解析

 舞と別れたスローレイダー隊は、ミチルを連れて『魔法機構日本支部』の司令室に戻った。


「……あー……もう……」


 心なしか頬がこけたようにも見えるエドが呻いた。


「あれはグロかったよな、隊長」


 溝呂木がエドに言った。こちらは若干表情が青ざめていた。


「そんなに酷かったんですか?」

「聞かない方が身のためだ」「聞かない方が身のためだ」


 ミチルは疑問を口にしたが、エドと溝呂木から即座に釘を刺された。


「…………わかりました」


 ミチルが渋々頷いた時、司令室の出入り口の扉が開き、ミリヤが入ってきた。続けて、白衣を着て眼鏡をかけた女性が入ってきた。


「あっ、榎田さん!」


 ミチルの表情がパッと明るくなった。


「やっほ、ミチルちゃん♪」


 榎田は右頬だけで笑った。


「あれ? 榎田さん、そんなにミチル隊員と仲良かったのですか?」


 ミリヤが以外そうに言った。


「あ、言ってませんでしたね。彼女とはお昼を食べる時間帯が被ってて、頻繁に食堂で会うんですよ」


 榎田がケラケラと笑いながら言った。


「他には『エボルブレスレット』の微調整とか、後は簡単なメンテナンスのやり方とか教えてもらってますね」


 ミチルが補足するように言った。


『おかげで頻繁にメンテナンスされる羽目になったこっちの身にもなってよね……』


 『エボルブレスレット』が呆れと諦めが混じった口調で言った。榎田は軽く肩をすくめた。


「でまあ、ミチルちゃん以外の人は初めましてだよね。という訳で自己紹介を。私は榎田えのきだ照子てるこ。歳はナイショね。役職は主にメカニック、後は警察関係の組織と協力してのビーストの解析ね。よろしく」


 榎田はミチル達を見渡して言った。



 スローレイダー隊の面々がそれぞれ自己紹介をした後。

 榎田は石堀を助手に使命し、石堀はコンピューターの前に座り、榎田司令室のモニターの前に立った。


「そういえば、イッシーさっきの出動の時何も喋ってなかったよね?」


 翔子が不思議そうに言った。


「いやあ、喋るタイミングを完全に逃してました」


 石堀が苦笑しながら言った。


「ほらほら助手くーん、喋ってないで手ぇ動かしてー!」


 榎田が左手を口に添えて言った。


「……だってさ、助手くん」


 翔子はニヤニヤと笑って言った。


「話しかけたのは平木さんじゃないですか。……よし、すいません、お待たせしました!」


 石堀が榎田に言った。


「お、ありがとー。大丈夫大丈夫、待ってないよ」


 榎田は軽く笑って答えると、右手の指を鳴らした。途端に、司令室の全ての照明が明かりが消えた。


「おいおい、停電か?」


 溝呂木が周囲を見渡して言った。


「え? 違うわ、司令室って指パッチンやると照明落ちるのよ」


 榎田が何でもないかのように言った。


「何だその微塵も役にたたない機能は……」


 溝呂木は呆れ返った。


「えー? だってかっこいいじゃない! 指パッチン一つでパッと照明消えてプレゼン始められる! みたいな!」


 榎田がウキウキした様子で言った。石堀が無言でモニターに映像を映す。

 モニターに映し出された映像は、『従来型ビーストと山荘のゾンビ(仮)及び今回のビーストとの比較』と題が打たれていた。

 榎田がそれを見て頷き、白衣の左ポケットから細い筒を取り出した。筒の底のボタンを押すと、筒の先端から強力な緑色のレーザーが飛び出した。


「という訳で、纏めた紙の資料は後でさらに煮詰めて渡しますけど、今のところ出ている分析結果から、今回のビースト及び以前山荘に出現した、仮称男女のゾンビが、いかに数ヵ月前までのビーストと違うのかの報告を始めますね」


 榎田はそう言うと、報告を始めた。


「まず、今回のビースト及び男女のゾンビ最大の特色は、『全身及び肉体の一部の異様な硬度』です。まず、男女のゾンビの硬質化した腕等の構成成分を検査したところ、甲虫や甲殻類等の外骨格を形勢するキチン質と酷似した成分が検出されました」


 榎田が言い切った瞬間、モニターの映像が切り替わり、左側にキチン質の分子モデル、右側に男女のゾンビの硬質化した腕から検出された成分の分子モデルが出た。二つの分子モデルは、榎田の言う通り酷似していた。


「それで、次が今回のビースト……めんどいからサソリビーストって言っちゃいますね。……それの装甲、奇跡的に破片が残っていて、ついさっき検査結果がでました。こちらもキチン質と酷似しています」


 右側の分子モデルの画像がサソリビーストの装甲の成分のそれに差し替えられた。こちらもキチン質に酷似していた。


「ですが、あくまで『キチン質に酷似した成分』であって、キチン質そのものより遥かに堅い何かです。それぞれ厚さが五ミリある段階で、前者が厚さ二十ミリのステンレス鋼の板、後者は厚さ五ミリのチタン合金の板並の頑強さを誇る物質です」


 榎田が淡々と言って、ミチル達は顔を見合わせた。


「あー、それで……。そりゃあの時だと狙撃銃ライフルじゃなきゃ駄目だった訳だ」


 男女のゾンビとの戦闘時に狙撃手スナイパーの役目を果たした翔子が言った。


「……真野さん、そんなに固かったのに平気で殴って蹴ってやってたの……?」


 ミチルが愕然として言った。


「えーっと、続けるわよー?」


 榎田がそう言うと、ミチル達は榎田に向き直った。

 榎田はわざとらしく咳払いをして、報告を再開した。


「……では、次です。さっきまでの事が大事じゃないみたいな言い方になるのかもしれませんが、ここからが本題となります」


 榎田はそう前置いて、


「……あ、ごめん、助手くん、もうページはないよー」


 何やら慌てている石堀に言った。


「ええっ!? ちょ、先に言ってくださいよ」

「ごめんごめん、急拵えで作ったから」


 榎田は、てへ、と舌を出した。


「焦ったー……画面完全に暗くなって動かなくなったんですよ」

「えっ?」


 榎田は一瞬キョトンとして、石堀が操作していたコンピューターの前まで向かった。何度か操作してみたが、反応が一切なかった。


「いやこれ……フリーズしちゃってるね」

「えっ」

「だっ、大丈夫大丈夫、助手くんのせいじゃないから! 多分!」



 フリーズしたコンピューターを運び出した後。


「えっと、それでなんですけど、本題は、『何故ここに来て装甲のような外骨格を備えるようになったのか』です」


 照れ笑いとも苦笑ともとれる笑みを浮かべながら、榎田が言った。


「司令を通して、『ビースト細胞は得た情報を共有して自分達を強化する』という事を伝えてあると思うのですが、間違いはないですか?」


 榎田の問いに、ミリヤを含めた全員が頷いた。

 榎田は小さく頷くと、


「……おそらく、これが顕著な例の一つとなると思います。そして、何故このようになったのかというと……」


 榎田は呼吸を一つして、その先を言った。


「まず間違いなく私達への対抗策でしょうね。特に……ネクスト、でしたっけ? あの赤と黒の女の子」


 榎田がミリヤを見て言った。


「識別コード上では、そうなっています」


 ミリヤが淡々と答えた。


「じゃあ、ネクストという事で続けますね。それと、ミチルちゃん、二番目は貴女への対抗策の可能性もあるわ」

「へっ? 私ですか?」


 ミチルが驚いて言ったのを見て、榎田が頷く。


「そう。これまで、ネクスト、ミチルちゃん達が倒したビーストの数は記録されてるだけでも四百体を軽く越えますが、ネクストとミチルちゃんにはそれぞれ戦い方に特徴があります。ネクストは心臓や頭部といった、『破壊すれば確実に殺せるであろう場所を最優先で狙う』事。ミチルちゃんは『高熱を帯びた光線で消し炭にする』事ね」


 榎田が確認するように言って、続ける。


「だから、二人に同時に対抗出来るように進化したのだと思います。ネクストの心臓を貫き頭部を粉砕するといった攻撃に耐えるために、装甲を。ミチルちゃんの光線に耐えきるために、装甲に耐熱性を」


 榎田がそう言うと、ミチル達は少し俯いた。


「…………私、殺し……」


 ミチルは心細げに言うと、右手で拳を強く握った。

 沈黙が司令室を包み始めたその時、榎田が柏手を一つ打った。


「そんな心配しなくも大丈夫ですよ! あっちが強くなるなら、こっちもやり過ぎないように強くなればいいのです。現在急ピッチで武器の改良品の開発が行われています。長い正式名称がある紺色の大型拳銃も改良品を開発しています」


 設計図はまだ公開出来ないけどね、と付け足して榎田が言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る