 西野の指摘を受けて、先生の視線が手元の書類に移る。


 そこにはフツメンの成績やら何やら、学内における彼のポジションを示す書類一式が用意されていた。昨年度までであれば、就職を目指す生徒に対して、ごくごく平凡な成績を伝えた上で、頑張るようにと一言添えるだけのイベントであった。


 しかし、今期に限っては少しばかり事情が変わっていた。


「西野君ですが、随分と勉強を頑張っているようですな」


「そうなのですか?」


「ええ、今回の中間試験ではかなり点数が上がっています。進学を目指す生徒と比較しても遜色ない、いや、理系科目に関しては群を抜いていますよ。文系科目を上手くこなせれば、有名私立や国立も夢じゃありません」


「あらぁ、それは凄いじゃないの」


 ニヤァと妙な笑みを浮かべて、フランシスカが西野を見やる。見つめられた側からすれば、苛立たしい以外の何物でもない光景だ。事実、彼の隣に腰掛けた彼女は、現在進行系で快感を享受している。


 本人曰く、たまには【ノーマル】とも接点を持たないと駄目よね、云々。


「それは何よりだ」


「以前までは就職希望と話を聞いていましたが……」


 西野の呟きを無視して、大竹先生はフランシスカに声を掛ける。


 視線は相手の目と胸元を行ったり来たり。


 そんな彼に対して彼女は、声も大きくハッキリと伝えてみせた。


「この子には国外の大学を受験させようと考えています」


「こ、国外の大学、ですか?」


 これには大竹先生のみならず、西野もまた驚きであった。


 ここへきて【ノーマル】捕獲の為に、大きく動き出したフランシスカである。

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